抗体というのは異物に結合して排除する免疫を担うタンパク質です。

ワクチンを打つのは体の中であらかじめそのウィルスに対する抗体を作れるようにするためです。

コロナのmRNAワクチンを多くの人は接種したと思いますが、

あれはmRNAからコロナのスパイクタンパクを合成し、それに対する抗体を作っています。

打った人の多くは自分の体の中でコロナに対する抗体薬を作ることができます。

(コロナのスパイクタンパクもどんどん変異していくのでだんだん効果が落ちていきます)

そしてこの抗体は...

話が横にそれてしまいますが、なんと骨髄腫でがん化して問題になってしまう形質細胞が作っています。

(骨髄腫の治療をしているとどうしても正常な形質細胞の働きもおさえてしまうので、治療中の患者さんが感染症に気をつけて!と言われるのはこのためです)

抗体を効率的に作るために、体細胞超変異という染色体の組み替えまで起こします。

このことで1987年に利根川進さんが日本人として初めてノーベル医学生理学賞を受賞しました。

詳しくはこちら

 

 

いろんなものに対抗できる様々な種類の抗体を効率的に作ることができるように、染色体の構造を変える...素晴らしい仕組みなんですが、それゆえB細胞->形質細胞では有効な抗体を生み出す変異だけでなく、その他の変異も起こりやすく、多発性骨髄腫という病気が生み出されやすい状態にあります。

 

話を元に戻しまして...

 

とにかく抗体。タンパク質やそのほかの物質に結合し、体内から排除することに役立ちます。

それをがんやその他の病気の治療に利用するのが抗体薬です。

物質名で最後にmab(マブ)とついていたら抗体薬になります。

 

 

前の記事でもあげたランマーク、ノーベル賞を取ったオプジーボ、2022年のちょっと古い情報になりますが

http://www.nihs.go.jp/dbcb/TEXT/mab_T1_220319.pdf

これだけの薬が日本/ヨーロッパ/アメリカで承認されています。

 

多発性骨髄腫の抗体薬といえばこれまで発売順に、

抗SLAMF7 エロツズマブ(商品名エムプリシティ)

抗CD38 ダラツムマブ(商品名ダラザレックス/ ダラキューロ)

抗CD38 イサツキシマブ(商品名サークリサ)
の3つでした。エロツズマブはお医者さんが「これはちょっと...」という反応で、結局うちの夫も使わずじまいでした。

一度も試さないんですか?使ってみてもいいのでは??と思いましたが...

 

血液細胞の表面にはそれぞれ特徴的なタンパク質が発現していて、

それらはCD+数字で呼ばれています。

詳しくはこちらのファイルを見てください。

http://www.kyobiken.or.jp/system/site_data/site_0/page_677/version_5/file/0054.pdf

 

薬として使いたいのは他の健康な組織に影響が出ないように

できれば骨髄腫細胞だけで発現しているようなタンパク質。

先ほどの表に含まれていないものも載っていますが2023年現在で骨髄腫細胞の表面に発現していて、CAR-Tの対象として考えられているものが下記の図です。

CAR-Tの対象になるということはすなわち、抗体薬のターゲットでもあります。

 

 

日本で承認されているのは現段階でSLAMF7とCD38に対する抗体薬、CAR-TではBCMAをターゲットとしています。

 

CD38というのは形質細胞表面にあって、ADPRという物質を生み出しこれがさらにADOという物質に変化してなんと、骨髄腫細胞を守る、という働きをしてしまいます。ややこしい。

 

 

簡単にいうとノーベル賞を受賞したオプジーボのような、「がん細胞が免疫細胞から攻撃を受けない仕組みをブロック->がん細胞が免疫細胞に攻撃されるようになる」という働きが抗CD38抗体薬であるダラツムマブ/イサツキシマブ(調べたら、NADase活性を抑えるのはイサツキシマブだけでした。すみません)にはあります。

そんなわけで非常によく効く薬です。

 

ダラツムマブとイサツキシマブは認識部位が違うとはいえどちらも同じCD38というタンパク質に結合するため、他の骨髄腫細胞表面にあるタンパクに対する抗体が欲しいところです。実際に今日本でも治験が始まっています。

