今、世界でナンバーワンのオペラ歌手と言えば
かつての3大テノールの一人、プラシド・ドミンゴさん
そう言っても決して言い過ぎでは無い位の
オペラの世界の中でも
断トツな存在であるドミンゴさんが
バリトンに音程を下げ
ここ最近、世界中の劇場で
積極的に歌ってらっしゃるオペラが
ヴェルディ作曲の「シモン・ボッカネグラ」です
この演目、前述のリゴレットと対照的に
日本では上演される機会も非常に少ないのですが
私はチューリッヒで、そのドミンゴさんが主役を演じた舞台を
幸運にも見ることが出来ました
オペラ「シモン・ボッカネグラ」は
バスバリトンの非常に癖の強い役柄の3人を中心にした
音程の低い地味な暗い旋律が曲全体を支配していて
それらに合わせるように
ストーリーもネチネチと展開しているのが特徴の
どちらかと言えば玄人好みの
オペラらしからぬ非常に地味なオペラです。
このオペラは古くからの日本のオペラファンの間では
語り草になっている
「イタリア・オペラ」や「スカラ座」で来日した
あのカプッチリさんの「シモン」が
強烈な印象として残っていて
私も「彼以上のシモンを歌える歌手は
もう出ないでしょう」ずっと、そう思っておりました。
今回私が幸運にもチューリッヒで聞いたドミンゴさんのシモンは
そのカップチッリさん、そして前述のヌッチさんが以前に歌われた
典型的なヴェルディ・バリトンの様式美を感じさせるシモンと
確かに一線を画したものも感じたのですが
それとはまた違った今回のドミンゴさんシモンは
私たち観客を強引にでも彼の世界に引きずり込んでしまうような
インパクトの強さが有りました
きっとそれは長年、舞台で活躍したドミンゴさんの凄みが
私たち観客に、そう感じさせてくれたのかもしれません。
そのドミンゴさんも今は70代。今回リゴレットを歌われたヌッチさんも同世代
この年齢で未だ現役の二人が世界を代表するメジャーな劇場
しかも自身が「タイトルロール」の演目で舞台に立てていることだけでも
非常に驚異的なのですが
それと同時に、この年齢まで自身の天職で現役を貫き通せる一人の男性としての美学
そして例えベストな状態では無く本番を迎えたとしても
必ず観客を満足させるパフォーマンスを舞台上で披露できてしまう
長年の実績と、プロ意識の高さ
彼ら二人が長年、舞台の上で喝采を浴び続ける理由を今回
この二人から見せ付けられ、私も非常に大きく感動させられました。
ちなみに、この日の演目のシモン・ボッカネグラ
イタリアのジェノヴァの裕福な市民階級の出の実在する人物だそうですが
当時、横行した海賊行為を取り締まる
今の日本で言えば海保(自らも行っていた?という説も有り)のような存在で
海の仲間からも一目、置かれ、遠縁にあたるジェノヴァの支配を廻り
争いの真っ只中に有ったグリマルディ家(ジョコンダのエンツォと、かなり立場が似てますね)
の後押しも有って、市民から総督に成り上がったという経緯も
オペラのストーリーと全く同じみたいです。
そう言えば、かなり昔になりますがドミンゴさん
ジョコンダのエンツォも演じていて
その役も本当に素晴しかったですから(今でも当時、録画されたDVDが残っています)
バリトンのシモンは、確かに声域的に慣れてない領域かもしれませんが
「役を演じる」という意味では
彼にとっては初役では無かったような感覚かもしれませんね。
ただシモン。一幕とプロローグの間に
25年という歳月の流れが有り
幕間の休憩の前後とでは
主役のシモンが置かれている立場も、全く違う人物のように
かなり異なった役どころですから
そういった意味ではこの役を観客が満足できるように演じられるには
ただメロディを美しく歌えると、そういったことだけではなく
例えば同じヴェルディの椿姫を演じれて歌えるソプラノと似たような技量が
歌手には求められているのかもしれません。
アメリアを歌ったソプラノのフリットリさんも
特に1幕、2幕での主役のシモンとの二重唱で
これまで過ごしてきた彼女の境遇や、実の父親と判明するまでの感情の変化
そして父親や愛する男性を思う気持ちが
しっかりと歌に込められていたのは聞いていて
心動かされるものが有り、非常に素晴しかったです。
そう言えば、こういった父親と娘の二重唱は
先のリゴレットにも、そして椿姫にも(義父ですが)有り
ストーリーが大きく展開して行く
まさに曲の中の聞かせ所に非常に美しい旋律が散りばめられていて
「人の心の温かさ」「愛する人を思う自身の気持ちの強さ」が
しっかりとその美しい旋律の中に盛り込まれているのが
まさに「ヴェルディ節♪」
彼のオペラが、時代を超え、国を超え
沢山の人に愛されている理由なのかもしれません。
ただ今回、唯一、残念だったのはシモンを指揮されたリッチィさんですが
ソプラノやテノールが活躍する華やかな
オペラのような猪突猛進的な音程の描写や起伏が少ない
シモンの音楽の流れを、きちんと纏めきれてなかったことが
最後まで気にかかってしまいました。