母の話の続きを

 

書いていこうと思います。

 

 

 

前回父親から

 

母が脳死だと聞いた話を書きましたが、

 

私は放心状態になりました。

 

なにも考えられず、脳死の言葉が

 

頭の中でぐるぐると回っているだけでした。

 

 

 

そんな時、父から

 

「泣いてもいいんだぞ。

 

辛い時は泣けばいい」と言われ、

 

今まで我慢していたものが一気に溢れ出ました。

 

 

 

父親の前で泣いたのは何年ぶりでしょうか。

 

この時父の偉大さを感じました。

 

辛いのは父も同じ。

 

それでもこうやって気遣ってくれる優しさ

 

いまでも忘れません。

 

 

ここから私は、頑張ろうと思えるようになり

 

今まで母がしてくれていた家事をするように

 

なりました。

 

 

母に甘えて何も料理が出来なかった私。

 

六人分の食事を作ることになりました。

 

一からのスタートです。

 

何回も何回も失敗し、何回も作り直した料理。

 

美味しいと言われる度にもっと頑張ろう

 

もっといろんな物を作れるようになりたい

 

そう思えるようになりました。

 

 

 

母が作ってくれた料理を思い出し

 

母が作ってくれた味を思い出し

 

どんな時も、いつだって母の事を

 

思いながら生活をしていました。

 

 

 

 

母のお見舞いに二回ほど行ったのですが、

 

変わり果てた母の姿。

 

意識が無く、脳死状態の母。

 

その後私はどうしてもお見舞いに行くことが

 

出来ませんでした。現実を受け入れることが

 

できなかったのです。

 

こんな薄情な娘でごめんなさいと

 

心の中で何回も何回も謝りました。

 

 

 

 

 

しかし残酷なことにその時は来てしまいました

 

 

 

 

8月27日

 

 

父と弟は仕事が終わった後

 

母の面会に行っていました。

 

電話で今日もいつもと変わらない

 

様子だったよ、今から帰ると連絡を貰い、

 

わたしはお皿洗いをしていました。

 

その時ふいに左側の服を引っ張られるような

 

感覚がありました。そして何故か

 

母が引っ張っているような感覚がしたのです。

 

お母さんやめてよ~なんていって笑った気がします。

 

未だに、なぜ母だと思ったのかなぜ楽しい気持ちになったのか

 

わかりません。

 

 

 

そのすぐ後、父から再び電話が。

 

あ母さんの容態が急変したという

 

連絡でした。

 

急いでみんなを連れて、病院へ

 

向かいました。

 

 

 

行く前からもう私はぼろぼろです。

 

今から会う母、どんな姿で、、、と考え出すと

 

怖いことしか浮かびませんでした。

 

 

 

ここでおわりにします。

 

またよかったら見てくださいね