力也さん怒涛の復活配信の道のりを僕なりにまとめてみた
力也チャンネルで四国のお遍路88箇所巡礼企画の途中で突如失踪!
3年くらい配信界からいなくなる。
↓
暗黒10周年記念イベントにサプライズゲストで登場!
↓
客として来ていたガジェット通信のスタッフに、1年くらい休止している旅部を僕と力也さんと緑さんで再開させて欲しいと言われる。
↓
2週間後くらいにガジェット通信で打ち合わせ!
緑さんは当日ドタキャンで僕と力也さんとガジェのスタッフで企画会議。
サバイバルとかフランス旅行とか色々案はでたが、僕が提案した秩父にも四国より規模は小さいが34箇所お遍路があるので自転車で1日で制覇企画が24時間で終わりそうだしちょうどいいって事で決まった。
何だかんだ4時間くらい企画の話をしてたかな。
僕は5年間くらい配信をしてない時でも1日たりとも配信の事を考えない日なんてなかった。
誰かの面白い配信を見ては、自分だったらこうしてる!とか、こうすればもっと面白くなるのになー?とか毎日心のどこかでモヤモヤしながら配信の事を常に考えながら生きていた!
力也さんも守るものができて配信ができなくなってからきっと僕と同じ思いをしてたんだと思う!
だから久々に会って企画の話をしてる時はそれはそれはほんとに楽しかった♪
ずっと止まっていた時計の針がまた動きだした感じでたまらなくて、その日の夜は興奮して眠れないくらいだった!
さらに前までは企画会議でネックだったコンプライアンスや有料放送絶対にやれ尉の14や、ふか○んが居なくなってガジェの優しいスタッフが僕と力也さんの提案をどんどん受け入れててくれた。
まさに血湧き肉躍る事とはこの事だなと思った。
↓
それから準備期間が2カ月弱あって力也さんが張り切って必要機材の拾い出しや、テスト放送、タイムスケジュール表など、ほとんど準備してくれた!
僕はその間、放送の準備は力也さんに甘えて任せて筋トレとかランニングとか基礎体力作りをしながらもう先に次回の企画とかを考えていたただけだった。
緑さんに至っては、旅部のグループラインでギャラをとにかく上げってくれって事だけ言ってた記憶しかない。。
まあ、テレビのおままごとみたいなもんだけど、
スポンサーガジェット通信
横山緑プロデューサー
力也ディレクター
大木構成作家
みたいな感じなイメージで番組ができたんだと思う。
↓
いよいよ旅部当日!
僕は熊谷駅で先に待っていて新宿から一緒に来た緑さんと力也さんと合流した。
熊谷駅から秩父駅まで1時間くらいの乗車時間だったが、なぜか三人とも一緒の席には座らずに離れてバラバラの席に座って、ただ黙って座っていた。
配信前の緊張ってのもあるけど、本場前に仲良くプライベートの話とかをしてしまうと、
放送が始まってからの会話や、やりとりにフレッシュさや緊張感がなくなってしまう事をみんな分かっているので、あえて本番まで必要最低限の会話しかしないのが三人とも共通して分かっていたからだと思う。阿吽の呼吸というのかな。
そんな変わった配信者あるあるです。
そしてその時、自転車で秩父のお遍路制覇企画がいかに無謀な計画な事なのか誰も知るよしはなかった。
↓
放送が始まってから、当初、僕と力也さんが裏方で緑さんがゲストな感じの予定だった番組作りなのに何故か、緑さんとガジェのスタッフが勘違いして僕と力也さんがゲスト扱いになってしまっていた事に違和感を感じながらも、力也さんと緑さんの上手い掛け合いで順調に進んで行けそうな気がした矢先!
当時、全国的に記録的猛暑で秩父も山奥ながら34度と言う過酷な環境で、さらに力也さんが久しぶりの配信で準備に張り切りすぎて、20キロくらいあるリュックを背負ってイスの硬いマウンテンバイクで峠道を走っていて体が崩壊するのにそんなには時間はかからなかった。
↓
なんと!お遍路たった2箇所目の神社目前で力也さんは太ももの肉離れ&軽い熱中症状を引き起こして地べたに寝転んでしまったのである。
身長168センチ体重92キロ放送ブランク3年、荷物20キロ過酷な坂道ブレーキ壊れかけ気温34度と全ての悪条件が重なり!いくら休んでも力也さんが再起不能である事は三人共すぐに感づいていた。
正直、力也さんだけリタイアして僕と緑さんで再開すればお遍路制覇企画は達成できたかもしれない。
力也さんは自分を置いて先に行って下さいと本気で言っていたが、僕と緑さんは2人だけで参拝した神社の道中で電波がなく放送が止まっている時に打ち合わせして!
