ORBITDICEのブログ -77ページ目

評論家

バンクーバーオリンピックが閉幕しました。
いろんな意味で気にかかっていたオリンピックでした。
というのも20代半ばで社会人になって間もない頃、
当時大学生だったアルペンの皆川選手が所属していた
メーカーさんの仕事に携わらせていただいて、
特に個人的な関わりがあった訳ではないのですが、
新人時代の想い出として凄く良く覚えてます。
そんな彼も結婚して最後のオリンピックか?
なんて言われていたので、懐かしい想い出と
彼の活躍を期待し、深夜頑張ってテレビを見て
応援してましたが…結果は途中棄権。
でも怪我から復帰しあの場に立てた事に感動したし
若い頃の自分を思い出させてくれてホント感謝です。

「真央ちゃんVSキム・ヨナ」世紀のライバル対決はもちろん
ジャンプの葛西選手の「復活劇」や話題の「カー娘」。
海外選手では女子フィギュアのカナダ代表ロシェット選手。
大会直前にお母さんが直前に亡くなられた中で
どんな演技をするのか…などなど見所も多かった大会でした。

でも終わってみるとマスコミも大会を盛り上げるのに
かなり大げさに騒ぐんだなと改めて感じました。
やっぱりインターネットは恐ろしいモノです。
例えば「Yahoo!」のニュースでもニュースの後に
見てる人がコメント書き込めますよね。
あれにマスコミの人が煽られている気がします。
世間がどう思っているのかが気になるというか…。

国母選手の制服に関しても周りの大人がきちんとしていれば
はなからこんなニュースは生まれなかったでしょう。
8年程前まで3年間、仕事の関係でウインタースポーツとは
そこそこ深い付き合いをしていました。
当時は現場の仕事にたまに顔を出すレベルでしたが、
何人かのスポーツ選手と接する機会もあり、
普通の人よりはどんな人がやる競技なのかは
わかっているつもりです。

何を言いたいかというと彼らは
「普通の人ではない、クリエイティブな人」なのです。

先日もTOYOTA BIG AIRを深夜番組でやってましたが、
キッカー(ジャンプ台)の上に登ったことあるでしょうか?
登った所から滑って飛ぶと想像するだけで
半端じゃない恐怖です。
まともな人ではできないスポーツという認識です。

スキーのジャンプ競技の台はもっと怖そうですが、
スノボも十分恐怖ですし集中力もかなりなモノと思います。
おそらく競技性の違いとしては、
スキーのジャンプ競技は集中力と勢いにプラスして、
風の読み、風による揚力と姿勢のコントロールなど
正確性を重視した特性があるように思います。
それは飛ぶ事における理論性の中でいかにほぼ正確に動作するか、
又はさらに理論的に遠くに飛ぶテクニックを身につけるかと言う点。
V字ジャンプは長野オリンピック前あたりからの「新理論」で、
コレを身につけなければ勝負できない。

1(速度)+1(風)+1(タイミング)+1(技術)
=4(距離)+α(飛型点)+α(テレマーク)

正解が決まっているイメージです。
飛型点は技術の中の1つかもしれませんが…。

一方、スノーボードは

1(速度)+1(技の難易度)+1(技の大きさ)=3点

なのですが、技の難易度を+1と考えて良いのか?
技を考える所からクリエイティブなので本来

1(速度)+α(技の難易度)+1(技の大きさ)=?点

となり方程式に当てはまらない気がします。
ハーフパイプは特にどの技から入り、
どの技でフィニッシュするかという点に於いても
創造性が豊かでないとできないと思います。

モーグルにおいても同じ事が言えないでしょうか?
そもそも魅せる競技?(競技と言って良いかわかりませんが)
であったスノーボードとモーグルはクリエイティブなものであり
私の中では、ただ単純に得点付けて誰が勝ち
というイメージじゃないんですよね。
要はオリンピック向きではないと…。

日本で言えばオリンピック出場にはJOCの推薦が必要で、
JOC傘下の団体は「SAJ」になり、SAJから推薦されるには
「FIS」の大会でポイントを採らなければなりません。

