今日はアルバイトの後で、片っ端から飛び込み営業をやる日だ。

飛び込み営業なんて20代後半の頃にやって以来、実に20年ぶりである。

 

基本的に大きな案件以外は直販をやらない方針で事業を進めたきたが、日銭を稼ぐために代理店とバッティングしない分野は直販で売上を作ることにした。これは救世主もりちゃんの指導によるものである。

 

とにもかくにも、田中社長の会社の小田さんが会社の経理に入り込んでいるため、自分の会社のお金が自由に動かせないようになってしまった。既存客から入金があっても、それを動かすにはいちいち田中社長への稟議が必要となる。そのため、自由に使えるお金を作るため、別口の売上と回収が必要となったのである。田中社長の知らない銀行口座を新しく作ったので、売上金額はその口座に振り込んでもらったらいい。

 

田中社長からは、じわりじわりと真綿で首を絞めるような追い込みをかけられているので、正直しんどい状況が続いているが、何とか資金調達をして早く正常な状態に戻したい。

 

ユーフォリアの投資委員会による審査は今月末だ。外部の有識者を入れた8名で審査が行われるようで、審査に通れば来月初めには入金してくれる。

 

先月末にユーフォリアの担当の家部さんから嬉しいメールを送ってきてくれた。

「弊社は他のファンドとは違い、優れた技術が社会に実装されて世の中の役に立ち会社も黒字経営となるようハンズオンで支援することがミッションです。

それは、我々ユーフォリア自体が実際に苦しんで来たことで、技術系のベンチャーは技術を社会に実装する前に力尽きてしまうことが多いことを大きな問題と捕らえ、それをなんとかしたいと考えています。

今は苦しくても時代が追いついて10年後に花が咲く会社様もあります。ですので、弊社は技術のポテンシャル、つまり将来性を一番重視して見ます。実際に、弊社が出資しているのは、赤字で債務超過の会社ばかりです。

御社の技術は凄い。

将来は大きなマーケットに販売できると思いますので、是非御社を支援したいと考えています。」

 

とにかく、あと1ヶ月間、何とか凌いで乗り切ろう。

 

昼食をとった昼下がりに、中央区平尾のロイヤルホスト近くに車を停めて、サンセルコ近くまで飛び込み営業をかけることにした。ターゲットは「放課後等デイサービス」である。

 

ウィキペディアによれば、放課後等デイサービスとは、「児童福祉法を根拠とする、障害のある学齢期児童が学校の授業終了後や学校休業日に通う、療育機能・居場所機能を備えた福祉サービス。「障害児の学童保育」とも呼ばれる。略して「放デイ」」とある。

 

熊本地震でNHKの全国放送をはじめ、新聞・雑誌の全国紙など、様々なメディアで取り上げられ、今や発達障がい系の関係者で当社を知らない人は少ない。

 

そこで、最近増え始めた「放課後等デイサービス」に営業をかけることにした。

 

「こんにちは」

施設の玄関に行き、明るい声で挨拶をする。

 

「は~い」

奥から女性の声が聞こえたかと思うと、小走りで駆け寄って来てくれた。

 

僕は、早速その女性スタッフに新聞記事とNHKのニュースを見てもらう。

「あっ、これ知ってます!気になっていました!」

「そうなんですね。そしたら話は早い。これが商品カタログで・・・」

 

最終的に僕は実際に効果の検証をして頂くため、デモの日程のすり合わせをして確約をとる。

 

福祉系の人は、基本的に人間的に優しい人が多い。だから、とりあえず話は聞いてくれるので営業はやりやすい。若かりし頃にやっていた営業は門前払いも多かったので、話をきちんと聞いてくれることに感動すら覚えた。

 

車を残して、そのまま徒歩で北へ向かい、途中の「放課後等デイサービス」に続けて営業をかける。

そして2軒目もきちんと話を聞いてくれて、デモの確約をとることに成功した。

 

