長女が生まれたとき、

まだ里には連れて行くな、と言ったのに、

家内はうれしくて

私を説得して、見せに行った。

 

生まれたばかりの赤子は免疫があるので

病気にはならない、

と彼女は思っていたようだ。

ところが心配したとおり、

風邪をひいて熱を出した。

 

里の近所の小児科で、

たいしたことがないと診断されたが、

この医者はヤブだった。

 

夜中になって、

娘の息が荒くなり、

助けてくれと言わんばかりに私の指を握っていたが

やがてその握る力が抜けて、

気を失ってしまった。

 

これは眠ったのではない!

 

私は急いで娘と家内を車に乗せた。

 

当時、肱川橋を渡ったところに産婦人科医院があった。

産婦人科なら夜も開いている。

 


最近の産婦人科の個室。

すぐに血液検査をしてくれた。

肺炎だった。
松山の県立中央病院へ行くようにと、勧めてくれた。

夜中の三時ごろだった。

高速道路がない時代である。

 

国道の前を、

赤い郵便車が走っていた。

 

これがものすごく速い。
いくらアクセルを踏んでも追いつかない。

 

 

そのうちカーブなどは郵便車のまねをして走ることを覚えた。
郵便自動車は毎日走っているのであんなに速く走れるのだろう。
おかげで、

思ったより早く病院に着くことができた。

 

 

医者たちが集まってきて

すぐに集中治療室で適切な処置をしたあと、

透明な箱に入れて保護してくれた。

 

結局、

娘は1週間ほどで退院できて、

なんの後遺症もなかった。

 

あの産婦人科の先生はよそへ行かれたけれど、

今も感謝している。

 

その娘が成長し、

医者になってまだ一年目だが、

救急病院で

日夜、患者さんのお世話で忙しくさせていただいている。

今夜も夜勤のはずである。

 

<今の運勢>

「渙(かん)」。不具合があったらすぐに病院に行きなさい。早ければ治る。遅ければ良くない。