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私が生まれ育った九十九里浜。2020オリンピックのサーフィン会場でもあります。

なぜ九十九里浜と言われるようになったのか、由来の一つをご紹介しましょう。

 

 昔々。いまから八百年ほど、昔のことです。東国を攻め、勝ち戦を得た源義家(みなもとのよしいえ)は、都に帰る途中でした。

 戦の神様、鹿島神宮と香取神宮に、勝利のお礼に詣でました。二つの神社の参拝を済ませ、利根川に沿って太平洋に向かいました。

 海岸にでますと、荒波の打ち寄せる浜辺が、青い空の下どこまでも続いています。義家一行は、果てしなく続く砂浜を眺めていました。

 「この浜は、いったいどこまで続いているのじゃ・・・」

 と義家は年老いた案内人に尋ねました。

 老人は「はい、この浜は遠く上総は東浪見ヶ崎(現在の太東岬)という所まで続いております。」と遠くの東浪見の方角を見やって答えまし  た。

 「この浜の先が見えぬが、その東浪見ヶ崎と申すところまでは、どれほどの道程か?」と義家は尋ねました。

 「は、はい。そ、それが・・・」

 「どうしたのだ。」

 「・・あまりに長い浜でございますので、まだ誰も測ったことがございませぬ。」

 「さようか。それならば」

 義家は、背負っていた矢櫃をおろし、矢を一本とって足元の砂にさしました。

 「まだ誰も測ったことがないなら、わしが測ってつかわそう」

 

さて義家はどのように測ったのでしょう。続きはまた。