力也が居なくなるんだったら意味がない!
コメントは荒れるがただのまったり秩父観光配信に切り替えて3人で最後までやろうって!
リーダーの緑さんは強く言ってきたので、僕ももちろん、それがいいと言った。
今思えば緑さんは野宿が嫌だから言っていたかもしれないが、、でも昔から緑さんは身内には損得抜きで心底優しい男なので本当に三人で一緒にいる事にこだわっていたのは間違いないと思う。
↓
ともかく番組的には長時間の食事休憩を挟んでお遍路を再開させる予定で続行したが3箇所目のお寺の前で日も暗くなってしまい、
緑さんはガチで宿に泊まりたがっていたが、力也さんが責めて野宿だけはしないとリスナーに示しがつかない!と言う嘆願もあり
緑さんも渋々野宿で納得していたがワンちゃん秩父に住んでいるハルヒこと関しんごさんに電話して!
今日家に3人泊まらせてくれって頼んでたけど
流石にいきなり男3人も泊まらせるのが嫌だったのか、車で顔だけ出しに行きます!
って言って急遽来てくれる事になった。
↓
関しんごさんが来てから初対面の力也さんとトークが弾み、その流れで秩父の有名な心霊スポット秩父湖の吊り橋に行く事になった!
この時4人は後に幽霊よりもはるかに怖い体験をする事になろうとは誰もが予想していなかったであろう。
↓
緑さんはガチで嫌がっていたが、途中の山道で野生の鹿に遭遇したりして盛り上がっていたのだが、
到着したら落石の恐れがあるためと吊り橋が封鎖されて入れなくなっていたのである。
仕方なく湖の周りを軽く散歩してたいして盛り上がる事もなく帰る事になった。
その時の時間は深夜0時くらいだったかな。
↓
帰り道は4人でニコ生の昔話に花が咲き、しばらくまったりと話していた所に今話題の認知症危険ドライバーに出くわしたのである!
今思えば、かなりの偶然が重なって当初の旅部の予定から脱線に脱線を繰り返したからこその偶然ではなくて必然みたいな。
まぁコメントまかせな緑さんのニコ生の行き当たりばったりな良さとか、力也さんの配信の為だけに生まれてきたような神通力とかが発揮されたのかな。
追い越し禁止道路の山道で前方を20キロ弱でずっと走行している車の後ろにくっ付いて、
最初はアンチリスナーの仕業とか、怖いおじさんがワザと嫌がらせしてきてるとか、車に10キロ〜20キロの間で走行していないと爆発する時限装置爆弾がつけられているんじゃないか?とか色々な憶測が飛んでいたのだが、
1時間くらい追走して山道から都心へと二台の車は入っていき信号機が増え、前方の車が3回くらい信号無視をしていたので、
これはただ事ではない!
もしや認知症のおじいちゃんが運転している可能性が高いのではないかと、みんな気づき始めたのである。
そして、出くわした秩父湖から約30キロ地点2時間くらい追走して、秩父駅前の赤信号で停止した前方の車に、肉離れ設定だったはずの力也さんが全速力で車から降りて前の車に鬼ダッシュ鬼ノックをかまして。
予想通り認知症の80歳くらいのおじいちゃんを停車させて車から抱きかかえるようにやさしく降車させてあげていた!
降りてからも、力也さんはおじいちゃんを歩道に座らせて、自分も膝をついておじいちゃんの目線に合わせ手を握って安心させながら、ゆっくりと聞きやすく大きな声で話しかけていてあげていた!
まるでプロの介護士のようだった!
やはり力也さんと会話が噛み合ってなく言っている事が支離滅裂だったので、
僕はその場を力也さんに任せて、急いで秩父駅前の交番に走って行き警察を呼んできた。
5分くらいして警察と一緒に現場に戻ると力也さんは、まだおじいちゃんの肩に手を当てて、ずっとなだめてあげていた。
とても普通の人が初対面で出来るわけないくらいの、力也さんの人間力と言うか無意識の優しさに僕はただただ感心していた。
あとは僕は念のため警察に自分の住所と名前と携帯の番号を書いて渡して警察にその場を任せて僕たちは去った。
コメントでは通報が遅かったとか、ネタにするな!とか、よく保護した!とか賛否両論だったが、とにかく大きな事故を起こす前におじいちゃんを保護できたのは何よりも良かったと思う。
↓
野宿のテントに戻って来たのは深夜3時前くらいかな。
僕と緑さんは疲れはてすぐに寝てしまったが、力也さんは寝ないでずっと配信のコメントを読んでいた。
朝5時くらいに寒くて起きたら、力也さんが持ってきた登山用の馬鹿でかいリュックからガスコンロと鍋を取り出して僕と緑さんに味噌汁を作ってくれた、体の芯からあったまった。
野宿をして朝日を浴びながら飲む揚げナスの味噌汁は心底最高の味だった。
↓
昨日の疲れが蓄積したままの変なテンションでなんとか旅部は再開
しかし力也さんがやはり足が痛くて自転車がこげないとリタイア宣言でパソコンの前で泣きながら土下座をしていたら、緑さんがたまたま蜂蜜の直売所の看板を発見!
