今日もまあまあでかい
地震があったね。少しでも
揺れると思い出すあの日の
ことを。怖くて怖くて
どうしようもなかった。
忘れることなんて
できない。もうあれから
半年経ったっていう人も
いれば、まだ半年っていう
人もいる。まだ被災地では
安心して眠ることのできな
い人たちがたくさんいる。
家族を失い家を失った人も
たくさんいる。
私の住んでいる町はまだ
道路が崩れていたり瓦礫が
山積みになっていたりする
お店もつぶれてしまった
ところが多い。でも私は今
生きている、普通に暮らす
ことができている。前と
全く同じ暮らしとは言えな
いが70%は元通りだ。
家族も家も失っていない。
学校にも通えている。
こんな幸せなことはない。
でもあの日がなければ
こんな些細なことが幸せ
だと思うことはできなかっ
ただろう。水や電気の
有り難さ、学校に通える
こと、家族がいること
友達がいること。今では
すごく感謝しています。
きっと神様は私たち人間に
この有り難みを気づいて
もらうためにこんな大きな
地震を起こしたのかも
しれない。失ってみないと
人はその大切さに気づく
ことはできないからね。
人生とは運命なのかもしれ
ない。生きるも死ぬもその
人の人生。もしかしたら
自分で決めることなんて
できないのかもしれない。
決めた気になっているだけ
で、最初からこうなること
は全てわかってた、決まっ
ていたことなのかもしれな
い。もしそうなんだとして
も、私たちはそれでも
生きていくしかないんだ
と思う。それが死んで
いった人たちへの精一杯の
姿勢だと思うから。
私たちが今できること
それはみんなわかってる
と思う。神様、気づかせて
くれて有難うございました
あの日のことは一生忘れ
ません。最後に死んでいっ
た人たちへ、御冥福申し上
げます。
『私たちが3月11日のこと
を忘れないということが
未来へ繋がる。』