ちょっぴり悲しいお知らせです。
先月末、2年間お付き合いしておりましたウズベク人の彼とお別れすることになりました。
ついに、ついにこの時がきた・・・という心持です。
このブログを辛抱強く読んでくださっている方はご存じかもしれませんが、
今年初めにも一度別れる決心をし、連絡を絶っていたのですが、
偶然が重なりドイツで再会、韓国でいっしょに休暇を過ごすなど順調なようにみえました。
しかし、8月初め。
彼が韓国での研修を終え、ウズベキスタンに帰った後―
お見合いで彼はすてきな花嫁候補に出会いました。
それまでは、親にいくらお見合いを設定されても、
納得のいく花嫁候補に出会うことがなかったので、
わたしとの関係も続いていました。
こう書いていると、すごく複雑にきこえるかもしれません。
そうなんです。
わたしたちは、"いつか彼がほかのだれかと結婚する”ということを知りながら、
2年間お付き合いをしていました。
わたし自身は、それが自分になる可能性もあるかもしれない・・・
という希望もこめて、彼との連絡を続けていました。
だけど、もうそれも終わりです。
現在はもうふんぎりもついて、
わたしも前を向いていこう!という心持です。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そこで、世界一尊敬できる彼との2年間の国際遠距離恋愛で学んだことを
すこし書いてみようと思います。
1.離れているときは“友達”のように そばにいるときは“恋人”のように
常に相手のことを“恋人”だと意識すると、
ついついヤキモチを妬いたり、ありもしないことを妄想してしまう。
“恋人”である相手は、そもそも自分だけのものではないんです。
家族や友だちなど周囲の人との関係性が尊重されてこそ、
その人のその人らしさが見えてくる。
物質的距離が離れているからこそできたことだと思いますが、
彼のそばにいるときはたっぷりと“恋人”として接し、
離れているときには“友達”として、彼の生活も自分の生活も大切にする。
それがお互いに心地よく関係をつなげていくコツなのかな~
と思いました。
2.楽しいことを共有したいとおもえる関係
楽しかったこと、自分のしあわせを一番に共有したい!
と思えるのが彼でした。
まだ精神的に幼いときって、人の幸せってなんだか気に入らない。
それが彼氏だとしてもなんか喜べない。
少なくとも彼以前にお付き合いしていた人たちとはそうでした。
だけど、彼のしあわせや週末の楽しかったこと、そして仕事がうまくいったこと等、
聞くたびに彼がしあわせになっていくことが嬉しくて・・・こんな感情は初めてでした。
そして彼も同様にわたしのしあわせを自分のことのように喜んでくれる。
そんな関係ははじめてだったけど、
すごく心地よかったし、精神的にも成長できました。
3.「好き」「愛している」よりも「信じてる」
恋人なら「好き」「愛している」というのが当たり前。
それをいわなければ、聞けなければ恋人ではない。
というのがわたしのかつての恋愛に対する常識。
だけど、わたしたちにとってこの2つの定番フレーズは、
レアでした。むしろあえて言わなかった。
今までは聞きたくて言いたくて仕方なかったこの2つの言葉が、
口にしたり耳にすることによってすごく陳腐に思えたんです。
心持が素直であれば、態度や目・お互いに醸し出す雰囲気で、
「好意」なんてすぐに分かる。
疑ったり、勝手に推し量ったりすることなく。
だからわたしが彼に言われてすごくうれしかったのは、
「信じてる」
という言葉。この言葉が何よりも安心でき、わたしを自由にしてくれました。
好意を伝えるのに言葉に頼るのではなく、
しっかり態度や自分の心から溢れ出るもので伝えて、
相手のそれもしっかり受け止める。
そして信じる。これができたのは本当に大きな成長。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ハッキリいって、この恋愛はわたしの恋愛観を180度変えました。
精神的に成長でき、いろんな角度からものごとを考えられるようになった。
何よりも彼というすばらしい人と出会えたこと、
そんな人に2年間という短い期間ではあるけど想ってもらえたこと、
ウズベキスタンという国について知れたこと、
それを通してたくさんの大切な友人と知り合えたこと…
得たものは計り知れません。
大好きな女友達と話していて、
「いつか娘ができたら、お母さんはこんな素敵な恋愛をしたんだよ!って話せるね」
といわれ、なんだか感動してしまいました。
ほんとそうだな~って思って。
ついつい長くなってしまいましたが、
最後まで読んで下さりありがとうございました!

