2020年がいよいよ始まりまして
今年の潜在意識関係はどんな方向に物事を進めて行こうかと模索してます。

昨年は11月頃にこっぱみじんさんが自己観察の重要性について説いてくれたお陰で
年末にかけて認識がいい感じに進んだんですよ。
《ありがとうございます!!!》


今年もその流れに乗っていきたい。


特に去年は有り得ないシンクロニシティが連発したお陰で
「願望なんて勝手に叶っていく」
とか
「願望にはそもそも叶う性質があるらしい」
というのが腑に落ちたので、めちゃくちゃエゴ目線ではありますが、
それは本当に良い収穫があった年だったなと振り返って感じています。


で、今年なんですけど、
去年いろいろやってみたけど
結局エゴがキーワードだわ。
ってつくづく思ってます。

思考を観察するってのが習慣になってきてるからなんだと思いますけれど、毎日のようにエゴに対峙する時間が増えています。

それでもやっぱり、思考やエゴの扱い方が難しい。

だってエゴを扱いたいってのもエゴじゃん( *`ω´)
思考を観察してるって認識してるのもエゴじゃん(`⌒´)

達人さんは願望とエゴは違うと言うけれど、
願望を叶えたいってなってるときとかは
願望を叶えたい気分の時なんてめちゃくちゃエゴモードな気がするし。

どこまで行ってもエゴだわぁー
うわぁーどうすればー

ってそれもエゴだわぁー
ってめちゃくちゃ思考にまみれるというね(笑)


で、最近桑田さんの記事を久しぶりに読み返して色々気付きがあったので紹介します。






「こんなにエゴに操られていたのか。すぐにでもブッ飛ばさなくては!」と思うかもしれません。


しかしエゴはブッ飛ばして消滅させるようなものではありません。いかにエゴに支配されているかを認識すればエゴは消えます。

「ルビンの壷」という有名な絵をご存知かと思いますが、あの絵に大きなヒントが隠されています。
「ルビンの壷」は黒い背景に焦点を合わせると向かい合った人の顔に、真ん中の白い部分に焦点を合わせると壷が見えるという奴ですが、エゴが黒い背景として、そこだけに焦点を絞る、つまりエゴの様々な作り話に踊らされている状態だと白い部分にある壷は見てきません。
しかしエゴの作り話に気付けば、おのずと白い部分に焦点を合わす事もでき、壷が見えてきます。壷が見えれば、別にブッ飛ばさなくてもエゴは勝手に消えてしまうのです。

つまりエゴと「本当の自分」は表裏一体のようなもので、影の部分であるエゴに実体があると勘違いすると様々なエゴの創作話がスタートするのです。


さて、めでたくエゴが消えて認識が変化したとします。エゴが作ったストーリーは終わってしまいました。もう何も起きていないし何もありません。
何も起きていない、しかし「リッチな」という概念、それに伴う感情は湧いてくると思います。


何で出来るのか?何も無いはずなのに?
それはあなたが最初から持っていたからそういった概念を選択する事が出来たわけです。

前も書いたんですが「花を見て美しいと思うのは花が美しいのではなく、あなた自身が美しいから」なんですね。
ゴルフでもドライバーを「持っている」のが当たり前過ぎるほどわかっているから「ドライバー出して」とキャディーさんに言えるわけで、無かったらドライバーという単語自体言えないですよね。


今まではエゴの強固な作り話迫真の演技で「貧乏」という概念を選択させられていただけだったのです。
宝くじが当たるかどうかは分かりません。しかし「貧乏」という概念、それに伴うエゴの作り話を終わらせる事はエゴに気付けばすぐに出来ます。






この部分、今の自分には響いたんですよね。
なんかめちゃくちゃエゴで生活してたんだよなぁって。
さっきからエゴエゴしか言ってませんけれど(笑)

ただ、でもそう感じているのもエゴなんだよなぁー。

本当、悩ましいというか何というか。
これはもう、慣れるしかないんだろうなぁ。
と言うわけで、2020年は実践に時間を費やします!!!