「京阪100年のあゆみ展」をネタに守口を散策してきました。守口に半日も見て周るところがあるなんて、守口の人にも「シンジラレナイ!」と言われそうですがまあ まずは読んでみてやってくだされ~。
地下鉄 谷町線の守口駅で降りて 桃町緑道へ。ソメイヨシノはすでに散っておりましたが、道沿いの幼稚園やスポーツプラザ周りには八重桜が花盛り。
樹下にはサクラソウやクローバーの黄色い花なんかも咲いていて、まさに”花の道”ですね。そのまま淀川沿いに出ると、スズメやムクドリに混じってショウビタキ、ホオジロらしき鳥も。あとやけに攻撃的なスズメがいるなあと思って様子を見ていたのですが、あれはたぶんモズだったんでしょうね。正直、守口がこんなに自然豊かなところだとの印象がなかったので随分驚いてしまいました。折り返し町の方へ緑道を歩いていた時、名残(なごり)の桜の花弁がはらはらと落ちるのを見て、春は極まりました。
ちょっと緑道付近の「穴場」をご案内しておきますと、高架下の排水口や江戸川乱歩の旧宅なんかがあったりします。江戸川乱歩と聞いて意外に思うかもしれませんが、そうなんです乱歩初期の作品はここ守口で書かれているんです。旧宅が出ている(らしい)作品もあるみたいですので、ご興味のある方は読んでみて下さいませませ。(^-^)b
八島の交差点を越えて守口街道へ。街道沿いの難宗寺(なんしゅうじ)が次の訪問先。ここには大阪府の天然記念物にもなっている樹齢五百年の大イチョウの木があるのですが、私の興味はもう一つの方。つまりここ難宗寺が守口城の跡だと云われていること。さらにその難宗寺の鐘楼がその守口城の現存遺構だというのです!
ほんまかいなと思いながらも、難宗寺とその周辺のしっとりとした雰囲気には魅き付けられました。その雰囲気にひたりながら周辺を歩いていると、北側に盛泉寺というこれ又大きくて立派なお寺が目に入ります。ここも守口城の跡地とされる部分ですが、ここでの私の注目はここ盛泉寺に三種の神器が、難宗寺に明治天皇が明治維新の折留められたこと。いわゆる大坂遷都への動きの中でのことらしく、幕府があっさりと江戸城を無血開城したので天皇は大坂へ入ることなく江戸へ向けて出発されたとのこと。難宗寺に石碑があったので明治天皇が行幸されたのは理解していたのですが、まさかそんな緊迫したなかでの行在とはつゆにも思いませんでした。まさにこの難宗寺周辺は明治維新の舞台だったわけです。大坂夏の陣の時には両寺(難宗寺と盛泉寺)とも焼けてしまっているようですし、歴史の入り口において重要な舞台となった地それがここ守口であったといえるようです。
難宗寺を後に来迎坂を上って文禄堤へ。ここはかの太閤秀吉が淀川の治水と京街道の整備を兼ねて築いた堤防道。かつての「守口宿」の名残もみられて雰囲気のよい街道筋なのですが、
なにより面白いのは周りの町よりこの道が一段高くなっていること。だから途中には道をまたぐ橋があったりするのです。
この堤道の面白さは歩いてみないと分からない!ぜひ一度足を運んでみてください。
文禄堤を下りると京阪守口市駅をはさんで反対側にある京阪百貨店へ。ここでやっとお目当ての「京阪100年のあゆみ展」を観たわけですが、これについては他のブログでフォローされてることと思いますので当方は省略させていただきます(_ _ ) Σ(゚д゚;)
京阪百貨店を出て大枝神社に寄ったりしながら ぶらぶら〆のお風呂屋さんへ。けれど目指す風呂屋はちょいと遠くて迷ったりもしたので、よっぽど途中で目に付いた銭湯へ入っちまおうかと思いましたが、がまんしてよかった!ヽ(゚◇゚ )ノ目当てのコミカ温泉は
それはそれは楽しい外観で、
中に入ってまた狂喜。ヽ(゜▽、゜)ノ 銭湯ファン歴も長い私ですが、ここまで芸術ちっくな銭湯はそうお目にかかったことがありません。ブラボー コミカ温泉!連日オールナイトでしかも土日祝日は24時間営業だそうなので、またフラーっと立ち寄りたいと思います。