死の秘宝パート2で
ハリーがよみがえりの石を手にした時に、
亡くなったリリーやシリウスが出てきました。
ハリーが「なぜここにみんないるの?」と聞くと
リリーが「ずっとそばにいたわ」と言います。
このシーンを見て、一見単なるファンタジー映画が
あたたかな愛にあふれたきれいごとのシーンを描いたと思ったほしくないです。
現実に、この世界では多くの人が実感をしていませんが、
亡くなった先祖や守護の存在というのは、いつもいつも見守っているものです。
ハリーは続けてこう言います。
「苦しいもの?死ぬ時って」
シリウスが答えます「眠りに落ちるよりすばやい」
昔は日本人も、先祖供養という形で死者に思いを馳せて
自分にとって身近な霊と交信することであの世とこの世の情報交流をしていました。
今でも、心を込めた先祖供養をすればそれは可能です。
そうすると、『死は苦しくないもの』という情報も、生きている私たちに教えてもらえるでしょう。
死は怖くないのだと自然と理解すると思います。
魂は永遠なのに、終わりが来ると思って
この世に永遠にとどまって不老不死になろうとする愚かな人もいますね。
また、死ねば真っ暗になって意識がなくなると信じている人は
この短い一生のうちに、叶えられるだけの多くの欲を満たそうとする人もいます。
生きている人、死んでいる人関係なく、
また人かそうでないかも関係なく
どんな人やものと関わるかで大きく左右されるかもしれないですね。
でも結局、類は友を呼ぶのだから、自分の魂や心の状態を
いかに保つかにかかっているのです。
ハリーがヴォルデモートからアバタケダブラをくらい
真っ白な世界に行きます。
そこでなくなったダンブルドアに再会し会話をします。
「ホグワーツでは助けを求めるものにそれが与えられる。
わしは昔から言葉を操るのに長けておっての、
言葉とは、言わせてもらうならば、尽きることのない魔法の源じゃ。
傷つけることも、癒すこともできる力がある。」
この後校長は「ホグワーツでは助けはふさわしき者に与えられる。」
と言い直しています。
これは、ホグワーツではそうなのだと思います。
この世界においては、最初に校長が言った言葉の方が
当てはまるのではないかと思います。
宇宙はそれほど、私たちに優しいのです。
この後校長はさらに続けます。
「憐れむべきは死者ではない。生きている者じゃ。
とりわけ、愛なくして生きている者たちじゃ。」
ダンブルドアは本当に賢い人だと思います。
ハリーはこの会話が行われている状況に対して
「これは現実なんですか?」と言います。
この世界でも、もし人が同じような状況になれば、そのような質問をするかもしれませんね。
私が今のところ知っていることは、この世界においては
『宇宙の銀河の向こう側に本当の世界がある』という事です。
これは、私の師匠が私に言ったことです。
ですが私は銀河の向こうを実際に見たことがないので、まだこの言葉の意味をよく分かっていません。
この先わかるかもしれないし、わからないまま死ぬかもしれません。
ですが時々この世でも、ハリーと同じような状況になる人がいます。
亡くなった人に再会して会話をしたりする状況です。
これは現実が何かという定義によって変わると思います。
現実というのが、物質ありきの事を言うなら
これはただハリーの頭の中で起こっている事です。
しかし物質に限らず、原子核や電子や波動とか、肉眼では確認できないものが存在している
この世界すべてを現実と捉えるならば、
ハリーがいた状況は現実であると言えます。