おおむれのブログ

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先日、大手で営業をしている旧友と電話で話しをしていました。(゜▽゜)

話した内容はまじとりとめのないもの(主に俺の主観みちたキモイ恋愛観(-~-)!!)
ったんですが、ちょっとまじめな営業に関する話で

「大手というブランド名の力ってたしかに顧客も安心するんだけど、それだけじゃ通用しないところが絶対あって、結局最後は自分の名前の力で顧客との関係つくんないといけないんだよね~」

という話をしやした。

オオ…マジメナ…(―▽―)

でも、これってひとつの本質だなぁ…と。

「〇〇会社の…」「〇〇学校卒の…」「〇〇の有資格者の…」「〇〇の子供の…」「〇〇出身の…」と、いろんな肩書きがあって、

マイナスになるのもプラスにもなるのもあるし、
また、産まれた瞬間からあったり、自分の力じゃなく、もれなくついてくる肩書きもあれば、自分の努力で勝ち得た肩書きもあるので、「肩書き」ひとつについて語るにもおくが深いとおもいます。社会は共同体で、自分の力ひとつで動いてるわけでもないので、コミュニティーとしての肩書きは大事だと思うし。

が、要点は、結局、いろんな肩書きがあって、その影響力はすごいんだけど、最終的には、自分の固有名詞―…俺で言うと、「大牟禮 良秋」―という名前で勝負しないといけないね~

ということです。

冒頭で述べたように仕事ひとつにとっても、プライベートな人間関係においても、ですね。

特にプライベートにおいてだと、「〇〇(←肩書き)だから、いい奴だ」なんて判断は、非科学的極まりないものにみえてきますね。「〇〇(←本人の名前)だから、いい奴だ」という価値が当然のように大事だなぁということでしょう。

さらに恋愛や結婚に関してだと、もちろん肩書き大事なんだけど、最終的に名実ともに裸一貫にならなきゃいけないので特に…
…と、あんまり話すと「俺の主観みちたキモイ恋愛観(-~-)!!」になるので止めます。

まぁ、公私供に「ほんとに最終的には自分の名前-大牟禮 良秋―だけで勝負しないといけない!」ということを肝に銘じておこうと思いますね(^^)。

で、それと別の話になっちゃうんですが、
そんなこんななことを話ていたので、最近、ちょっと、自分の名前について掘り下げたいな~と思って、自分の名前について調べてみたんですね。

これは前から知ってたんですが、俺の「良秋(よしあき)」って名前は、キリスト教の聖書にでてくる登場人物の「ヨシュア」というにちなんで、なんか知り合いの神父さんが命名してくれたそうです。

うちの父親は兼業農家でカトリック系の幼稚園のバスの運転手してるのでそのつながりかなんかで。どうせミーハーな田舎者だからなんか西洋風のカルチャーに憧れて頼んだのだろうL(=~=)」

さて、その「ヨシュア」という奴は一体どんな人物かえ?と思い、ウィキペディア
で調べてみました↓。



「ヨシュアは旧約聖書の民数記やヨシュア記に登場するユダヤ人の指導者。聖書の記述どおりならばカナンを侵略しカナーン人の大量虐殺を行った末、カナンを征服してユダヤ人の領土とした人物となる。」

イヤァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(>д<::)!!!!


大  量  虐  殺  者  やんかぁーーーー(T△T))))))



しかもこんな記入も↓


「日本では、アイやイェリコの住民の殺害に代表される聖絶の描写が多いことから、牧師が最も説教したがらないと言われる。また、宗教に於ける不寛容性の発露の例として語られることも多い。」



ヨシュアーーーー 全然ダメじゃーーーん(T△T)!!!!



(゜▽゜)/ てか縁起わるすぎ!!



神父様…なにをお考になられ、命名いたしたかもうか。



でも、俺はけっこう気に入ってます(笑)

なんか、一見博愛主義のキリスト教って、本質は世界をまきこんだ、植民や征服、虐殺の歴史があって、そこらへんをうまく代表してるのがこの「ヨシュア」って人物なら、

なんか、偽善的でじつは性格めちゃくちゃ歪んでる自分をうまく表してるなぁ(笑)と。

「非人道的博愛主義」・「矛盾点発露の代名詞」みたいなところが、自分とあってて、なんか、すき。(゜▽゜)~~~

なんか、いい人キャラの名前より全然好きです(笑)

こんな、名実供に、黒い俺ですが、これからもよろしくおねがいします。
=(--)= ぺこり。 MY-NAME