続き書きます~。。
という前回から時間が経ちすぎたけれども。。。
今年は全然秋がなかった~。![]()
うちでは、扇風機をしまう作業 と こたつの準備 が、ほぼ同時に行われています。。
さてさて、怒りについて。。。
(選んだテーマが壮大過ぎた気もするが
)
前回、怒りは悪いモノとして扱われがちだけども、大切なエネルギーである気がします。
と書きました。
そうなの。
怒りにもいろいろあって、私は
例えば、なんかイライラする!みたいな、機嫌悪い系の時は、
何かしら自分に無理をさせてないかチェックします。
私の場合、時間に余裕がない感じになるとイライラする。
そして、なんか自分のやっている事が報われていない感じがすると、これまたイライラする。
だから、スケジュールを余裕をもったペースにするし、
誰にも頼まれていないのに、勝手に良かれと思ってやっている事は、止めます。きっぱりっ![]()
そこで、人と比べないようにする。
(例:他の人は、もっといろんなスケジュールをこなせる、とか?)
(誰にも頼まれてもいないのに、良かれと思ってやってる事で報われない感じがするときは、補償行為である可能性が高いかな?)
そして、イライラする自分を責めない。(これ、超重要!!)
で、前回も書いた、身体が震える程の怒り。。。
これについては、きっと、ずいぶんお付き合いの長くなった怒りなんだろうと思う。
とても大きな痛みや、悔しさ、悲しさ、そんなモノとセットになっていると思う。
私の今回出てきた怒り、は、昔から持っているものだった。
なのに、溶けてない。
心理学というモノを学びだしてからずっと!
あんなにここを見続けててきたのに!!ってショックでもあった。
で、今回感じ切れていない、この思いについて、ふと思った。
これを持っていること自体を私自身が、ジャッジして、
こんなことを思うのはだめ、と、今までどこかお利口さんに対応してきたんじゃないか?って。
怒っている時って大体は、その矛先は外側である、自分以外の人や世界に向いていると思う。
で、そのような状況になっている事に対して、外側に怒り狂っている事について、
その気持ちを正しさでジャッジして、ダメなモノにする。
できるだけ、早く切り抜けようとするし、できるだけひどい表現にならないように、どこか自然にストッパーがかかる。
誰に話すわけでもないのに。
だから、いつまでたってもなくならない。
本当にその怒りや、その怒りとともにある感情に向き合うなら、
一人で思い切り泣いたり出来る環境で、(安全な場所を作る)
どうか愛を持って、どんなひどい表現であっても、一度その全てを出させてあげる事が大事な気がする。
愛を持って、ね。
だって、きっと誰かにそうやって、自分の全てを包み込んでもらいたかったはず。
なら、それを自分が自分に対してしてあげるのが、とっても大切なんだ。
そうして感じきっていくと、少しずつ少しずつ
外側に向いていると思っていた怒りは、自分に向けられていたのだと気づいた。
そんな風に感じる自分を全然許せてなかった。
もっと大きな愛であれば・・・
あの人のように大きな人であれば・・・
って、自分を責めている事に気づいた。
そんな自分の全てを受け入れて、自分の全部に○をつけられた時、
自分の内側にあった愛を知り、受け取る事が出来る。
震えるような怒りで隠れているそのギフトは、
その人の才能のようなレベルのギフトである事が多いような気がする。
怒りは、悪いモノとして扱われる事が多いけど。
怒りを一切抑圧することなく、言い分を聞いて思う存分感じる事が出来たら、
自分の全てに○をつけてあげる事ができたら
そこには、大切な気づきやギフトが隠れているかもしれません。
怒りをぶつけず、かつ、抑圧せずに向き合う事って、難しいけれど。
そこに興味を持って、自分を観ている今日この頃です。