次に3軒目の施設に向かう。

3軒目は「社長が居ないので決められない」という。

 

僕は社長という単語に違和感を覚えた。「放課後等デイサービス」のような福祉施設は、社会福祉法人が運営を行なっている、と勝手な思い込みがあったからだ。

実際には営利目的の株式会社が運営している場合も数多くあるようだ。フランチャイズ方式で全国展開している大手企業もあるらしい。

 

「では、社長様がいらっしゃる日時を教えて頂けませんか?」

僕はデモでなく、社長との面談で出直すことにする。

 

次に4軒目に向かう。玄関に行こうとすると、送迎用のバンから降りてくる5~6人の子ども達の姿が見えた。

「は~い、今日も暑いから最後の人はドアをきちんと閉めてくださいね~」

先生らしき女性がそう叫ぶと、最後の子どもが玄関のドアを閉めたのを確認したあと、その女性も中に入ろうと玄関の扉に手をかけた。

 

「こんにちは」

とっさに僕は満面の笑みで後方から声をかける。

 

「何か?」

怪訝そうな顔でこちらを振り返って凝視してきた。ヤバっ!、タイミングがよくなかったな!変なヤツだと思われてしまった!

 

早く誤解と不信感を取り除かねば。

「私、本日この近辺の放デイで、ご挨拶を兼ねて訪問しているGATの中澤と申します」

「ごめんなさい。営業なら平日の昼前後だと助かるんですけど・・・」

断らないのが、この業界特有の優しさだ。

 

女性はそのまま玄関を開けると、施設の中からはち切れんばかりの子ども達の大声が聞こえてきた。

 

そっか、子ども達が来たら営業マンの話を聞く余裕なんて無いよな。

時計を見ると2時半を過ぎていた。多分先ほど学校が終わって、そのまま子ども達はこちらの施設へ送迎車に乗ってやって来たのだろう。

 

「本日はタイミング悪くて申し訳ありませんでした。ちなみに明日の午後イチ、えっと1時に再度お伺いしてもよろしいでしょうか?」

急いで僕が言うと、にっこり女性が返答してくれた。

「それでしたら大丈夫です」

 

僕は深々頭を下げて、その場を去った。

そっか!この業界に営業をかけるには、午後2時くらいまでの訪問が限度だな!

 

今日1日で、この業界の経験値がかなり上がったようだ。会社に戻ったら、この経験値を共有しよう!

 

駐車場に戻っていると、オカモトの渡部部長から電話がかかって来た。

「ああ中澤さん、カタログ撮影も無事に終わり、印刷に入りました。ありがとうございました。年末には全国の代理店様に配布されますので、引き続き宜しくお願い致します。」

僕は大手企業とのコラボが確実に進んでいることに、ホッと胸をなで下ろす。

 

事務所に戻ると、スタッフ全員が僕のデスクの周りを囲んで来た。

社長自ら飛び込み営業をしたので、その結果がどうだったのか興味津々のようであった。

 

「うまくいったよ」

ワーッとスタッフの歓声が上がる。

 

「よっしゃ、そしたらこれから緊急ミーティングや!」

僕は「放課後等デイサービス」の営業で学んだ業界特有の知識を、スタッフ全員で共有していった。

 

夜は自宅でお礼の手紙書く。

今日会ってくれた人への感謝の気持ちを言葉で綴る。ハガキのお礼状を書いている営業マンはたまに見かけるが、僕の場合は手紙というのが20年以上のこだわりである。

 

このITの時代に、手紙をしたためるというのは合理的ではないのかも知れないが、20代の頃からやって来た自分の習慣なので、現在も続けている。

 

メールのお礼だとコピペで済むかもしれないが、会ってくれた人のことを思い出して、その人だけにメッセージを届けるのが大事だと考えている。

 

ふと時計を見ると23時を回っていた。

ヤバっ!明日もアルバイトだ!早く寝なきゃ!