右寄りとか左寄りとか
右翼とか左翼とか
保守か革新とか
ありますよね。
アメリカで左翼は平等主義で右翼は自由主義だと言うけどちょっと違う気がするのです。
なぜなら、宗教は平等のもとに作ったからです。
自由と平等が戦ってました。
そして、その間に愛が生まれました。
自由からイルミナティ
平等から世界のいろんな宗教が生まれました。
愛は自由と平等の天秤です。
右翼は国家からの自由を唱えます。
例えば、オバマケアつまり国民皆保険制度の廃止など自分の身は自分で守れという主張の元で
左翼は国家からの自由を唱えない代わりに国家による自由を唱えます。
右翼の主張と左翼の主張を極限まで掘ってみると異なる次元が生まれるのです。
なぜなら、もとになる信念が違うから
右翼は唯心論
左翼は無神論
これはどちらも信念です。
左翼の世界は祈りの力が失われた世界とも言えるのではないのでしょうか。
それに対して右翼は祈りの力がある世界とも言えます。
右翼ではないけど保守勢力にはリバタリアンという勢力がありますよね。
日本語では自由至上主義とか自由意志論者とか訳されます。
自由意志というとキリスト教の聖書で自由意志を持ちなさいとあった気がします。
リバタリアンは財産権の擁護と自由至上主義が中心の考え方だと思います。
主張としては、極限ではアナーキー、国民皆保険制度の廃止、銃規制に反対、連邦準備制度の廃止、国の軍や道路の占領に反対
他の保守と違って右翼でもないし左翼とは違って国家主義を完全否定してるところが凄く特徴的です。
言いたいことは本物の突き詰めた右翼と左翼では異なる次元が出来ることです。
つまり、構造が違うのです。
右翼の主張をしても平等がなくなることはありません。
なぜなら、宗教があるから
こういう風に右翼か左翼かをみると私は右翼だと思います。
ポリティカルコンパス日本をやると-7つまりリベラルで+5つまり市場原理主義者となりました。
私は、いろんな自己啓発とかスピリチュアルを学んでるので物質主義から離れていくのでしょう。
自己啓発で物質主義から離れていくとするとビジネスマンは右翼になってしまいます。
ビジネスマンならリバタリアン出来るかもね。
自己責任がとても追求される世界だもの。