そこからは、いつもの流れで秩父まったり観光配信をして旅部は無事終わりを迎えた。
結局、34箇所秩父お遍路の旅部は3箇所だけしか周れなかったがそこはご愛嬌。
夕方家に帰ってきたら、ツイッターでフジテレビから取材がしたいと緑さんやガジェット通信に連絡がきており、
翌日には目覚ましニュースで取り上げられていた。
内容はニコ生のインターネットコメディアンの力也さんらが認知症の危険運転ドライバーを放送中に保護した!
みたいな内容だった。
生放送配信者やユーチューバーは大体、世間に迷惑をかけてニュースに取り上げられる事が多いけど。
配信者が世間にとって良い事をした感じで取り上げもらうのは、かなりレアで凄い事だと思う。
力也さんがしゃがんでおじいちゃんの手を握って話しかけているシーンを何回見ても涙がでてきてしまう。
復帰の1発目の放送でこんなに反響がある放送ができる力也さん、仲間を決して見捨てないでギャラを三倍ぐらいに跳ね上げてくれた緑さん、急な呼び出しで60キロ以上の道のりをずっと運転してくれて、楽しかったからガソリン代なんていらないですよ!と言って帰って行った関しんごさん!僕と力也さんの無謀な企画を実現してくれて全編無料配信をさせてくれたガジェット通信!
楽しくなるように誘導してくれたニコ生のコメントなど色々な神さまたちと配信できた事に感謝。
アメーン
ちなみに力也さんだけTBSから出演オファーまで来ているとの事。←イマココ
今後も旅部から目が離せませんね。
力也チャンネルで四国のお遍路88箇所巡礼企画の途中で突如失踪!
3年くらい配信界からいなくなる。
↓
暗黒10周年記念イベントにサプライズゲストで登場!
↓
客として来ていたガジェット通信のスタッフに、1年くらい休止している旅部を僕と力也さんと緑さんで再開させて欲しいと言われる。
↓
2週間後くらいにガジェット通信で打ち合わせ!
緑さんは当日ドタキャンで僕と力也さんとガジェのスタッフで企画会議。
サバイバルとかフランス旅行とか色々案はでたが、僕が提案した秩父にも四国より規模は小さいが34箇所お遍路があるので自転車で1日で制覇企画が24時間で終わりそうだしちょうどいいって事で決まった。
何だかんだ4時間くらい企画の話をしてたかな。
僕は5年間くらい配信をしてない時でも1日たりとも配信の事を考えない日なんてなかった。
誰かの面白い配信を見ては、自分だったらこうしてる!とか、こうすればもっと面白くなるのになー?とか毎日心のどこかでモヤモヤしながら配信の事を常に考えながら生きていた!
力也さんも守るものができて配信ができなくなってからきっと僕と同じ思いをしてたんだと思う!
だから久々に会って企画の話をしてる時はそれはそれはほんとに楽しかった♪
ずっと止まっていた時計の針がまた動きだした感じでたまらなくて、その日の夜は興奮して眠れないくらいだった!
さらに前までは企画会議でネックだったコンプライアンスや有料放送絶対にやれ尉の14や、ふか○んが居なくなってガジェの優しいスタッフが僕と力也さんの提案をどんどん受け入れててくれた。
まさに血湧き肉躍る事とはこの事だなと思った。
↓
それから準備期間が2カ月弱あって力也さんが張り切って必要機材の拾い出しや、テスト放送、タイムスケジュール表など、ほとんど準備してくれた!
僕はその間、放送の準備は力也さんに甘えて任せて筋トレとかランニングとか基礎体力作りをしながらもう先に次回の企画とかを考えていたただけだった。
緑さんに至っては、旅部のグループラインでギャラをとにかく上げってくれって事だけ言ってた記憶しかない。。
まあ、テレビのおままごとみたいなもんだけど、
スポンサーガジェット通信
横山緑プロデューサー
力也ディレクター
大木構成作家
みたいな感じなイメージで番組ができたんだと思う。
↓
いよいよ旅部当日!
