母と自分と家族と癌

母と自分と家族と癌

いろいろな感情をぶつけるかもしれない
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今日は暑いですね。


そんな中母親の病状の経過報告を医者先生からいっしょに聞きました。





腫瘍自体は少し小さくなったみたいです。


ですが、気管まで達してる可能性が高いらしく尚も絶食。


絶食3ヶ月弱。





次は食べられないので栄養を取るために


・胃ろう


・バイパス手術


・自分で点滴の針をさせるようにする手術(名前忘れました)


の方法を紹介されて、まずは3つめのやつを勧められて、母親も承諾しました。


栄養状態をなんとかできる様になれば、帰宅も見えてくるとのことでした。





胃ろうについては逆流などのデメリット


メリットとしては満腹感が得られると聞かされました。


バイパスについては成功しても下手すれば食べられるものも限られ、


狭窄したりするのでデメリットが大きいと言われた後の選択です。





また、今日は病院に行ったら母親が珍しく布団を被ってたので、どうしたのかと訊いた所、


39度近い熱が出てたそうです。


そっちの方も心配・・・。





あとは、放射線は@2回らしいです。


最近放射線を受けたところが日焼けしてました。


看護師さんに薬を塗ってもらってました。


放射線が終われば、後は抗がん剤のみ。





一緒にがんばっていこうと思います。


母親の入院から1ヶ月ちょっとです。





未だに母は入院中。


食道がんのため絶食がもう2ヶ月近くは続いています。


今月一杯まで放射線治療とのこと。





最近は咳が収まったみたいです。


治療の効果かな。





そして自分は未だにニート。


仕事も探さないと。


でも、祖母の面倒やら買い物、食事、掃除やらで過ぎていく毎日。


母親がやってた分が8割以上自分自分がこなす毎日。





弟はバイト(家にはお金は入れず)してるため洗濯のみしてくれてます。





もうちょっと弟にも何かやってもらったほうがいいのかな。


もう何年も同じ屋根の下にいるけど口を聞いてない。


向こうも無視を決め込んでるようで話す機会もない。


母の言うことぐらいしか禄に聞かない。


潔癖のためか、庭掃除とか汚い作業は絶対やらない箱入りみたいです。





なんとかしないといけないなぁ。


母親は放射線&抗がん剤治療中です。





見るたびに元気がなくなってる気がする。


自分達の前じゃ元気そうに振舞ってるけど、内心はあんまり言わない。





昨日は「あれが食べたい、これが食べたい」といっしょに喋ってた。





「絶対治して食べよう」としか言えなかった。


絶望的かもしれないけど、治って欲しい!


自分は6年ほど免許を取ってから車に乗ることもなかった。





今日母親が一時帰宅、いままでは自分で車に乗って病院まで行っていたのだけど


明日から抗がん剤が始まるって事で車を置いていくことになった。





最寄の駅まで自分が送っていく&祖母の通院もあるので


自分が車の運転をすることに。





久しぶりすぎるので


初心者マークを貼っていざゆっくり公道で練習!





つぎには病院まで送れたらいいな!


がんばろう。


ニートには関係ありませんね・・・。





とりあえずGW明けから母は放射線&抗がん剤治療開始みたいです。


副作用とかきついかな?


がんばってしかいえないけど、がんばって欲しい。





「毛抜けるかな」とか心配していたので、


「抜けたら桂買いに行くか」と冗談交じりに言ったのですが・・・


精神状態次第では冗談に聴こえないかもなーと後から後悔。





どうか良くなりますように!


大きい病院で先生からの説明を受けました。


若い先生で説明もわかりやすかった。





もしかしたら放射線できないといわれてましたが、


なんとかできるような言い方だったので少しは希望がもてそうです。





抗がん剤はまだ始めてないから


まだまだ元気だけど、これから段々厳しくなるんだろうな。





病院まではちょっと遠いけど、職もなくて暇だからちょくちょくは会いに行くよ!!








祖母と交代交代で夕御飯作成。


今日は私が作るお鍋だ。





冷蔵庫にある野菜とかお肉を適当にぶち込むのみ!


味付けはちょっと薄かった次からは気をつけよう。





無料ってことで読んだ。


末期がんについてだったり、


抗がん剤についてだったりの話はすごく自分の為になったと思う。





正解じゃないかもしれないけど、できる限りのことをしようと思う。


悔いはおそらく残るだろうけど、できる限りやろう。


母方の祖父も癌だった。


恐らく胃がん。





恐らくってのは


母がギリギリまでほぼ誰にも言ってなかったため。


(最初は胃潰瘍っていってた)





このころからある意味、母親は癌(看病)と戦ってたのかとも思う。


週1回程度いっしょに病院に言ってた記憶がある。


母方の祖父母の家は近かったため頻繁にお見舞いにいけた。





そして小学校の高学年のころ亡くなった。








父方の祖父。





父方の祖父は確か肺がんで、


見舞いに行ったときには「痛い、痛い」といってたのをよく覚えています。





病院は遠いところにあったため数回しか見舞いにいけませんでした。


危篤ということで家族で病院に行き死に目には会えました。