久しぶりにハナミズキを観た。
この映画を観るといつも思い出す人がいる。
私とけんけんの物語。
あの日、あれから、私たちはお互いの幸せを願って、
いや、私が一方的にそう願って、決別した。
出会いは17歳。
青春時代の象徴のような出会いだったかと言われれば、
全然そんなことなくて。
小さな命を宿していた身体。
そこに残る、一人の男。
そんな私に声をかけてきた、けんけん。
私の鞄を男が肩にかけて話しながら通り過ぎるのを、
けんけんは毎日のように見ていた。
時には私と男の喧嘩も見ていた。
そんなけんけんが、私にひたすら声をかけ続ける、それを無視する私。
そんなやりとりが続く、通学路に私は少しうんざりしていた。
チャラチャラと金髪の男が話しかけてくる毎日に、
華のJKであった私は気に留める様子すらなかった。
通りすがりのおっさんが私にぶつかってきた。
よくある制服女子にぶつかりたい的なおっさんだ。
普通ならここで女子高生は頭には来ても行動には起こさないだろう。
しかし、私は違う。
あの頃の私は強気、勝ち気で、ぶつかってきたおっさんに
ブチギレて唾を吐き大声で怒鳴り散らかした。
そこは大勢の人が行き来するこの町では大きな駅。
そんな場所でもお構いなしの私。駅に所属する警察だって何度来たか。
けんけんは怒鳴り散らかす私を見ていたらしい。
そんな瞬間を幾度となく見ていたらしい。
見た目は派手なけんけんでも、心根は平和主義者だった。
男と別れて、一人での通学路。
変わらずけんけんは話しかけてくるのをやめない。
そのうちにけんけんに文句を吐き捨てる私。
だけど、けんけんは怒らなかった。
普段の私をずっと見てただけなのに、私のことをよく理解してた。
毎日の通学路に、いつの間にかけんけんという存在が当たり前になった。
そして、交換するメールアドレス。
その頃、今のようにLINEなんてなかった。
携帯電話だった、ガラケーというやつだ。
けんけんは多くの女性が出入りする店で働いていた。
店の通りで女性に話しかけては店に入れるキャッチをしていた。
きっと、その一人だと思われているだけだと思ってた。
でも、けんけんは違った。
男と別れた私に、その小さな命を犯してしまった私に、
けんけんは包むように優しくしてくれていた。
私はそんなけんけんに甘えていたのかもしれない。
その甘えは、いわゆる女の子の甘え方ではない。
本当に不器用で、なんとも言えないものだった。
けんけんはいつも、遠くを見つめる私をそっと見てた。
見てたってよりは、見守ってくれていた。
そこは深い深い海の中のような、
私は居心地が良くて、その中で生きる人魚のように自由だった。
だけど、いつまでも人魚ではいられないと思ったんだ。
自由に泳ぎ続けても、けんけんを幸せにすることはできないと
あの頃の私は、気づいてしまったんだ。
いつも笑顔のけんけん、笑った顔が大好きだった。
一度も「好き」と伝えなかったけど、私が言葉にしない分、
けんけんはいつだって好きだと、愛してると言ってくれた。
ハグをしてくれる温かい腕の中で、私は幸せだった。
でも、幸せは長く続かないと思ってた私はついに行動に出る。
けんけんに別れを告げる。
その時はお互いの人生のために、歩み出ようと思ったんだ。
共依存してるだけじゃ、愛とは言えない。そう思った。
愛と執着は違う。
そう思って、別れた。
そして月日は流れ、2年経ったころ。
私たちの地を東北大震災が襲った。
一瞬の出来事とよく言われるが、私にはとても長い恐怖だった。
震災をきっかけに、けんけんが私の家に来た。
一人暮らしだったのもあって、心配してくれてた。
色々あってまた毎日を一緒に過ごすことになった。
一緒に住むのは二度目。
前はけんけんの家に半同棲、二度目は私の家で同棲する生活になった。
毎日毎日が当たり前のように流れていく。
その中でも私は満たされない思いでいっぱいだった。
幸せという言葉に踊らされていることに全く気づいていなかった。
そこで、二度目の別れを告げた私。
そして、それから何年も月日がまた流れる。
そして、再び出会う、大人になってからの私たち。
いろいろなことがあったよね。
そう笑って話せる日が来たことに私は嬉しくてたまらなかった。
若い私たちにはなかったものを、今の私たちは持っている。
私たちの関係は男女ではない。今の形が私たちの最終形態だ。
そう思ってた。
カラオケに行って自由に歌って盛り上がって、酒飲んで。
こんな歳の取り方もいいよねって笑いあって。
昔歌ってた曲で懐かしがったり、そして話したり。
そんなふうに私とけんけんの良き仲は再び育まれた。
家族のような、親戚のような、そんな関係。
そこにはきっと、いろいろな思いがあった。
そしてラストステージだ。
けんけんの恋人に新しい命が宿された。
その恋人の話はけんけんから聞いていたが精神疾患等、色々問題があった。
だけど、私は人の親になろうかと考えていたけんけんの背中を押した。
もちろん、私だからこそ言うべきことは言った。
「浮気症だから俺の子かはわからない。DNA鑑定して俺の子なら父になる」
そう言っていたけんけんに、私は冷たかったもしれないけど言った。
「血縁関係がなければ親にはならないの?」
私の家は血縁関係がないけど、大事に育ててもらった私にとっては本物の家族だ。
だからこそ、血のつながりがなければと言うけんけんに少し冷めた。
それから恋人と話し合ったけんけんは、父になると本腰を入れた。
その話を聞いた私は決意を固めた。
私はけんけんとはずっとずっと、仲良しのままでいられると思ってたんだ。
何歳になっても、一緒に笑って楽しんで、一緒に年を重ねていくと本気で思ってた。
だけど、それは私の独りよがりなんだ。
そして、けんけんに送った最後のメッセージ。
それと共にブロックし削除し、LINEからも消し去った。
だって、こうしないとけんけんの家族が心配するでしょう。
けんけんの父になるという思いをちゃんと受け止めて、背中押すんだ。
立派な父になってねと。
私はもういないよと。
困ったら助けてあげるなんてこともうないよ。
だって、あなたには大切な家族ができたじゃない。
私はそれで十分だなって思った。
大切な人に大切な人ができた。
そんな幸せなこと、他にないよ。
だからね、私はけんけんの人生の中から消えるんだ。
だけどね、私の記憶の中ではずっといるよ。
若い私たちの笑い声が聞こえるよ。
目を閉じると思い出すよ。
いつも真っ直ぐ私を見てくれていたあなたの笑顔も、
ちゃんと私の記憶には生きてるよ。
今でもちゃんといるよ。
けんけんと決別してからの私。
とくに変わったことはない。いつもの私のまま。
遠くから祈ってるよ、けんけんが幸せに過ごしますようにって。
けんけんの幸せが末永く続きますようにって。
何年経ってもあなたはあなたのままでいてね。
けんけん、元気ですか?
私は今でもけんけんの笑った顔が大好きだよ。
ちょっと高めのその声も大好きだったよ。
最高の友として。
けんけんはどうか幸せであってほしい。
そう願ってるよ。
ありがとう。
次に会うのは何十年後になるのだろう。
もしかしたらそこは「現在」ではないかもしれないね。
浮いてるかもしれないね。
どんなふうに呼吸してるんだろうね。
そこは明るいのかな。暗いのかな。
広い空間の中で、何やら花畑のような感じなのかな。
そうなら、満月の日にきっと大きな木の下にいるよ。
そこで落ち合って、また笑おう。
命尽きて会える日を。