ちょっと実験。
写真を添付して、メールするだけで、
似顔絵を作成してくれます。
(自動処理で、すぐに返信が来ます)
< 昔の俺 >
< 今の俺 >
別人になりました(笑)
タイトルはもちろんウソです。
占い屋を開業したいから、
手始めにアメブロのカスタマイズしたブログが欲しいって人を想定し、
(そんなやついるのか?)
俺が勝手にカスタマイズブログ作ってみました。
(暇じゃないのに、つい面白くてハマり込んでしまった。。。orz)
けっこう時間かかったな・・・。
時間浪費した。しくしく。
おしまい
どんなに良い品物でも、うまくPRされなければ、世間で注目されない。
注目されなければ、どんなに良い商品でも、良いところを認めてもらえないまま埋没してしまう。
昨今では、商品が誕生してから埋没するまでのサイクルがどんどんと早くなってきている。
それを喚起する手段として、広告がある。
広告もいろいろある。
いわゆる4マスメディアと言われる、TV、雑誌、新聞、ラジオ。
近年ではラジオが4マスメディアから脱落し、その地位をインターネットが奪っている。
結局は、どの広告にせよ、発するメッセージが日本語である。
広告制作者はいかに購買意識を高める言葉を意図的に使うかなどの技術が問われるとことなる。
それは日常の文章やレポート作成能力の高さとは単純比例しないと思う。
ちなみに、私は言葉の魔術師と世間から呼ばれたことがある。
すみません。嘘です。
さて、今日はキャッチコピーについて考えてみたい。
キャッチコピーといえば、相手の心を一発で鷲掴にするフレーズだと言っても過言ではないかもしれない。
では、どんなキャッチコピーが我々の気をひきつけるのか?
それは以下のサイトを見てほしい。
ここまで引っ張っておきながら、外部リンクに丸投げです!
http://chara.omocoro.jp/?eid=44
最近、散歩した時のこと。
近所(歩いて30分)のゲーセンがなくなっていることに気がついた。
建物のには「貸事務所」の看板がさびしくかかっているだけだった。
ここのゲーセンは地元では昔からあり、
たぶん20年くらい前には存在していたのではないかと思う。
古いゲーセンだから、中においてあるゲームはアーケードばかりだった。
スト2とか鉄拳とかガロウ伝説とか、格ゲーで遊んで、
若いころはお金と時間を浪費したものだ。
それはさておき、そんなゲーセンがつぶれてしまったわけだから、
「あー、アーケードゲームの時代も終わったんだな」
と、つい、しみじみ感じてしまう。
自分の青春が思いっきり過去のように感じ、
何だかちょっぴりセンチメンタルな気分に なった日でありました。
おしまい。
私はゲーム(光栄)の三国志が好きだし、
横山光輝のマンガも大好きである。
やはり三国志と言えば吉川英治の小説が有名だったけかな(読んだことない)。
たぶんかなりのヴォリュームがあるはずである。
ちなみに横山光輝のマンガは全64巻(と思う)ある。
さて、ある高校の国語の授業でこんな宿題がでたそうな。
「明日までに三国志の物語と感想を400字詰め原稿用紙1枚にまとめてきなさい」
・・・・無理すぎるだろ。鬼のような先生である。
一瞬、気が遠くなりそうな宿題であるが、
この話をきいて、私はなぜか、ふと急に、挑戦してみたくなった。
私に書かせれば、こんな感じになる↓
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三国志は一言でいえば「英雄豪傑の生き様」の物語である。
武将同士の決戦シーンはとても面白い。
また、董卓などの悪役もまた魅力的である。
一番面白いのは、諸葛亮孔明の戦術である。
赤壁では、呉を見事に操って、魏軍を撃退した場面は有名である。
孔明は主君が死んだ後も、魏や呉と比較すれば、最も力が弱い蜀を守り続けた。
そして、孔明が死んだ後も魏の軍隊を翻弄した。
魏や呉の優秀な軍師たちも、同時代に孔明という天才がいなければ、
中国の歴史上で活躍していたのかもしれない。
孔明は、最も主君に忠実で、職務に熱心で、自分の利益を考えなかった武将である。
だから、彼の人生に深く感動する。
諸葛孔明が死んだのは西暦234年という大昔にもかかわらず、
彼の生き方には現代の人々にも感動を与える素晴らしいものがあると思う。
