全国のアミ~ゴの皆様、ようこそ大川隆法ネット後援会へ。(^O^)/


唐突ですが皆様、歴史上の人物、平清盛(たいらのきよもり)について、どういうイメージをお持ちですか?

良くは知らないけれど、何だか悪い人であったような感じを、抱いてはいないでしょうか?


この日本人が持つ、平清盛の一般的なイメージというのは、おそらく「平家物語」から来ていると思われます。


祇園精舎の鐘の声~♪

盛者必衰の響きあり~♪


という詩に代表される、平家物語です。

そこには何と言うか、「平家は、庶民の生活など省みず、傲慢で横暴な振る舞いをしてたから、滅んだんだ。」「あいつらが滅んだのは、仏罰だったんだ。」という意味・・・


まぁ直接的な表現ではない・・・かも知れませんけれども、それを聞く側の受け取り方としたら、そういうイメージを抱かせるに十分な力が、この平家物語にはありますね。


歴史というのは史実です。

史実ということは、文章が対象の学問だということです。

平家物語は、文章ですから史実です。

ですから、この時代の歴史的対象とすれば、平家物語も、その対象となるのですね。


歴史的対象としては、平家物語となりますが、ここで即、「だから平家は、傲慢だったのだ。」という結論を付ければ、それは歴史の落とし穴に落ちたことになります。


平家物語で、平家やその頭領であった平清盛の、栄華を極め、傲慢極まりない思いや、行動が書かれているからと言って、平家や平清盛が傲慢であったかどうかは、実態はは???なのですね。


なぜならば、先日の記事でも書きましたけれども、歴史というのは勝った者が書くからです。

勝者が勝者の都合で書き、勝者ならいくらでも書くことができ、敗者は書けないのが歴史だからです。


そこで何が行われていたかを知るには、その歴史が書かれ、残された背景を知らなければならないのですね。

刑事事件で、犯人は色々自供するでしょうけれども、その犯行を特定するには、実況見分して、自供とつじつまが合うか・・・を検証しなければならないのと同じです。


歴史は史実の学問ですから、それ単独ならば、自供調書みたいなものです。

実況見分による、実態調査が必要な学問なのです。


ではその、平家物語の背景に迫って見たいと思うのですけれども、

平家物語は、平家の時代の後に成立した鎌倉時代に、琵琶法師(びわほうし)という、盲目の僧が全国を行脚して広めていますよね。


ここである疑問が沸いてまいります。

たった一人の琵琶法師が、琵琶を片手に行脚していたのでしょうか?

たった一人が行脚して、平家物語を琵琶法師が全国に広めた・・・というエピソードは、人々に定着するのでしょうか?


僕は、たった一人で全国を行脚することも、たった一人で、平家物語を全国に普及させることも、たった一人で、琵琶法師が広めた・・・というエピソードを残すことも不可能だと思います。


おそらく、相当数の琵琶法師の一群が、全国の担当箇所を決め、システマティックに普及活動しない限り、全国に行脚することも、平家物語を定着させることも、琵琶法師が広めた・・・というエピソードを、その後に残すことも不可能だと思います。

個人の自然発生的な動きでは、絶対に無理です。


僕が考える琵琶法師が広めた平家物語というのは、当時の政権にあった鎌倉幕府による、平家へのアンチキャンペーンではなかったか・・・と思うのです。

幕府による平家アンチキャンペーンならば、一定の予算を使い、大規模な琵琶法師を使って、システッマティックにキャンペンが張れますね。


琵琶法師の歌を聞いている現場では、それはある意味ではストリートミュージシャンの歌を聞いている風景です。ですから現場では見抜けませんが、鳥瞰して見れば、全国のあちらこちらで琵琶法師が、同じスタイルで同じ歌を唄っている・・・。


これを現代に当てはめれば、AKB48のメンバーを使って、秋元靖氏が大規模なキャンペーンを張っているのに、近い風景だと思うのですよ。(笑)

琵琶法師による平家物語の全国普及活動は、その歴史的成果から見るに、明らかに、組織としての動きをしていると思われるのです。


つまり、この仮説から導き出される結論は、平家、そしてその頭領であった平清盛には、鎌倉時代にはアンチキャンペーンが必要であった・・・ということです。
必要がなければ、予算や人員を使ってまで、そのようなことは致しません。

必要であったから、アンチキャンペーンを行っているのです。


そしてそのアンチキャンペーンの対象は、一般民衆でした。

京都の朝廷ではないのです。

琵琶法師は、市中の人々が対象なのですね。


ということは、平家、そして頭領の平清盛は、一般民衆にまで慕われていた・・・ということが伺えるのです。

一般民衆に、アンチキャンペーンをする必要があったわけです。


ということは・・・。

平家、そして頭領の平清盛という人々は、朝廷のみならず、ひろく全国的に、一般民衆レベルにまで慕われていた政治家であった・・・という歴史的事実が浮かび上がるわけです。


さあ、全国のアミ~ゴの皆様、戦後の東京裁判やGHQによる日本統治から始まり、その後左翼的な論調で、これでもか、これでもかと繰り返される、戦前日本の悪事の数々の背景が、ご理解いただけますでしょうか?


これが、日本の自虐史観の根底にあるわけです。

つまり、それだけ長期間に渡り、大規模な組織的な歴史キャンペーンがあった背景には、それが必要であった何か・・・が、必ず存在するわけです。


でなければ、それだけの労力と時間を使って、それだけの予算や費用を使ってやる、必要性そのものがないからです。

それが、歴史の見方なのです。


さあ、日本のアミ~ゴの皆様、そろそろ目覚めようではありませんか。

歴史を見直し、本当の日本を、その目で見ようではありませんか。

アモ~レは、そして幸福の科学は、本当の日本の姿を、皆様に見ていただきたいのです。


それでは、またのお越しをー。