 

 

【ここから、新しい抗体薬の話】

 

BCMAに対する抗体

BCMAというのはB細胞成熟抗原という、形質細胞とその元になる細胞の表面で発現しているタンパク質です。骨髄腫でもたくさん出ています。

日本ではまだBCMAに対する抗体薬で2023年9月時点で承認された薬はありませんが、CAR-Tのアベクマとカービクティでターゲットになっているタンパク質です。

アメリカでは2023年8月にelranatamabが承認されました。

これは二重抗体といって、片方の腕はBCMAにくっつき、もう片方はCD3というT細胞リンパ球の表面にあるタンパク質にくっつきます。T細胞は異物を排除する頼もしい細胞です。つまり、elranatamabは骨髄腫細胞をT細胞に近づけてやっつけてもらう、という働きをします。

2023年6月29日にファイザーより厚生労働省に製造販売承認申請が出されています。

希少疾病用医薬品の指定も受けています。

非常にいい抗体薬で日本での承認が待たれます。

もう本当に、待ち望んでいました。間に合わなかったけど...。

このBCMAとCD3という組み合わせは他の会社も開発中で、

ABBV-383

teclistamab

この2つの治験が行われています。

 

elranatamabより前の2020年にbelantamab mafodotinというこちらは薬とくっつけた抗体薬がアメリカで承認されています。

twitterなどで実際使われているお医者さんの反応をみるとかなりイマイチです。

というのも、この薬、角膜に影響が出るという結果があります。

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0002939422002458

こちらの論文ではさらに神経障害も、と。

お医者さんとしては代わりがあるなら使いたくない薬になっているようです。

日本でも三相の治験が行われています。

 

GPRC5Dに対する抗体

GPRC5D... G 蛋白質共役受容体クラス C,グループ 5,メンバー D。名前が長い。

おまけに、何を受容してるかもまだわかっていないタンパク質ですが、これも骨髄腫細胞に発現しています。

CAR-Tのターゲットとしても開発が行われています。

このGPRC5DとCD3の二重抗体talquetamabがアメリカで8月に承認されました。

こちらも非常に奏功率の高い、いいお薬です。

このGPRCD5D+CDのtalquetamabが2023年8月9日

前述のBCMA+CD3のelranatamabが2023年8月14日

文字通り相次いで承認されたので、私の中でプチお祭りでした。

そして悲しかったです。

夫と一緒に祝いたかったなぁ。

 

 

 

このTalquetamabとTeclistamabを一緒に投与すると、なんと85.75%の患者さんに効果があったという結果がアメリカ臨床腫瘍学会ASCO23で発表されました。

本当に?!という結果です。

もちろん患者さんにとっては副作用もあるので手放しでは喜べないことだけど、

夫に間に合って欲しかった。

骨髄腫も治癒を目指した時代がやってきたと思います。

 

これらの治験薬は既存のダラツムマブと組み合わせた投与の治験も行われています。

 

抗FcRH5/CD3二重特異性抗体

Cevostamab。だんだん文章がぞんざいになってきていますが現段階での全奏功率が56.7%と前述の二つに比べるとちょっと下がります。

こちらも日本で治験中。

 

 

CAR-Tは自分の体の中で抗体を作るようにする治療です。

一旦自分の体からT細胞を取り出し、研究室で抗体を作る遺伝子を入れ、体に戻します。

このため、体に戻して効果が得られるまでに1〜2ヶ月ほど時間がかかります。

また、実施施設が限定的です。

現段階で骨髄腫で最初に承認されたアベクマが行われているのは

北海道:1

関東: 7

中部: 2

近畿: 5

中国: 1

九州: 1

です。

非常に偏りがあり、夫は順番待ちにも入れませんでした。

カービクティの薬価が決まればもうちょっと広がるのかな?そうであってほしいです。

一方の抗体薬は、もちろん副作用に対応できる施設である必要はありますが、

CAR-Tに比べれば短期間で、地方でも治療を受けられる可能性があります。

 

副作用ができるだけ少なくて、骨髄腫細胞を徹底的にやっつけてくれる。

そんな薬が数多く使えるようになることを願っています。

 

とっても参考になるASCOとEHAのまとめ