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ちなみに上の文章はインターネット上で検索したものをコピー&ペーストで編集したものである。
インターネットって便利ですね。
おしまい
言葉は文化であり、文化は時代とともに形変わりゆくものであるから、
そういったものを批判するのはおかしい、というのが自論である。
したがって、私としては「おいしい→やばい」も全然OKである。
ちなみに「全然」の使い方は「全然~ない」となるのが普通だろとお叱りを受けそうだが、
最近、かの大文豪夏目漱石先生も結びに否定の言葉を使っていないので、
全然大丈夫のはずである(笑)
さて、そんな私にも気になる言葉使いがある。
最近、天皇陛下が被災地を訪問しているニュースをよく見る。
そのニュースの中でキャスターはこう言いました。
「天皇陛下は避難所を訪問し、被災者に声をかけ、励まされていました」
・・・天皇陛下は被災地を見て、そんなにガックリしてしまったのかなあ。
と、勘違いしてしまったのは、私だけではないだずだ。たぶん。
「励まされていました」ではなく「お励ましになっていました」にすべきだと思うのだが、
やはり、どの番組も「励まされていました」と言っている。
確かに「~られ」は尊敬の意味もあるが、受け身の意味もあるのだから、
マスコミはより誤解されない言葉づかいをすべきである。
と、少し熱くなってしまったが、そんなことよりも、
「~られ」が尊敬の意味として使われまくっている背景は何なのか?
実は、そっちの方が気になっているのである。
おしまい
私が東京にいたころのハナシである。
ある休日の昼下がりに、友人たちと街中をブラブラと歩いていたときのこと。
みんなちょうどお腹がすいていたのもあって、
「焼き肉を食べにいこう」
という話になった。
うち一人が
「本当に新鮮な肉は生で食べれて、とてもおいしい」
と言い始めたので、
「生肉が食べられる焼き肉屋に行こう」
ということになった。
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私たちは焼き肉屋に行って、生食用の肉をたくさん食べた。
みんな、ウマイ・ウマイ言いながら。バリバリ食べた。
焼き肉屋さんなのに、我々のテーブルのガスコンロは、
終始、火がつくことはなかった。
結局、焼き肉屋に行ったが、生肉だけを食べて帰った。
ちなみに生食用の肉はとても高かった。
一皿10,000円くらいだった記憶がある。
飲み物も合わせると、一人20,000円ちかくは支払った記憶がある。
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で、昨今の生肉に関するニュースを見て、初めて知ったことだが、
「ここ数年は生食用の牛肉は市場に流通した実績はナシ」とのこと。
え・・・・・。そうだったのか・・・。
でも、一方で連続して、大きな被害を出してしまった焼き肉チェーン店もある。
そして、精肉流通業者も
「生食用の基準に適合した肉を流通させるにはコストがかかりすぎる。加熱用を生食用として安く提供しているのだから、いつかは食中毒事件が起こると思っていた」的な様子。
法律を厳しくして、安心・安全を徹底すればいい、という意見の人もたくさんいると思う。
それも手段の一つなのかもしれないが、
私たちに求められることは「賢い消費者になること」でもあると思っている。
何にどのようなリスクがあるのか、どのような人にはOKで、どのような人にはNGなのか。
うんぬんかんぬん。
そして、私は個人的に何度も
「市場価格からかけ離れた格安のサービスは好きではない。」
と公言している。
安いということは、何かに対してコストカットをしているからであり、
それが安心・安全の部分だとすれば、大いに問題があるのだろうが、
実際にそういった手法をとっている企業も存在しているだろう。
金を払って一流品を手に入れることは、それらのリスクを低減させることだと思っている。
なんか、段々、話の論点がズレてきたような気がする。
自分で何が言いたいが、よくわからなくなってきたが、
要は商品のことについて何も知らず、安さだけを基準として飛びつくのは良くないねってこと。
それでは、また。


