王様の卵

王様の卵

∞∞∞∞∞∞∞∞∞

Amebaでブログを始めよう!

【202002お題】

じゅん

珈琲、はだし、叶わないけれど、赤くない、糸

 

樹木、街、叶わないこと、リセット、花束

 

 

-----------------------------------------------------------------

ルール

お題出し合う(一人5個)

文字数無制限

相手のことを否定しない

人を増やさない

 

目標 今の自分の文章を確立させる

 

本格始動 5月か6月

 

年一回合宿

持ち物 パソコン、プリントアウトした作品

 

ブリキマンの涙



 ある日、木の実を集めに森を出たら、突然、ホホに冷たいものが落ちてきた。僕ははっとして、空を見上げた。雨だ。空は巨大な灰色の雲で渦巻き、それは空の奥の奥まで続いていた。細く冷たい雨は僕の体を激しく打ちつけ、ブリキでできた僕の体はみるみるうちにさびていった。
 雨が止み、森が雨露できらきら輝く頃、僕の体は完全に動けなくなった。


 それから、何度かの季節がめぐった。まばたきすらもすることなく、僕はただ過ぎ行く空を見ていた。夕闇が近づく。森全体が縁どられ、苔だらけになった緑の体を赤く赤く染めて行く。そのたび、胸が壊れた秒針のように騒ぎたて、不用意にあの時の気持ちを思い出させる。あの子のことを、僕はまた考える。
 今よりももっと以前、今と同じように突然雨が降り、僕の体は簡単にさびついた時のこと。ひとりで暮らしていた僕に、油さしをさしてくれるような人はいなかった。僕はあきらめ、数年間、ただ土を見ていた。別に退屈することもなかった。学ぶべきものはたくさんあった。
 毎日毎日、虫や動物たちがせかせかと駈けずり、僕の前を通り過ぎていった。一匹の蟻が死んだ。誰も嘆くことも慈しむこともなく、彼の体はひからびて行った。誰も気づくことはなく? そうだろうか。誰も気づいてはいないのだろうか。存在があっても無いに等しい。これが孤独なんだなと理解する。
 同じような日々が過ぎ、ある日赤い靴をはいた少女が僕の前に現れた。


 ちいさな子犬とわらでできたスケアクロウと一緒だった。彼女たちは僕の存在に気づき、小屋の中にあった油さしを僕の体に差してくれた。長く動かなかった体が動き、苔にまみれた口を開けた。
「ありがとう」
 なるべく正しい発音でそう言った。こうゆう場面にはそう言うのがふさわしいのだと本で学んだ。僕には心がなかった。
「いっしょに魔法使いの所へ行きましょう。あなたの願いもきっと受け入れてくれるわ」
 少女は無垢な笑顔でそう言った。首を傾げたらギギッという音がした。まだ油が足りないみたいだ。
 僕の願い……。
 きっと彼女には心があるのだろう。同情する心、慈しむ心。蟻が死んだら泣いただろう。きっと星に祈るのだろう。愛情も憎しみも、悲しみや喜びも軋むほどに作用して、心を動かせるのだろう。心とは簡単に傷つくらしい。よくわからない例えだけれど、素敵な言葉だと思っていた。がらんどうの胸のなか、傷つくものはなにもなかった。
「行きましょう」
 差し出された手のひらに、このブリキでできた冷たい手のひらを乗せた。彼女の温度が手のひら全部ににじんで行くのがわかった。心地よさを確かに感じた。
 僕は彼女の手をとり、自分の家をあとにした。


 おくびょうらいおんに似たあの太陽を見るたび、彼が仲間になった日のことを思い出す。恐ろしい姿のらいおんが、勇気がほしいとわんわん泣き始めた。困っていた僕を通り過ぎ、彼女はまっさきにおくびょうらいおんを抱きしめ一緒に泣いた。彼女の行動が理解できなかった。おくびょうらいおんの泣いている意味すら。涙の流し方だけは、本には書いてなかった。
 西の魔女が死んだ時、みんなが両手をあげて喜んでいた。ぬけがらとなった西の魔女を見ながら、僕はただ蟻のことだけ思い出した。
 生まれてはじめての冒険は成功を収め、僕たちは偉大なる魔法使いと呼ばれる人に願いを叶えてもらった。スケアクロウには知恵を、おくびょうらいおんには勇気を、そして僕に心を与えた。
 はじめて心を手に入れたとき、涙がどうしようもなく溢れてきた。手が震え、体が震え、空洞の胸の中が震えた。わけがわからなかった。叫ばずにはいられなかった。あまりに涙を流したため、僕の目はすぐにさびてしまった。そんな時も、やさしく油さしをさしてくれたのは、彼女だった。
「泣かないで。ほら、またさびちゃうじゃない。泣かないで」
 彼女は止まらない僕の涙をハンカチで押さえてくれた。
「でも、君はいなくなるんだろう? 僕たちを置いて、この世界からいなくなっちゃうんだろう?」
「それが私の願いだからよ」
 彼女の瞳に涙が溢れ、僕は指先でそれを拭った。涙とはとても熱いものだった。
 何もなかった場所から、自分の痛み以外のものが伝わってきた。彼女を抱きしめようと手が動いた。でも、さびたみたいに触れることすらできなかった。僕の手のひらは、彼女の温度を奪ってしまうほど冷たい。
「泣かないで。さびちゃうよ」
 そう言うと、彼女も笑った。
 彼女はこの世界からいなくなった。

 僕たちはもとの生活に、戻った。


 夕暮れが夜を連れてくる。ゆるやかに溺れるような感覚で、心が深く沈んでいく。僕は動かない。この瞬間、埋まることはない手のひらの空洞を受け入れられず、いつまでも指先が体温を探してしまう。
 空が青くなければよかった。太陽が暖かくなければよかった。ずっと何も知らなければ、僕は世界のまぶしさに、胸を痛めるようなことはなかった。
 またホホに涙が伝った。もう誰も油をさしてくれる人がいないことをわかっていても、涙というのは止まってはくれなかった。
 あの日、雨が降った日。本当なら小屋に戻れた距離だった。でも僕は走らず、空を見上げた。あの子がいなくなって、僕の心はとうにさびてしまっていた。体がそれに追いついていないのが、どうしても許せなかった。
 心を手に入れ、僕はようやく孤独を感じた。なのに彼女はもういない。
 僕は悲しみのブリキマン。心など、いらなかった。

 

 

 

 

 

 

2005.05