あれ!?オレ、落ちてる!?
え!オレ落ちてる!
なんで?なんでこうなったんだっけ?
そうだ、オレ、フラれたんだ。親友だった恋人の彰仁に。
――――オレはビルの10Fから真っ逆さまに落ちていた。
数分前。
「彰仁、オレはお前のことなんか好きじゃない。好きだったことなんて1度もないよ。バカなやつだな、本気にするなんて。・・・今まで楽しかったよ、彰仁。」
そう言って電話を切ると、小嶋櫂人はケイタイを10F建てのビルの屋上から地上へ投げ捨てた。
櫂人は恋人であるはずの尾上彰仁の勤める会社の屋上に佇んでいた。
フェンスを越えてあと1歩踏み出せば、地上まで真っ逆さまという場所で櫂人の足はすくんでいた。
――なんだよ!ここまで来てこんなにこえーなんて。
足がすくんで一歩も動けねえ。
櫂人はゴクッとつばを飲み込むと、もう一度下を見る。ここから飛び降りるなんて目眩がしそうだ。
――やっぱり止めようか。
そう思って、頭を振り、もう1度ここに来た理由を思い出そうとする櫂人。
すると突然、どこからか音楽が鳴り響く。
パラッパッパッパ~♪チャラリラリン!パーパーパー!
「はい、始まり始まりー。脳内クイズのお時間よ!司会はわたくし、やばみちゃん!と?」
「つらみくんでーす!」
突然、陽気過ぎる謎の2人組が目の前に現れた。
「え?何?何急に。」
事態が飲み込めない櫂人は足下のおぼつかない場所で混乱し生きた心地がしない。
そんな櫂人にはまるで気付いていないかのように2人組は話し続ける。
「さあ、今回の回答者はこちら!小嶋櫂人さんよ!」
「この小嶋櫂人くんはなんとまだ若干23歳です!」
観客もいないのに始まったらしいクイズ番組の、司会者と名乗るこの2人組の風貌はかなりおかしかった。
やばみちゃんと名乗った女性?は悪魔のような黒くテカリのある、まるでコウモリのような翼を背に携えている。ゴスロリ系メイド服の黒いワンピースの短い裾からは細長い矢印のような尻尾が見える。フリルのカチューシャをつけた頭からは牛のような形の黒く短い角が生えている。しゃべる度に八重歯を長くしたような牙が覗く。
漫画やアニメでよく見る人間型の悪魔のようだ。ただし、格好は変だがとても可愛い。
つらみくんと名乗った男性?は同じくコウモリの様な翼を背に携えているが、履いているのはズボンで、やばみちゃんと同じ様な尻尾が見えている。
一体ズボンの後ろはどうなっているんだろう?と櫂人は思ったが、知りたくないような気もした。
そして、同じく黒い角に牙も生えている。ただし、服装は戦隊もののピタッとしたスーツで結構な真緑だ。
そして、こちらも格好はさておきとてもイケメンだ。
櫂人がまだポカンとしている間にも2人はどんどん話を続ける。
「さてこちらの櫂人くん、最近なんだかツラいことがあったみたいなの!」
「そうそう、それで、なんだかやばいこと考えちゃってるみたいなんです!」
「櫂人くん、どんなツラいことがあったの?」
やばみちゃんと名乗るサイケな格好の女の子がわざとらしい悲しみの表情を浮かべて聞く。
「え?え?え、えっとー、実は、付き合ってた・・・とオレは思ってた一番大切な人にフラれたって言うか、向こうは実はオレのことなんかちっとも好きじゃなかったって言うか・・・。」
櫂人は自分で言っていて少し涙が出てきそうだった。
「えー、それはとてもツラみですね。それで、フラれちゃった櫂人さんは、どうしたんですか?」
つらみくんはちっともツラくなさそうなテンションで重ねて櫂人に質問する。
「え?いや、えっとー、なんか何もかもが嫌になっちゃって生きていく希望もないなって思っちゃって。・・・だから、死んでやろうって思って。」
話していて再び涙が出てそうになる櫂人。
「えー、それってヤバみだねえ。うんうん。それでそれで?」
またしてもちっともヤバいと思っていない様子で聞いてくるやばみちゃんに櫂人は段々腹が立ってくる。
「ええ?それで、えっと、どうせならアイツの勤めてる会社から飛び降りてやれば、せめてオレが本気で好きだったって・・・伝わるかなって。」
ちっとも同情的でない様子のやばみちゃんになんだか真面目に答えるのが馬鹿らしく感じた櫂人は、もう涙も出そうにならない。
「えー、ツラみですねえ。」
「うんうん、ヤバみー。」
――なんなんだろう、この妙に高いテンションは・・・。
いや、てかオレも普通に答えちゃってるけど、この状況って一体何?
