一昨日、かねて映画紹介などで聞いたことがあった【リリイ・シュシュのすべて】をやっとみた。ずっと前からすごく興味がありみたいと思っていたが、やっと見れた。もう何ヶ月もSafariのタブでリリィシュシュの検索を残していたのだが(見たい映画があるとこうして残してるw)、ついに見ようと思ったきっかけは、Tiktokでおすすめの鬱映画として上がっていて、ふと「今度こそみよう!」と思ったからだ。

 結論から言うとこの映画は死ぬほど深く自分に刺さった。。!!映画を見てからこの2日間ずっとリリィ・シュシュの曲だけ聴いてた。リリイ・シュシュの曲のいいところは、聴いてる時の周りの環境音までまるで音楽の一部のように感じて、まるでリリィ・シュシュのすべての映画のワンシーンのように、現実をより認識できる、現実を『リアル』に感じる(別に鬱ではないが、もう)からだ。それほど彼女の曲はこの映画を色付ける上で大きな役割を果たしたし、映画の雰囲気にマッチしていたのだろう。最初は彼女の曲を聴くことで映画のシーンを思い浮かべていたが、今では現実での世界がまるで「リリィ・シュシュのすべて」の世界、のような感覚に浸る。やめられないw。だからずっと聴いてるんだと思う。


やっと感想に入るが。自分はこの映画を、自分の人生ドン底の青春時代の自分と重ねて見ざるおえなかった。主人公、蓮見は中学の9月から人生が灰色になったと言っていたが、自分も、中学1年の9月から大学3年のつい最近まで人生が灰色だったからだ(ここでは深くは触れないことにする)。蓮見はいじめへの加担、友人だった星野からのいじめなどさまざまな要素があったと思うが、自分が思うに蓮見だけでなく、星野、またその周りの人間にとっても地獄だったように思う。そしてそれぞれが地獄である現実と、それへの絶望の中ただ1日1日を生きていたのだと思う。自分も中学時代全く同じような経験をしているから、世界への絶望感を抱えながら何もできず、永遠のように感じる日々を生きる感覚をまるで再体験しているように感じた。この映画では淡々と流れるシーンの一つ一つも経験者にとっては永遠のような時間が流れているのだ。そう思うとこの映画の世界の絶望感がヒシヒシと伝わってくるのだ。そしてこの映画が何をメッセージとしているのか、僕にはわからなかった。メッセージを探すことはできるが、自分はこの映画は「体験」にあるのだと思った。この映画を見て感じたあの「絶望感」を監督は感じて欲しいのだと僕は思う。これに似たような体験をしている人でもしていない人でも、この映画を見てそれぞれ違えど「絶望感」を感じない人はいないだろう。そしてその「絶望感」という感覚は、自分のような経験者には「懐かしい」という、ノスタルジックな経験となり、未経験者には、新たな体験となる。そしてこの「絶望感」という感覚はとても美しいと僕は感じる。その感覚は、実際に経験するものにはまるで生き地獄のように映るが、側から見ると後にも先にもないなんなら上も下もない簡潔な、純粋な闇のようで、美しい。永遠に堕ちる漆黒のホールのようで、美しい。何故なら永遠、純粋、漆黒なんてものはこの世にないから。アートなのである。

 そして最後にこの映画を創ってくれた岩井俊二監督にはとても感謝している。このような感覚を与えてくれる映画は見たことがないし、その感覚が自分にはとてつもなく刺さったからだ!きっとこの映画を自分はまた見返すだろう、あの「絶望感」を再び感じるために。