僕は熊谷駅で先に待っていて新宿から一緒に来た緑さんと力也さんと合流した。
熊谷駅から秩父駅まで1時間くらいの乗車時間だったが、なぜか三人とも一緒の席には座らずに離れてバラバラの席に座って、ただ黙って座っていた。
配信前の緊張ってのもあるけど、本場前に仲良くプライベートの話とかをしてしまうと、
放送が始まってからの会話や、やりとりにフレッシュさや緊張感がなくなってしまう事をみんな分かっているので、あえて本番まで必要最低限の会話しかしないのが三人とも共通して分かっていたからだと思う。阿吽の呼吸というのかな。
そんな変わった配信者あるあるです。
そしてその時、自転車で秩父のお遍路制覇企画がいかに無謀な計画な事なのか誰も知るよしはなかった。
↓
放送が始まってから、当初、僕と力也さんが裏方で緑さんがゲストな感じの予定だった番組作りなのに何故か、緑さんとガジェのスタッフが勘違いして僕と力也さんがゲスト扱いになってしまっていた事に違和感を感じながらも、力也さんと緑さんの上手い掛け合いで順調に進んで行けそうな気がした矢先!
当時、全国的に記録的猛暑で秩父も山奥ながら34度と言う過酷な環境で、さらに力也さんが久しぶりの配信で準備に張り切りすぎて、20キロくらいあるリュックを背負ってイスの硬いマウンテンバイクで峠道を走っていて体が崩壊するのにそんなには時間はかからなかった。
↓
なんと!お遍路たった2箇所目の神社目前で力也さんは太ももの肉離れ&軽い熱中症状を引き起こして地べたに寝転んでしまったのである。
身長168センチ体重92キロ放送ブランク3年、荷物20キロ過酷な坂道ブレーキ壊れかけ気温34度と全ての悪条件が重なり!いくら休んでも力也さんが再起不能である事は三人共すぐに感づいていた。
正直、力也さんだけリタイアして僕と緑さんで再開すればお遍路制覇企画は達成できたかもしれない。
力也さんは自分を置いて先に行って下さいと本気で言っていたが、僕と緑さんは2人だけで参拝した神社の道中で電波がなく放送が止まっている時に打ち合わせして!
力也が居なくなるんだったら意味がない!
コメントは荒れるがただのまったり秩父観光配信に切り替えて3人で最後までやろうって!
リーダーの緑さんは強く言ってきたので、僕ももちろん、それがいいと言った。
今思えば緑さんは野宿が嫌だから言っていたかもしれないが、、でも昔から緑さんは身内には損得抜きで心底優しい男なので本当に三人で一緒にいる事にこだわっていたのは間違いないと思う。
↓
ともかく番組的には長時間の食事休憩を挟んでお遍路を再開させる予定で続行したが3箇所目のお寺の前で日も暗くなってしまい、
緑さんはガチで宿に泊まりたがっていたが、力也さんが責めて野宿だけはしないとリスナーに示しがつかない!と言う嘆願もあり
緑さんも渋々野宿で納得していたがワンちゃん秩父に住んでいるハルヒこと関しんごさんに電話して!
今日家に3人泊まらせてくれって頼んでたけど
流石にいきなり男3人も泊まらせるのが嫌だったのか、車で顔だけ出しに行きます!
って言って急遽来てくれる事になった。
↓
関しんごさんが来てから初対面の力也さんとトークが弾み、その流れで秩父の有名な心霊スポット秩父湖の吊り橋に行く事になった!
この時4人は後に幽霊よりもはるかに怖い体験をする事になろうとは誰もが予想していなかったであろう。
↓
緑さんはガチで嫌がっていたが、途中の山道で野生の鹿に遭遇したりして盛り上がっていたのだが、
到着したら落石の恐れがあるためと吊り橋が封鎖されて入れなくなっていたのである。
仕方なく湖の周りを軽く散歩してたいして盛り上がる事もなく帰る事になった。
その時の時間は深夜0時くらいだったかな。
↓
帰り道は4人でニコ生の昔話に花が咲き、しばらくまったりと話していた所に今話題の認知症危険ドライバーに出くわしたのである!
