安保法案成立の狂態をお伝えしたなかで、私は”GIVE AND TAKE は
世界の常識などと憎まれ口を叩きましたが、海外に出稼ぎに行ったシ
ンガポールは徴兵制度のある国家なんです。テレビでみるシンガポー
ルは平和そのもので世界の食事が楽しめショッピングに夢中になる国
というイメージがあります。ところが一定の年齢に達した青年たちはど
んなに人気があって、あるいはどんな要職に就いていても例外なく、あ
る期間、軍服を身にまとい重装備で泥水をかいくぐって訓練を受け、

国防の義務を果たさなければなりません。お隣の韓国だって兵役を課
せられて”自分の国は自分たちで守る”ということが当たり前になってい
ます。大戦後、日本は連合軍が占領し、戦争することを禁じるとともに
軍隊を持たずアメリカという列強国に守られながら70年が経ちました。
今ではアメリカと戦ったという歴史すら風化しようとしています。なかに
は憲法第9条のおかげで今日まで平和が維持されてきたと思っている
ひともいます。が、私にいわせればアメリカという世界最強の国が沖縄

に基地をつくり日本全土を守るという力の図式で平和が保たれてきたと
思っています。このように国際社会ではGIVE AND TAKEが当たり前で、
日本のように平和を維持することも他国任せという国は得てして”TAKE 
AND TAKE”になってしまい、国際社会のように自国の領土と家族は、
自分たちで守るという意識が薄らぐだけでなく、自立、独立を口にする
だけで、右だ左だと後ろ指を指されてしまいます。思い起こしてみますと
橋本政権のときにイラク戦争で日本の戦費負担は、130億ドル(日本円

で1兆7千億円)という巨額の戦費を拠出しました。しかし国際社会から
は”銭は出しても血は流さいのか”と批判を浴びました。以来、日本は、
なんでも金でカタをつけるというイメージが拡散してしまいました。今回
の安保法案の与野党の質疑を聞いていても法案の核心、本質の議論
はほとんどなされず、だれがいつ決めるのかなどといった末梢で言葉尻
を掴むようなやり取りに終始したというイメージが私にはあります。唯一
橋下維新の会が具体的な改正案を提示して”異議あり”といったことしか

老兵の記憶にはありません。海の向こうでは”随分虫のいいことをやり
合っていっているな”というのが正直な心情ではないでしょうか。さて政
治に無関心だった青年たちがこの安保法案をきっかけに政治に関心を
持ってきたというのは喜ばしい現象です。ただ反対と感情的に叫ぶだけ
でなく、歴史の流れをひもどきグローバルな視点から、つまり海外との
交流を広めながら、バランスのとれた感覚を身につけて、いいこと、問
題があることの両方を口にする勇気を持った国際人になってほしいと
願っています。
 
夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行
なし、実行なき者に成功なし。故に夢なき者に成功なし 吉田松陰  
                               代読 ぐっさんハイ
文藝春秋8月号にこんなタイトルの記事がありました。国会のセンセも
地に落ちたものだと思います。日本国憲法は国会を「国権の最高機関」
と位置づけている。ところが現実との格差はあまりにも甚だしい。そんな
国会も緊張感を著しく緊張感を欠いた空間となっている。5月26日の、
衆院本会議を暇な記者が3時間に渡って記者席から観察した結果をご
覧あれ。(13:00)大島衆院議長が開会を告げても議員のザワつきが
続く。衆院規定には”議長が号令を鳴らしたときは何人も沈黙しなけれ

ばならない”と書いてある。この時点で空席が25もある。(13:15)中谷
防衛相が安保関連法案の趣旨説明を始める。それが何らかの合図の
ように10人以上が一斉に議場の外に出た。大気汚染防止法改正案の
採決で本日の仕事は終わったようだ。数分後には気持ち良さそうに眠り
にはいる議員が続出する。(13:25)稲田政調会長が質問に立つ。”野
党から戦争法案だろう!”とやじが飛ぶ。突然の大声に驚いたのかビッ
クと体を震わせて目を覚ますひとが多数現れる。(13:45)安倍首相の

答弁が始まり、首相の面前で眠る自民党の新人が。この時点で空席は
40以上。眠るひとは30人以上。(14:05)質問者の民主党、枝野幹事
長が政府を批判すると自民党から絶叫調のやじが飛ぶ大島議長が”静
粛な議論を望む”と注意。自民党だけで空席が60以上に。(14:45)維
新の党の太田議員の質問になると空席が急増し130席を突破。(13:0
5)2時間経過、もはや、やじさえ飛ばない。空席140のほか眠るひと30
人以上、スマホを操作するひと10人以上。読書するひとも。隣りのひとと