先月末、2年間お付き合いしておりましたウズベク人の彼とお別れすることになりました。
ついに、ついにこの時がきた・・・という心持です。
このブログを辛抱強く読んでくださっている方はご存じかもしれませんが、
今年初めにも一度別れる決心をし、連絡を絶っていたのですが、
偶然が重なりドイツで再会、韓国でいっしょに休暇を過ごすなど順調なようにみえました。
しかし、8月初め。
彼が韓国での研修を終え、ウズベキスタンに帰った後―
お見合いで彼はすてきな花嫁候補に出会いました。
それまでは、親にいくらお見合いを設定されても、
納得のいく花嫁候補に出会うことがなかったので、
わたしとの関係も続いていました。
こう書いていると、すごく複雑にきこえるかもしれません。
そうなんです。
わたしたちは、"いつか彼がほかのだれかと結婚する”ということを知りながら、
2年間お付き合いをしていました。
わたし自身は、それが自分になる可能性もあるかもしれない・・・
という希望もこめて、彼との連絡を続けていました。
だけど、もうそれも終わりです。
現在はもうふんぎりもついて、
わたしも前を向いていこう!という心持です。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そこで、世界一尊敬できる彼との2年間の国際遠距離恋愛で学んだことを
すこし書いてみようと思います。
1.離れているときは“友達”のように そばにいるときは“恋人”のように
常に相手のことを“恋人”だと意識すると、
ついついヤキモチを妬いたり、ありもしないことを妄想してしまう。
“恋人”である相手は、そもそも自分だけのものではないんです。
家族や友だちなど周囲の人との関係性が尊重されてこそ、
その人のその人らしさが見えてくる。
物質的距離が離れているからこそできたことだと思いますが、
彼のそばにいるときはたっぷりと“恋人”として接し、
離れているときには“友達”として、彼の生活も自分の生活も大切にする。
それがお互いに心地よく関係をつなげていくコツなのかな~
と思いました。
2.楽しいことを共有したいとおもえる関係
楽しかったこと、自分のしあわせを一番に共有したい!
と思えるのが彼でした。
まだ精神的に幼いときって、人の幸せってなんだか気に入らない。
それが彼氏だとしてもなんか喜べない。
少なくとも彼以前にお付き合いしていた人たちとはそうでした。
だけど、彼のしあわせや週末の楽しかったこと、そして仕事がうまくいったこと等、
聞くたびに彼がしあわせになっていくことが嬉しくて・・・こんな感情は初めてでした。
そして彼も同様にわたしのしあわせを自分のことのように喜んでくれる。
そんな関係ははじめてだったけど、
すごく心地よかったし、精神的にも成長できました。
3.「好き」「愛している」よりも「信じてる」
恋人なら「好き」「愛している」というのが当たり前。
それをいわなければ、聞けなければ恋人ではない。
というのがわたしのかつての恋愛に対する常識。
だけど、わたしたちにとってこの2つの定番フレーズは、
レアでした。むしろあえて言わなかった。
今までは聞きたくて言いたくて仕方なかったこの2つの言葉が、
口にしたり耳にすることによってすごく陳腐に思えたんです。
心持が素直であれば、態度や目・お互いに醸し出す雰囲気で、
「好意」なんてすぐに分かる。
疑ったり、勝手に推し量ったりすることなく。
だからわたしが彼に言われてすごくうれしかったのは、
「信じてる」
という言葉。この言葉が何よりも安心でき、わたしを自由にしてくれました。
好意を伝えるのに言葉に頼るのではなく、
しっかり態度や自分の心から溢れ出るもので伝えて、
相手のそれもしっかり受け止める。
そして信じる。これができたのは本当に大きな成長。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ハッキリいって、この恋愛はわたしの恋愛観を180度変えました。
精神的に成長でき、いろんな角度からものごとを考えられるようになった。
何よりも彼というすばらしい人と出会えたこと、
そんな人に2年間という短い期間ではあるけど想ってもらえたこと、
ウズベキスタンという国について知れたこと、
それを通してたくさんの大切な友人と知り合えたこと…
得たものは計り知れません。
大好きな女友達と話していて、
「いつか娘ができたら、お母さんはこんな素敵な恋愛をしたんだよ!って話せるね」
といわれ、なんだか感動してしまいました。
ほんとそうだな~って思って。
ついつい長くなってしまいましたが、
最後まで読んで下さりありがとうございました!