そもそもスノボの団体は「ISF」と
その加盟団体「JSBA」が最初の団体で
クリエイティブな大会が多く開催されてました。

テコンドーで知られましたが、IOC(国際オリンピック委員会)
は1つの競技に複数の団体を認めてません。

そこに「FIS」がオリンピックにスノボを取り込もうとしたので
色々ややこしい問題が起きてしまった経緯があります。
ここでも政治的な癒着の問題なのでしょうか…。

確かに「JSBA」の主催大会でのジャッジは不明確で
クエスチョンが付く事があります。
選手の知名度や人気で順位が
決まる事が多かったと記憶してます。

でも少なくとも私は順位を楽しんでませんでした。
失敗してもそのトライに満足して拍手を送りたくなるし、
成功すればさらに盛上がり楽しませてくれる。
少なくとも私の見た大会で、失敗を悔しがっても
メダルを取れなくて悲しみ泣いている人を見た記憶は
ありませんし、またスノボ専門誌で叩かれたりはない。

楽しみながら参加する選手の笑顔が印象的でした。
根底に「まず楽しもう」と言う事がありきの大会が多く、
そんな雰囲気が大好きでした。

スノーボード大会の発祥は
クリエイティブありきな「ISF」なのです。
確かに腰穿きが場にそぐわなかった。
でもそこまでファッションとしての着こなしを個人的に
責めるのはかわいそ過ぎると思います。
その着こなしも個性だし、自由な発想からだと思います。

税金使って行ってるとか書き込みされてますが、
彼らはその「SAJ」からメダルに近い国民として
選出されてバンクーバーに行った選手であり、
彼なり個性で着こなした。
本来ならこちらも税金で派遣された事務方的存在の
オリンピック委員会の大人が
「国母くんそれはマズイよ」
と言って代表の重みや品格を教えて未然に防ぎ、
初めて税金もらって仕事してるんでしょと思う。
テレビで「ウザイ」とかマズイと思いますが、
広報みたいな人はいないのですかね?

ある番組かスポーツ新聞か忘れたけど、
「上村愛子選手がテレビでお母さんと連発してたが、
引退後の事を考えたらテレビ出演も多くなるので
その場合は『母(はは)』と言うのが社会人。
誰か教えてあげれば良いのに」
みたいな発言だったか記事がありました。

本当に余計なお世話だと思います。

彼女の本音の気持ちを言葉にしたら
「おかあさん」で全く問題ないし、
いちいちうるさいと思う。
彼女はコメンテーターでも何でもない。
世の中は失言を待っているのでしょうか?

世の中に評論家が増えています。
一億三千万人総「評論家」計画でしょうか。

こんな事をダラダラ書込んでる私もその一人ですね。
この書き込める環境がかなり恐ろしいと思う。
ネタを求めて色々書き込む。
人が「反省してまーす」とか言ったことが
大勢の人からバッシングを受ける対象になる。
一番恐ろしいのはそれがネットの書き込みで
煽られドンドン加速して大問題になっていくこと。
論調が以前と比べてスピーディになったことが
ひどく恐ろしい。

話はそれますが…。
フィギュアもそうですが、メダルを授与するには競技性を
打ち出すために得点やポイントを明確にする必要があります。
見た目の事で点数を付けるのは難しいですよね?
採点競技には必ずジャッジを付けるなりの
「理由」を作らなければならなくなります。

このオリンピックに関わらず、芸術性の高い競技で
やもなくジャッジシステムを採用しているモノは
メダルを気にせず楽しんでます。
ノーミスを目標としている競技者の緊張感が
伝わってきたりメダル以外での楽しみ方をしてます。
スノボやモーグルはオリンピックに不向き?
それぞれの楽しみ方で良いと思います。

良い物は時代を超えても愛されますから。
ハローキティも35年間愛され続けているのには
35年愛されるだけの理由とキャラクターとしての
優れた部分(イメージ・デザイン)があるからでしょう。

フィギュアのエキシビジョンと言えばキャンデロロと
オリンピック関連特番でよく出てきますが
(長野の銅メダリストで「ダルタニアン」が有名な)
コレだけ語り継がれる彼ではありますが、
主要国際大会で金メダルを採ってなかったと記憶してます。
彼の競技者としての実績はメダリストであることで
間違いありませんが、スケーターとして
トップクリエイターであったことも間違いありません。
クリエイティブで語り続けれられる日本人アスリートが
輩出されるコトを楽しみにしています。
現在のフィリップ・キャンデロロ待望論です。