トキさんは、90歳のひとり暮らし。

耳も口もしっかりしていて、訪問介護やヘルパーが来ても、

「大丈夫です。お帰り下さい」と玄関の鍵を開けようとしない人。


家族は、近くに長男が住んでいるけれど、彼さえも寄り付けないほど、人が家に入るのを嫌がった。



ただ、トキさんが唯一、心を開いていた人。それが、よし子ちゃんだった。


ピンポーン!「おはようございます。ケアマネジャーのよし子ちゃんです」



「はい。あなたは入っても良いです」ガチャ!!



鍵が開いて、よし子ちゃんは中に入る。

「あれ?トキさん。また、ここで寝てたの?風邪ひくし、腰を痛めるよ」

トキさんのベッドが昨日のままだったことに氣付き、よし子ちゃんは問いかける。

「いいんです。私はここがいいんです」


トキさんは、ある部屋の片隅に、小さく、まあるくなって眠る。




小さく、小さく まあるくなって…




いつもいつも、ベッドに寝かしてもいつの間にか、あの部屋の片隅に、まあるくなっている。



暑い夏の日も、寒い冬の日も、体調が悪い時も、這ってでもそこで、まあるくなるトキさん。


そこで食事をし、1日のすべてをそこの場所で生活するトキさん。

理由は、教えてもらえない…けれど、トキさんのお気に入りの場所。



よし子ちゃんは、トキさんが離れようとしない思いに応えることにした。


「トキさん、せめてお布団かけて寝ましょ」




それから、数か月…体力も落ち、だんだん衰弱してくるトキさん。

もうベッドでゆっくり体を休めてもらおうと、ベッドに寝かしても、またあの場所に這って、まあるくなるトキさん。

おもらししても、その場所にそのまま、まあるくなって眠っているトキさん。



容体が急変したと連絡を受けて、トキさんの自宅に駆け付けたとき、トキさんは、いつものようにあの部屋の片隅で小さくなって息を引き取っていた…。




小さく 小さく まあるくなったまま…。




数日後、トキさんの遺品を整理していた時、ふと、あの部屋の片隅が気になったよし子ちゃんは、そっと、カーペットを剥がして、トキさんの命を懸けて守りたかった思いに気付く。

カーペットの下には、トキさんの身体の形がつき、汗と尿の臭いがしみついた貯金通帳や、お札が敷き詰められていた。



「トキさん、これをずっと守ってたんだね。もう楽になっていいよ」



あの部屋の片隅の床に、よし子ちゃんはつぶやく。




小さく、小さく、まあるくなった跡に向かって。。




人は、それぞれ価値観が違います。けれど、その価値観は、その人だけの大切なもの。

決して、自分だけのものさしで、いいとか悪いとか決めるものではなく、お互いがそれぞれの価値観を認めることが相手を尊重し、寄添うということではないでしょうか?


 

『あなたが、命を懸けて守りたいものはなんですか?』