イヌという名の猫
文 内館 牧子
数年前のことだ。女友達が捨て猫を拾って来た。まだ、生後三か月くらいで、銚子の犬吠崎にいたという。その日は雪が舞い、岬は寒風が吹き荒れていたそうだ。
私も犬吠崎には何度か行っているが、巨大な犬の形をした岩がある。それは大きな大きな日本犬が、天に向かって吠えているように見える。小さな小さな捨て猫は、その犬の足元近くで震えていたという。
もう、何日も食べていないのか、骨と皮だった
もう、何日も食べていないのか、骨と皮だった
彼女は自宅で飼い始め、私が名前をつけた。犬吠崎にちなんで[イヌ坊]である。予防接種や去勢手術も施し、イヌという名の猫は元気に育っていった。室内と戸外を自由に行き来して、気ままに好き勝手に生きている。
クリクリとした眼が無邪気で愛らしい猫だったが、彼女はよく言っていた
『何か目には哀しさがあるのよね・・・。生まれて間もなく犬吠崎なんかに捨てられたんだもの、原体験は消えないわよね。こんなに小さくたって、ちゃんと心はあるのによく捨てるよね。どんな小さな動物だって、心があるし、生きたいのにね。』
クリクリとした眼が無邪気で愛らしい猫だったが、彼女はよく言っていた
『何か目には哀しさがあるのよね・・・。生まれて間もなく犬吠崎なんかに捨てられたんだもの、原体験は消えないわよね。こんなに小さくたって、ちゃんと心はあるのによく捨てるよね。どんな小さな動物だって、心があるし、生きたいのにね。』
そして、つい先日のことだ。イヌ坊がネズミをくわえ、室内に入って来たという。彼女はあまりのことに声が出ず、体を硬直させて壁に張り付いていた。イヌ坊はなおもクルクルした目で彼女を見上げ、ネズミをくわえたまま悠然と庭に出て行った
そして翌日、イヌ坊がいなくなった。ネズミを庭の真ん中に残し、消えた。
彼女は不眠不休で探し回り、友人たちもビラを配ったりしたが、行方は今もわからない。友人の一人が言ったそうだ。『ネズミを捕るのは自慢とお礼の意味だって、何かで読んだことがあるの。
イヌ坊は、俺はもうネズミを捕れる猫になったぜってあなたに自慢したかったのよ。それでお礼のしるしに持って来たのよ。だから、ちゃんと庭に残して行ったでしょ!
それを聞いた彼女は私に言った。
『私、ネズミに声を失ってよかったわ。もしも【ギャ~捨てて来いッ!】
なんて叫んだら、イヌ坊は傷ついたわよ。心があるんだもの。
そういえば、あの時の目は全然哀し気じゃなかった。自慢だったのね。』
そして、冬空を見上げて笑った。
『イヌ坊は、犬吠崎に帰ったんだと思う。大きな岩の犬と並んで、負けないくらい大きな声で吠えてるわ。絶対に』
追記 ところでワ~ドを使って文章を書いたのを、ブログでそのまま載せる方法はないのですか?どうしたら出来るのですか??知っている方は教えて下さい