大食らいの鹿内さん
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 小林秀雄『ゴッホの手紙』は、戦後に復刊された「文体」の第3号(昭和2312月)、第4号(昭和24年7月)に冒頭部分とヌエーネン時代までが掲載され、「文体」が廃刊となって以降は、発表の場を「芸術新潮」に移し、昭和26年1月号から昭和27年2月号に渡って連載され、同年6月に新潮社より単行本が刊行されました。

 文庫版は角川文庫として昭和3210月に刊行され、12年後の昭和438月に改版され、「ゴッホの病気」「ゴッホの絵」を増補、小林秀雄・青山二郎の対談「『形』を見る眼」および吉田凞生の解説が付されました。

 今夏828日発売で、詳細な注解を施し、カラー図版を27点収録した新潮文庫版『ゴッホの手紙』を刊行するにあたって、事前にあれこれ調査しているうちに、「ゴッホの手紙が訳出されているだけで小林秀雄の言葉自体はどんどんなくなっていく。最後の方は手紙の訳だけが並んでいるに近い。こんなの評論といっていいのか」という感想を聞きました。ああ、そういう見方もあるのかと、却って新鮮な気がしたのを覚えています。

 冒頭付近で、ゴッホの複製画に衝撃を受けてしゃがみ込んでしまった経験を語ったすぐ後、

 

 書けない感動などというものは、皆嘘である。ただ逆上したに過ぎない、

 

 と大見得を切ります。ゴッホの短かった人生を伝記的事実と絵画作品と弟テオらとの手紙を手がかりに追いかけていきます。中盤から終盤の入り口くらいまでは快調ですが、最終盤が近づくにつれてだんだん言葉少なになっていきます。「書けない感動などというものは、皆嘘である」と大見得を切ったにも関わらず、ゴッホの手紙の訳出だけになっていく。この失語状態は、手紙に刻まれたゴッホの芸術への純粋すぎる思いが小林の批評精神を呑み込んでしまうことで生じたのではないか、むしろこの失語状態に小林の豊かな感受性を見て取れるし、そこに読者は感動するのだと、私などは思っていたのです。

 新潮文庫版『ゴッホの手紙』の解説は、この失語の感動を語れる方にお願いしたいと強く思いました。

 

 上野で最初に見据えられたあの「巨きな眼」を探って書簡を読んでいるうちに、小林自身が、ゴッホという人間そのものになっていった気がする。

 

  それは全作品20集にありました。白洲信哉氏のエッセイ「祖父・小林秀雄の『眼』を辿る」の中にある一節です。小林の失語を完璧に説明していると感動しました。白洲信哉さんにお願いしようと。

 彼は二つ返事で引き受けてくれて、締め切り日よりもずいぶん早くに、小林自身に語らせる、引用ばかりの「解説」を寄越してきました。小林がゴッホにやったそのやり方を、孫はその文庫解説でやり返したのでした。それは小林の失語を説明するだけではない、芸術作品と対峙したときの小林の原理にまで踏み込む、本質を射抜いた見事な解説になっていました。

 

 

          *

 

 929日発売で刊行される『近代絵画』は、そもそもの発表媒体は「新潮」(昭和293月号~昭和3012月号、途中休載2度あり)でした。その後は「芸術新潮」に移りました(昭和321月号~昭和332月号、途中休載1度あり)。単行本は人文書院より昭和334月に刊行されました。この人文書院版『近代絵画』は、カラー図版が14点、モノクロ図版が93点収録のB5版函入りの、定価2,800円という豪華な愛蔵版でした。

普及版はその8ヶ月後、昭和3312月に新潮社より刊行されました。カラー図版2点、モノクロ図版17点収録で、B6判の函なしで定価は390円でした。

文庫版は昭和4311月に新潮文庫で刊行されました。図版はモノクロのみ60点、解説は生野幸吉でした。

 昭和43年版新潮文庫が刊行されて52年。文字を大きく組み直し、第六次全集(全作品)脚注、第五次全集補巻を元に注解を付しました。

 

 この主題と無関係な色彩の調和こそ、画家の思想の精髄なのである(「ボードレール」)

 音楽の様に微妙に鳴る青の色調(「ボードレール」)

 色とは壊れた光である。(「モネ」)

 セザンヌの色は実に美しい。(「セザンヌ」)

 画面全体が、やわらかく光る。(「セザンヌ」)

 あらゆる色彩が、至る処ところで等価である。(「セザンヌ」)

 アルルで達した「黄色の高い色調」を回想し、(「ゴッホ」)

 

 旧版を読んでいて辛いのが、随所で小林が色のことに言及するのですが、収録されている図版はみなモノクロであったことです。この令和2年版では第五次全集で採用した61点の作品をすべてカラーで収録するという方針で出し直すことにしました。

 解説ですが、旧版の生野幸吉は、独文学者で詩人であることから、文学的アプローチの解説になっています。新版では、絵の側からのものが欲しい訳です。そこで浮上したのが、画家でありながら文章も書き、『ヘンな日本美術史』で第12回小林秀雄賞を受賞した山口晃氏でした。画家が小林の近代絵画論をどう読むのか、小林の眼と画家の眼は違うのか、校了日直前、ぎりぎりになって届いたその原稿は、実に畏るべきものでした。

 小林秀雄の講演の語りが古今亭志ん生の語りに聞こえるという発見から、志ん朝と志ん生の「間」の違いを語り、一気に小林と近代絵画の巨匠達の「間」に切り込んでいきます。

 画家の眼はセザンヌの筆跡の逆回転を見ます。何重にも塗られたその起点はどこか。この動的で立体的な眼が小林の絵画論に対峙したときに、この画家は思わず……。

これは旧版のカバーです。

 

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『批評家失格』と合わせて小林秀雄文庫三ヶ月連続刊行という無謀な企画をなんとか成立させることができました。そもそもの企画のアイディア出しの段階で、S・H様、S・C様の秀逸なアイディアに負うところ大でございました。実際の編集作業では校閲担当のKさんの緻密な仕事に全く以て助けられました。カラー図版の調整については錦明印刷の製版技術チームの最先端の色解析と色合成の技術に助けられました。カバーデザインは装幀部のKさんの下案をS・H様に最終のご意見をいただくという形で進めていきました。

 

 

皆様の御蔭をもちまして、よい仕事ができたと感動しております。

ありがとうございました。