伊奈波神社
五十瓊敷入彦命
(いにしきいりひこのみこと)
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この波をどの様に乗り越えますか?
波を乗り越えた先は
平安ですか?
きっとあなたには
先が分からないことでしょう。
目に見える現象は
波動が荒くなりやっと視覚化されるのです。
五感を通してキャッチすることは
荒い波動のみです。
波動には荒いものから
細かいものまで
次元が重なっています。
目に見えることにも
荒い波動から細かい波動まで
何層もの次元が存在します。
目に見えることは
荒い波動ですが
集中してみると
高い次元の波動も
感じることが出来ます。
この様にして
今の生活をそのまま続けていても
高い我々の次元で
暮らすことが出来ます。
全ての現象に対して
次元の高い波動を見てみると良いでしょう。
万物に我々が宿っているとは
そういうことです。
万物に細かい波動の次元が
存在するからです。
信じることが大切だというのは
それがあると思って見ないと
見えないものだからです。
自分の思考に関しても
その思いの次元の高い部分を見てください。
その部分自体に
答えがあるでしょう。
例えば他の人に比べて
お金を貰っていないと思う時
その思いの細かい次元では
承認要求
また
自分を自分で認められない
漠然とした不安があるのでは無いでしょうか。
漠然とした不安は
未知なるものへの信じる心の欠陥
出来る限りの現実をコントロールしておきたい
という人間の弱さがあります。
物質的な願いが全て叶った後も
この漠然とした不安と
コントロールして抑えたい
という要求は変わらないでしょう。
次元を上げて見てみてください。
現実の端っこの現象が解決しても
次の問題が直ぐに起こることが
分かりますね。
漠然とした不安
というのは
自分と他人が別の存在である
というbelief system から来ていますね。
現実へのjudgementや否定
また自己の否定
これは自分と他人が
別の存在である
という仮説の派生では無いでしょうか。
他人を自分でないと否定するのなら
現実でも何が自分で
何が他人か
細かく判断し
否定していき
自分の輪郭を創り上げようと
するでしょう。
現実に見える世界を
波動の細かい視点で見ようとする時
この自分と他人の境界に関する仮説を
検証するところから
初めてみると良いでしょう。
自分と他人を分ける意識に
変化がある時
これまで抱えていた
とてつも無い緊張感から
開放されるのが分かるでしょう。
緊張感を持って
出来るだけ全てをコントロールしようとしていた
そんな自分を
より細かい波動で見ることが
出来るでしょう。
自分も他人である時
他人と権利争いをすることが
虚しいことだと気づくでしょう。
細かい波動とは
この境地ですよ。
我々が住む世界は
この世界です。


