祖母が他界してから、あと少しで一年が経ちます。
お仏壇はあったものの、お線香のあげ方一つからして間違えてるくらい
それまで宗教とは無縁に育ちました。

これまで色々と悩んできて、煩悩を断ち切れれば…と、
これを機会に出家、なども考えるようになったんだけど、
知れば知るほど、そんなものとは縁遠い宗派だということが発覚。
浄土真宗本願寺派。
親鸞聖人からして妻帯してたくらいだから、
尼寺なんてものも、ないみたい。男女平等。
煩悩は煩悩として肯定しちゃってたり、
えええぇぇぇぇ~~~;ってなことばかり。
うーん、現世を生きる人間には親しみやすいけれど、
現世から逃げたい人間にはあまり救いにならない宗教;

最近哲学に凝ってるという友人にその話をしたら、
「改宗すりゃいーんじゃないの?」だって。
そりゃそうなんだけど、ご先祖様を大事に、って
どの宗派でも基本だよねぇ?

阿弥陀様の弟子となったご先祖様から、
煩悩に苦しむ現世を生き抜けと言う、メッセージなんでしょうか;
遅ればせながら、の話題ですが…

アメリカ初の黒人大統領、すばらしい事だと思う。
60年前にはレストランで…というくだりは感銘深い。

だけれども、アメリカはまだ自由じゃないんだ、と思った。
それは宣誓の時。
片手を聖書に置くというのに驚いた。
選挙演説で「God bless you!」と言っているところで
すでに違和感はあったんだ。『God』って誰?って。

もし、ユダヤ人が大統領になったらどうするだろう?
もう一つの自由をアメリカが見せてくれる日を待ちたい。

そして、そんな宣誓式の無い日本で良かったと思う。
人種の壁はアメリカどころじゃなく厚そうだけれど。得意げ


話をしていて、ぞっとした。吐き気すら覚えた。

「秋葉原は怖い。」

まぁ、そう感じる人もいるかもしれない。
だけれども、怖がるだけではなく

「汚らわしい。幼女誘拐とかおこしそうな奴らがうようよいる。」

と、断言する人達がいることに恐怖を覚えた。
秋葉原にたむろする人達より、私にとってはよっぽどこの人達の方が怖い。

偏見に満ちた目で世の中を見ること、
偏見に満ちた目で人を判断すること、
偏見に満ちた目を正当化すること、
自分が偏見を持ってるって気付いてないこと。

こういうことが、人種差別とかそういうものに繋がっていくんだろう。
日本にはまだ多くの人種が混在していないから顕在化してないけれど。
一度間違ったフィルターをつけた自分を正当化してしまうと、
それはそう簡単に外せず、攻撃に回ることがある。
それがとても怖い。

人間、見えている世界はこんなにも違うんだ。
美しいものだけじゃなく、辛いものも見えてしまうけれど、
できるだけフィルターをかけず、
真っさらな心で色んなものを受け止めたい。