「あれあれ?櫂人くん、もしかしてまだこの状況が把握できてないの?」
「まあ、そうですよねえ。いきなりじゃ、なかなか把握できませんって、やばみちゃん。」
「それもそうよねえ。じゃあ、やばみちゃんが教えてあげるわね。」
やばみちゃんは可愛く櫂人にウインクしてみせる。
「あ、はあ。」
「もー、櫂人くんずっとテンション低いわね。だからすぐヤバみな考えに陥っちゃうのよー。」
「あ・・・。すいません。」
櫂人はムッときているはずなのになんだか勢いに押されて謝ってしまう。
「まあ、いいわ。今この状況は何なのかって言うとお。」
やばみちゃんは人差し指を立てながらズイッと櫂人に顔を近づける。
――っていうか浮いてる。
櫂人は今更ながら気がつく。
ここは10F建てビルの屋上で、櫂人は飛び降りるためフェンスを越えている。もう1歩踏み出せば落ちる、という場所にいるのだ。
その櫂人の正面にいるということは、浮いてる以外に方法はない。
「まず、櫂人くんは今、パニックに陥ってるの。飛び降りようと決意したって、人間なかなか飛び降りれるものではないのよ。だから、本当に死の恐怖を目の前にして櫂人くんの脳内はパニック状態。そのせいで幻覚を見ているの。」
櫂人の考えになど気付かないやばみちゃんは、説明を始める。
「そうそう、だからこのやばみちゃんとつらみくんは、君の脳内がヤバいことツラいことを何とか処理しようと君に見せている、君自身が作った幻覚ってわけです。」
やばみちゃんを押しのけて、今度はつらみくんが櫂人に顔がつきそうなほどズイッと1歩寄る。
櫂人はさっきまで飛び降りようとしていたくせに、つらみくんの整った顔が急に近づいてきてドキッとする。それぐらい、この世のものでは無いと思うくらいに、つらみくんの顔は美しく整っている。
変な格好に目が行っていたが、やばみちゃんも信じられないほど美しい。可愛いとかいうレベルではない。
「な、なるほど。幻覚・・・。幻覚なら納得。」
先程、つらみくんに押しのけられたやばみちゃんが今度はつらみくんを押しのける。
「そう、それで、せめて彰仁さんに復讐してやろうとここまで来たにも関わらず死の恐怖に対して踏みとどまってしまったから、1歩踏み出すために彰仁さんとのつらい思い出を思い出そうとしているところって状況だよ。」
「ああ、そうだった。一昨日、長年の親友でやっと恋人になれたと思ってた彰仁に裏切られてたんだった。」
「さあて!納得したところで、ここで可哀想な櫂人くんに問題です!」
まだ傷心に浸っている櫂人に、つらみくんは一向に構わず言う。
「第一問!一昨日、彰仁さんに裏切られたと櫂人くんが思ってしまった場所はどこ!?」
「さあ、早く答えて。櫂人くん!制限時間は1問につき60秒!答えられなくても不正解でもペナルティがあるよ!」
つらみくんが唐突に問題を出すとやばみちゃんがやはり唐突にルールを説明し始める。
「え?ちょちょちょ、ちょっと待って。ペ、ペナルティって?ってか、いきなり問題って!?」
「さあ!!!とにかく答えないと大変ですよ!あと30秒!」
「ええ!?えっと、ここ!彰仁の会社のエントランス!」
「ぴんぽーーーーーーん!正解!さすが櫂人くん。当事者なだけあるね!」
「さあ、ドンドン参りましょう。続いて第2問!」
「ちょっと待って!」
櫂人を無視してクイズを進めていく2人に櫂人は慌てて大声を張り上げる。
「・・・どうしたの?櫂人くん。」
「どうしたの?じゃないよ!ペナルティって何?なんでオレはいきなりクイズに答えないといけないの?」
つらみくんは、そんな当たり前のこともわかっていなかったのか、とでも言いたげな顔で櫂人を見る。