今思えば、かなりの偶然が重なって当初の旅部の予定から脱線に脱線を繰り返したからこその偶然ではなくて必然みたいな。
まぁコメントまかせな緑さんのニコ生の行き当たりばったりな良さとか、力也さんの配信の為だけに生まれてきたような神通力とかが発揮されたのかな。
追い越し禁止道路の山道で前方を20キロ弱でずっと走行している車の後ろにくっ付いて、
最初はアンチリスナーの仕業とか、怖いおじさんがワザと嫌がらせしてきてるとか、車に10キロ〜20キロの間で走行していないと爆発する時限装置爆弾がつけられているんじゃないか?とか色々な憶測が飛んでいたのだが、
1時間くらい追走して山道から都心へと二台の車は入っていき信号機が増え、前方の車が3回くらい信号無視をしていたので、
これはただ事ではない!
もしや認知症のおじいちゃんが運転している可能性が高いのではないかと、みんな気づき始めたのである。
そして、出くわした秩父湖から約30キロ地点2時間くらい追走して、秩父駅前の赤信号で停止した前方の車に、肉離れ設定だったはずの力也さんが全速力で車から降りて前の車に鬼ダッシュ鬼ノックをかまして。
予想通り認知症の80歳くらいのおじいちゃんを停車させて車から抱きかかえるようにやさしく降車させてあげていた!
降りてからも、力也さんはおじいちゃんを歩道に座らせて、自分も膝をついておじいちゃんの目線に合わせ手を握って安心させながら、ゆっくりと聞きやすく大きな声で話しかけていてあげていた!
まるでプロの介護士のようだった!
やはり力也さんと会話が噛み合ってなく言っている事が支離滅裂だったので、
僕はその場を力也さんに任せて、急いで秩父駅前の交番に走って行き警察を呼んできた。
5分くらいして警察と一緒に現場に戻ると力也さんは、まだおじいちゃんの肩に手を当てて、ずっとなだめてあげていた。
とても普通の人が初対面で出来るわけないくらいの、力也さんの人間力と言うか無意識の優しさに僕はただただ感心していた。
あとは僕は念のため警察に自分の住所と名前と携帯の番号を書いて渡して警察にその場を任せて僕たちは去った。
コメントでは通報が遅かったとか、ネタにするな!とか、よく保護した!とか賛否両論だったが、とにかく大きな事故を起こす前におじいちゃんを保護できたのは何よりも良かったと思う。
↓
野宿のテントに戻って来たのは深夜3時前くらいかな。
僕と緑さんは疲れはてすぐに寝てしまったが、力也さんは寝ないでずっと配信のコメントを読んでいた。
朝5時くらいに寒くて起きたら、力也さんが持ってきた登山用の馬鹿でかいリュックからガスコンロと鍋を取り出して僕と緑さんに味噌汁を作ってくれた、体の芯からあったまった。
野宿をして朝日を浴びながら飲む揚げナスの味噌汁は心底最高の味だった。
↓
昨日の疲れが蓄積したままの変なテンションでなんとか旅部は再開
しかし力也さんがやはり足が痛くて自転車がこげないとリタイア宣言でパソコンの前で泣きながら土下座をしていたら、緑さんがたまたま蜂蜜の直売所の看板を発見!
そこからは、いつもの流れで秩父まったり観光配信をして旅部は無事終わりを迎えた。
結局、34箇所秩父お遍路の旅部は3箇所だけしか周れなかったがそこはご愛嬌。
夕方家に帰ってきたら、ツイッターでフジテレビから取材がしたいと緑さんやガジェット通信に連絡がきており、
翌日には目覚ましニュースで取り上げられていた。
内容はニコ生のインターネットコメディアンの力也さんらが認知症の危険運転ドライバーを放送中に保護した!
みたいな内容だった。
生放送配信者やユーチューバーは大体、世間に迷惑をかけてニュースに取り上げられる事が多いけど。
配信者が世間にとって良い事をした感じで取り上げもらうのは、かなりレアで凄い事だと思う。
力也さんがしゃがんでおじいちゃんの手を握って話しかけているシーンを何回見ても涙がでてきてしまう。
復帰の1発目の放送でこんなに反響がある放送ができる力也さん、仲間を決して見捨てないでギャラを三倍ぐらいに跳ね上げてくれた緑さん、急な呼び出しで60キロ以上の道のりをずっと運転してくれて、楽しかったからガソリン代なんていらないですよ!と言って帰って行った関しんごさん!僕と力也さんの無謀な企画を実現してくれて全編無料配信をさせてくれたガジェット通信!
楽しくなるように誘導してくれたニコ生のコメントなど色々な神さまたちと配信できた事に感謝。
アメーン
ちなみに力也さんだけTBSから出演オファーまで来ているとの事。←イマココ
今後も旅部から目が離せませんね。




