「 ワシとカラス 」だったという話
ワシは大きな鳥で高い空を悠々と飛ぶが、
そのワシを邪魔するのがカラスだそうで
カラスは自分がラクしようと
ワシの背中に乗り
首を突いたりするそう。
だからワシはより高く上にあがり、
カラスは呼吸が苦しくなって耐えられず
ワシの背中にはいられなくなる。
というお話。
たかが前職を辞める時、
価値観が合わなくて辞めたんだけど、
この童話を聞いて
たかはワシだったんだ ✨
って思った。
と同時に、
相手にとっても
たかはカラスだったんだと思った。
そこには
たかはいるべきじゃない人だった。
みんなそれぞれに役割があって
輝けるはず。
居場所を間違えたことで
カラスになってしまったのだ 🤣
自分を見くびって
待遇が良いからと現状維持を選んで
不満を選んでいた 🥺
というより
「 不満になる 」ということを 選んでたのだ 😂
しかし
カラスはなぜ首を突く必要があったのか
良い思いをしてるはずなのに。
それって
自分の劣等感での行為でしかないなと。
なぜ劣等感を感じるのか
たかは最近
哲理学作家のさとうみつろうさんの
「 0 Rei 」という本を読んでいて
大体の喧嘩の原因がこれじゃないか!
もうこの1冊で色々解決やん
ってなったおすすめの本。
それは
「 平等でないといけない 」という
" 思い込み " があるからなんだと 🥺
【 「 全ては不平等なほうが自然である 」
山や森を見れば分るでしょう。 】と。
確かに、
木の大きさや太さなんて全然違うし、
葉っぱの量
お花が咲く木
実がなる木
それぞれだもんね、
みんな平等とか言って
同じように与えられてたら
恐怖もん 😂
他人と比べられる、比べてしまう社会。
そしてそもそも
【 段ボールの工作で、
「やりたいこと」を " やれている " 状態だった
無理やりストップされた。
「 そんなモノ早く片付けなさい!
今日はもっと幸せなディズニーに行く日だと
言ったでしょ!」って。
違う「幸福」の基準を教え込まれた。 】
んだと。
確かに どこかで見た
「 あなたも幸せになれるよ 」って言葉に
すごく違和感があった。
なぜ不幸前提なんだ?
失礼だなと。
自分のことを
不幸だと思ってることが不幸で、
不幸にさせてるやん
って。
みんなやりたいことをやってる。
たかの「 不満になる 」を選ぶことさえも
選んでやっていた 😂
みんな違ってみんないいんだから。
暑い場所で咲けないチューリップ
寒い場所で咲けないハイビスカス
自分はチューリップなのに
ハイビスカスぐらい大きく
花びらを広げられないことを
気にしちゃうみたいな。
しかも
チューリップは日本では
春の訪れを感じさせるお花であって
夏を感じさせるお花ではないし。
無理せずハイビスカスに任せようよ 🤣
みたいなね
とにかく
たかもワシなのだから
優雅に空高く飛び回ろうと思う♡