「ああ、そのことですか。まずクイズに答えなければいけない理由は、特にありませんよ。我々はあなたの見てる幻覚。つまりはあなたの脳内で勝手に作られていることなんですから、結局はあなたがこのクイズをあなた自身に出したいのではないでしょうか?」
「あ、なるほど。」
「そうそう、それでペナルティは、不正解若しくは制限時間内に答えられなかった場合、ここに1歩足を踏み出してもらうってことよ。」
「・・・え?」
当然のことを伝えている、と言った様子のやばみちゃんとつらみくんに言われ、改めて櫂人は下を見る。
1歩踏み出すということはすなわち、ここから落ちるということだ。
青ざめている櫂人を見てつらみくんは、先程までの陽気な雰囲気から一転し、目をむきだし櫂人を激しく非難するような調子で言う。
「あれあれえ?櫂人くんはここに何をしに来たんですか?1歩踏み出すということは君がここに来た目的を達成できるということですよ。」
つらみくんの表情は人を見下しているやつのそれそのものだ。櫂人はこんな表情を今まで幾度となく見てきたし、自分でもそんな表情を人にすることはあったはずだと思い返す。
死を目前にして振り返ると恥ずかしかった。
「そうそう、だからペナルティと言ってもあってないようなものよ。私たちは君が見る幻覚。君に不利なようには動かないもの。」
小さな子を諫めるような言い方のやばみちゃんだが、表情はさきほどのつらみくんに近い。
――そうだ。オレは1歩踏み出すのが怖かったから、ここに来た理由を、彰仁に対する恨みを思い出そうとしていたんだった。でも・・・。
「でも、もし全問正解したら?てか、もしかしてオレが不正解になるまで問題が続くってこと?」
「ふふふ。そうではないですよ。問題は全部で3問!もし全問正解したら、今日は君がここから落ちる日ではなかったということ。ただそれだけです。」
「・・・なるほど。」
「そうそう、じゃあ、ルールはオッケーね!気を取り直して第2問!」
櫂人は全てを納得したわけではないが、自分の脳内で起きている現象なのだから飲み込んで先へ進めてみるしかない。
「チャーラン!彰仁さんが櫂人くんを傷つけてしまったシチュエーションを次の三択から選びなさい。」
陽気に戻ったつらみくんがそう言うとやばみちゃんも陽気にニコニコと続ける。
「1、 彰仁さんが会社の社員と思われる人と手を繋いで歩いているのを目撃してしまった。
2、彰仁さんが会社の同僚たちに櫂人くんを裏切るような発言をして嗤っているのを聞いてしまった。
3、公衆の面前で彰仁さんにフラれてしまった。」
「さあ!制限時間は60秒です!1、2、3どれでしょう?」
この答えを櫂人は当然知っている。つい一昨日の出来事であり、それが原因で今ここにいるのだ。今度は何も質問せず、櫂人はすぐに答える。
「正解は2番。」
「・・・ラストアンサー?」
なんだか聞いたことがあるようなフレーズで、芝居がかった言い方をするやばみちゃん。
「はい。」
とてもこの2人のテンションには合わせられない櫂人は、ただ低く答える。
「・・・・・・・。ぴんぽーーーーーーん!正解です!さすが当事者の櫂人くん。この問題は楽勝でしたねえ。」
――そうだ。
昨日は久しぶりに彰仁の終業時間と同じ時間に仕事が終わったから、彰仁と一緒に帰ろうと会社まで会いに行ったんだ。
先に連絡を入れておいたけど既読が付かなくて、すれ違いになったら嫌だからとエントランスの方まで歩いて行ったら、ちょうど同僚らしき人たちと歩いてくる彰仁を見つけた。
声をかけようと思ったら付き合っている人の話をしているような内容が聞こえたから、思わずそばに置かれていた観葉植物の影に隠れて盗み聞きしちゃったんだ。
櫂人はその時の事を思い出す。
つづく