雑談するひと数知れず。定員475のうち、まともに話を聞いているひとは
3分の1以下に。首相の答弁は心地よいBGMのようだ。(15:25)空席が
この日最大の150に。内訳は自民100民主25維新15など自民の谷垣
幹事長、民主党の岡田代表、維新の松野代表も一時、姿が見えなくなっ
た。(16:00)本会議終了。最終的な空席は130.これが無法地帯化し
た本会議の顛末だ。衆院議員の本会議の出欠は公式な記録はない”セ
ンセがサボるはずがないという性善説に立っているのだろう。最初から

最後まで”眠らない””私語をしない””勝手に席を立たない”といった当た
り前のことを貫徹した先生は40人以下だった。如何です、反対を叫ぶ、
ひとが聞いたら頭にくるような”国会議員は小学生以下だ”と言ったら小
学生に失礼かもしれない「国会崩壊」が起こっているんです。あたしゃ性
悪説を取り入れて出欠をとり監視カメラでセンセ方の狂態を放映すりゃ
いいんです。いやセンセ方の数を減らしていいんです。それにしても天下
の総理大臣も地に落ちたものですなあ。新米議員がボスの目の前で眠
りコケるんですからねえ。平和ボケは国会にありですか。
   
    団扇もつくって盆踊りに顔を出し つくり笑いで くたびれ
    果てて 憂さ晴らしに秘書とヤケ酒を飲んだり お泊りし
    て 結構忙しいのよ!  国会は癒しの場 ぐっさんハイ
電気屋の世界で生きてきた私にとって親戚関係にある方が今日のゲス
トです。四国は愛媛、酒屋の長男に生まれ、ゆくゆくは家業を継ぐつもり
だったそうですが、先輩とのひょんな縁から広告業界に就職してしまう。
そして30歳のときに独立。テレビ向けの広告代理店・ビデオプロモーシ
ョンを立ち上げた藤田 潔さん。早稲田大学卒業後、ラジオテレビセンタ
ー入社。その後、総合広告会社ビデオプロモーションを設立。2000年
会長、09年より名誉会長。日本のアニメの知名度などゼロに近い時代

「鉄腕アトム」をアメリカに売り込み見事輸出。深夜にテレビを見るという
ことが考えられなかった時代に、「11PM」という深夜番組を手がけて成功
を収める。”人がやってない企画、誰もまだやっていないことをどんどん
やってみたかった、新しい時間をつくった”。この「新たな時間をつくった」
という言葉がいいですねえ。そうやって走り続けるうち、いつしか起業して
50年もの年月が経っていた。この件は例の深夜便に登場されて波乱の
人生の一端を語ってありました。起業した頃は”あんな広告代理店に、

なれたらいいな”と藤田さんが憧れていた会社がいくつもあったそうな。
けれどそれらの企業は今、ほとんど残っていない。現代の日本におい
て創業から50年続く会社は1%にも満たないというが、ビデオプロモー
ションがここまで存続できた秘訣は何だろうか。”正直、自分ではよくわ
からない。ただひとつ、うちは手づくりの企画でとにかく要求される商品
に合った企画提案をすることだけを必死でやってきた”。数十年前から
いわゆる「提案型営業」を極めていたのだ。商品と情報が市場にあふ

れかえる今でこそ、提案型営業が普通に叫ばれる時代になったが藤田
さんは早くにその重要性を悟っていたのだろう。クライアント至上主義を
貫き上場しないかといった話も”そんな暇がない”とすべて断ってきたと
いう。国内外を問わず、思いついたらとにかく現場に足を運んだ。「夜討
ち朝駆け」は当たり前。商談相手の家に、直接営業にいくこともあった。
相手が不在なら家の前で何時間も待ち続ける。そうするうちに奥さんや
秘書のスタッフとも仲良くなり、何かあったときに助けてもらえた。そんな

人との縁や出会いを藤田さんは何より大切にしてきた。”誰かとの雑談
なんかからパッと閃いて、いい企画ができるもの。何でもインターネット
や携帯電話で済ませる若い人が増えたけど、実際人と会い、かかわる
大切さを忘れてはいけない”。そして今、テレビの黄金時代は過ぎ去り
厳しい不況が業界全体を襲っている。業績が厳しいほど、業界は視聴
率だけに振り回されるようになると藤田さんは語る。この藤田さんも実
際に、てめえで試行錯誤しながら自分流で突っ走ったプロのお一人な
んですねえ。ヤング諸君!こんな時代だからこそ入れ食いですぞ。
  
  入れ食いとは、、餌をつける暇もないぐらい魚が漁れること。体当り
  をしてナニかを掴むってえ人が変人扱いされる時代だからこそ「入
  れ食い状態」ってこと 食い過ぎて食中毒を起こした ぐっさんハイ