仕事の忙しさに時間を取られてしまい、すっかりブログを書く時間もなくなりました。

久しぶりにブログを開けてみました。

 

今年ももうあと数日になってしまいました。

街ではクリスマスイルミネーションが輝いています。

 

年賀状も今はいただいた方だけに返信をする形となりましたが、毎年いただいている友達から喪中のハガキが届くようになりました。

お父様が病で亡くられたようです。

そのお父様は、亡くなる時に精一杯生きたので悔いなしと話されたようです。

私も悔いのない人生で終わりたいものです。

 

私の母は水頭症かもと医師から言われたようです。

これが認知症の要因なのかしらんと思ってしまいます。

介護職の人からは、認知症の人との会話では何を相手が言っても否定はしてはいけないと言われました。

しかし、家族としてはなかなか全てを肯定的に受け入れることはできないものです。

 

社会学の上野千鶴子先生が介護を家族がするのはとても難しいと言います。

家族には今までの歴史(今までの関係性)があるので、感情的にならずにはいられないということです。

歴史の中にはいい思い出もあれば、嫌な思い出もありますから・・・。

他人であれば、過去がないので今だけを肯定できることもあるということです。

本当にそう思います。

 

認知症の人は自分の世界しか見えないので、他者と繋がることが難しいのかもしれません。

どの人も自分の世界があります。

自分一人でいる時はその世界で楽しめても、自分以外の他者がいるとその人にもその人の世界があるので、自分とその人との世界が繋がる接点を探すことが必要なのかなと思います。

それがコミュケーションだと思いますが、認知症の人には相手の世界を知ることも理解することもできないからコミュケーションが難しいのかなと思います。

でも、認知症の人は自分の世界にいるので幸せなのかもしれないです。

 

友達のお父さんは病気だったので人生の時間は短いけれど、最後まで自分のやりたいことをやり抜いて、人生に悔いなしと言って去ったことから、人生は長さではなく、どのように過ごし、その生き方を他者にどう見せるかが充実した人生であるのかなと私にはそう思えました。

 

来年は、またどんなことがあるのかしらんと覚悟をしつつ、それもまた人生かしらんと受け入れることかなと思います。