教員人生の始まりは

足立区の中でも、最も北部に位置し

埼玉県との県境にある中学校だった

ここでの6年間で

教員として必要な基本的な資質を

身に付けることかできた

当時その学校では

教員層が非常に若く

20代の教員がほとんどを占め

若さにあふれていた

要職についているのも

20代から30代前半が多かった

…のだが、私が配属された学年だけは

中高年の先生が占める学年だった

学年団のエネルギーにかなりの違いがあり

新任の自分は、戸惑うことが多かった

4クラスのうちの一クラス41人を任されての

スタートだった

自分の教育にかける理想はあったが

現実は、思うようには運ばず

授業以外では苦労の連続だった

他のクラスと同じことができず

どうしたらよいのか、全くわからなかった

優しくしてもダメだったので

次第に大きな声を出して怒鳴ることばかりになったが

生徒には全く効かず、返って悪くなるばかりだった

しまいには、ベテランの先生方から

そんなに怒鳴ってもダメだよ、などと

たしなめられるようになり

じゃあ、どうすりゃいいんだよ？！　と

泣き出したくなるような日々が続いた

他の若い先生たちに倣い

初めの年から、学級通信はよく出していた

最初の一年だけ、「あゆみ」という通信だった

秋くらいになると、もうどうにもならなくなり

万事休すという感じだった

「あゆみ」には、クラスのありのままの様子と

私の思いを赤裸々に綴っていたので

同僚も、そして生徒たちの保護者も

とても心配したことだろう

ある日、保護者に学校の外の集会所の様なところに

呼び出され、行ってみると

たくさんの保護者が集まっていた

私を囲んで、いわゆる「吊し上げ」にするために…

保護者が言っていたのは

子供たちの悪いところばかり見ないで

良いところを見てほしい、ということだった

そう、そのころ、私には

他クラスとの比較で

うちのクラスだけ、これもできない

あれもできない

どうしようもない

そんな風に、悪いところだけしか

見えなくなっていたのだ

保護者の会の後、もう完全にお手上げ状態になった

今の新人なら、とっくにつぶれているだろうが

その頃は、社会的につぶれることも

許されない状況だった

私は、とりあえず

無駄な抵抗はやめてしまった

クラスが落ち着かなくても

もう、注意もできなかった

目をつぶって、耳をふさいで

ただ、時間が過ぎるに静かに任せていた

今でも覚えているエピソードがある

保護者の呼び出される前のことだったと思う

クラスの生徒たちが、家庭科の授業で

おむすびを握ったと

私に持ってきてくれた

ああ、ありがとう、と受け取ったが

生徒たちのニヤニヤした顔を見て

私の顔はひきつっていたことだろう

その時は、後で食べるよ、と言って受け取っただけだった

放課後、ラップをはがして

そのおむすび見つめた

食べることができなかった

端っこをちょっとだけかじるのが精一杯だった

私は、そのおむすびに

画鋲が入っているのではないか？　

そう思ってしまったのだ

生徒を信じることができなかったのは

後にも先にもその年だけだったが

私の理想は

例え、毒が入っていて

食べて死んだとしても

生徒を信じて食べるような先生だった

食べられなかったことは

自分自身にとっても

ショックだった

翌日、おむすびをくれた生徒たちが

「先生、食べた？」と聞きにきた

食べたよ、と嘘をついた

「しょっぱかったでしょう？！」と言って

大笑いしている生徒を見て

他愛ないいたずらをしただけだったか

自分自身が、さらに情けなくなった

　　　　　　　(つづく)

根源（その6)