8月上旬。茹だるような暑さに嫌気がさし、私は千葉へと向かった。

千葉には「御宿町」という避暑地があるらしい。

最高気温35℃東京。私に行かないという選択肢は無かった。




御宿駅へ向かう道中、京葉線に揺られていた私は

千葉みなと駅で途中下車をした。

思惑としては腹ごしらえ2割、面白そう8割といったところだった。

千葉みなとの町並みは、ひと言でいえば「真っ平ら」であった。それもそのはず埋め立て地、視界を遮るものなんてありはしなかった。


「旅の始まり」この言葉に私は爽やかなイメージを抱く。御宿への旅の始まり、しかしながら私は居心地の悪さを感じていた。理由は自覚している。私は埋め立て地が嫌いだ。なぜならば平らであるからだ。どうして何もない広大な土地に興奮をするのか。皆、百名山というものを1度は聞いたことがあるだろう。人々は昔から自然の高低差を美しく感じていたのだ。それこそ「百名山」という言葉が生まれる前から。それに比べなんだ、平らな地面にぼっ立ちのタワマンときたら。そこには自然の所作も、美しさの欠片もない。あんなもの簡略化すればただの線と棒なのだ。どこが面白いのか。効率化が生んだ殺風景である。


ただ考慮しておく点として、この地を作るために汗水を流した者、そしてそこに住み愛着を持つ者がいる。私は彼らの宝物を貶すつもりは毛頭ない。ただ、「私」は一個人の意見として「埋め立て地が嫌い」であるということだ。


許せないのはこっちである。

時に、「埋め立て地の方が歩きやすい」などとのたまう者がいる。なにふざけたことを言っているんだ。友よ、お前に足りてないのは頭ではなくフットフィットなのではないか。


話を戻そう。

そんなご機嫌ななめな気持ちも、昼のBURGER KINGで全て吹き飛んだ。旨すぎる。ワッパーの意味すら分からないが、とにかく旨いということだけは伝わってくる。言葉を超えるのだ、食という物は。




そこから外房線に揺られること1時間強、

色々あったが御宿についた。

プラットホームに降りると私に風が吹いた。

涼しい。感動した。周りに海があるせいなのか、3三方が山に囲われているのかなんて理由はどうでもよかった。「8月」「涼しい」このたった二つの事実が私を悦ばせたのだ。


さて、夏に御宿ですることは言うまででもない。そう…

海水浴!BIGLOVE…

実を言うと私は海水浴が未経験であった。

そんな私が今年、ようやく意を決したのだ。

しかし一抹の不安…

海は危険である。離岸流、チャラい若者、声がとにかくでかい怖そうなオジサン。気を抜けばその命すらも危うい。そんな海で海水浴童貞(処女)である私が楽しめるのか……

楽しー!!!!

すっごいこれ。
前からくる波🌊にかぶるだけですごく楽しい。
そんでいい塩梅で冷たい。決してるぬすぎず、決して冷たすぎず…まるで、猛暑の日のあのプールの授業のような、そんな「ちょうどよさ」がそこにはあった。海の家もよかった。特別な地で食べる何の変哲もない焼きそば。それが何よりも私の中の「わんぱく」を呼び起こした。



人が海へ行く理由が分かった。
ゴール・D・ロジャーの言葉でもなんでもなく、
「楽しいから」なのだ。私はそんな単純な理由さえも忘れていた。論理や理由なんてどうでもいいのだ。
「心のままに」
残り少くなってきた夏、素直な気持ちで目一杯楽しんでみては?