◆今日の話
月曜日で、1年生最後の授業が終わりました。 なんというか‥早いよね。
月に8日は休日。
授業がまるまるある月がおよそ8ヶ月
64日は休み。 夏休みで50日春休みで60日冬休みで約20日の休み。
ほぼ1年間の半分以上が休日というねwwwww
この暇を持て余していたのに、休日にしていたことといえば、バイトに遊びがほとんどでしたねw
年間130万円の授業料を払ってもらっているというのに、俺はこの1年で何も身につけられた気がしませんでした。 これはみんなにも当てはまるんじゃない?
意識高い人がいたらごめんなさいね。
【大学生活を振り返って】
まず入学して衝撃だったことは、ヤンキー率の高さ。 それもややガチ目のねw
俺の高校は、オタク率80%フツメン率16%イケメン率3%変態率1%という組成で成り立っていたので、その大学とのギャップにびびりましたね。
校内を歩けば、煙草の煙にぶつかり、見渡す限り暴走族、カツアゲに‥。校内にツバを吐けば、組長のような強面の教授にひっぱたかれるという微笑ましい光景も。 ちょっと言いすぎましたねw
大久保商店街をサーキットと勘違いしているドライバーは、うちの大学の生徒ではないかとの噂も。
まあ、この校風にも気づけば慣れていましたねw
友達に関して言えば‥
最初によく絡んでいたのは、某九州出身の友達。彼はコミュ力に関しては、ピカ一でしたね。 ですが、その反面、罵詈雑言(ばりぞうごん)の嵐や、超高速急所攻撃のような攻撃面に関してのスキルには定評があったため、その攻撃スキルを存分に受けるいわゆる「いじられ役」は毎日枕を濡らしていたことでしょう。
ですが、無理な外泊要請にも気前よく受けてくれたり、試験前の一夜漬けを共にすることが多かったりと、なんだかんだいい人でした。
その他の友達も、いい人が多かったですね(=⌒▽⌒=)
もちろん苦手な友達も数人存在していましたけどね‥。 バンドでドラムをたた‥。 おっと口が滑った。
ご想像にお任せしますww
まあなんだかんだ、後期は学番の近い、人たちと仲良くしてましたね。 週4でカラオケに行くという異常なことしたりね。 バラライカの踊り手には本当に感謝しています。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
ただ、大学で一番嫌だったことがあります。 それは、通学でした。
片道で4線の電車を乗り継いで、1時間半かけるというね。 正直前期はイライラで限界でした。
でもおれ以上に通学が大変な人も何人も知っているから、なんというか、大分慣れた気がしますw
大学生活を語る上で、一番厄介だったんのが俺の「オヤジ」←ラスボス
入学当初から門限という時限爆弾を背負わされ、当初は22時までに帰らなければ、家のドアを開けると、仁王立ちしている中年からの大説教(平均約3時間)を免れることは不可能でした(T ^ T)
でも、後期は大分楽になりましたけどね。 門限が23時に伸びた分外泊禁止令が発布されてしまいましたが。
親父がよく口にしていた言葉がありました。 類は友を呼ぶという言葉です。
周りの友達がダラダラした生活をしていて、自分は最初は周りを差別化し真面目に過ごしているつもりでも、時間の経過とともに、周りに凌駕され、やがてその周りの考えが当たり前になるという現象ね。 ちょっと本来の意味とは違うかな汗。
俺も最初は周りに流されまいと、そう思っていましたが、最終的には俺が周りをダメにしてしまったような気がするわww
なんかすいませんでした。
まあ親父の言いたいこともわからなくはなかったので、オヤジは優男だったなと。そういう結論に達しましたww
なんだかんだ長文になってしまいましたけど、最後まで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。
完