今日は、エゴの反応がとても対象的な二つのブログ記事に立て続けに出会ったことで、面白い発見がありました。
その二つというのは本当にくだらない内容なので詳細は割愛しますけれど笑
①はひたすら不快になり、
その後②【①を全否定する内容】を読んで
「わかるわ〜!!!」とスカッとして一気に不快な気分が一気に吹っ飛びました。
まぁよくある話ですね。
その一連の流れの中で、エゴの反応が対照的過ぎて自分でもビックリしちゃって
そこから
快とか不快って、
なにがどう決めてるんだろう?
ってことに疑問を持ちました。
①は嫌だけど、②は好きって
私の中の何に何が反応してそういう結論を出してるのだろうと。
そこで気づいたんですけど、感情には普段意識に上がって来ない『潜在意識』が関係してると言うこと。
つまり、①で不快になったのは
私が普段封じ込めている感情をブログに書いている人を見て羨ましくなって不快になったんだなってことと、
②を読んでスカッとしたのは、そんな鬱屈した観念に同調してくれる人が居てくれたからなんだろうという事がわかって
あー!
潜在意識ってこうやって投影されるのか!
感情が揺さぶられる事って全部が潜在意識からのメッセージなんだぁ〜。ということがわかりハッとしました。
だけど、次にわからなくなったのが
じゃあ行動をするしないの判断は何が決めているのか?
行動するしないの判断も潜在意識がやってるんじゃなかったっけ?という矛盾に気づき。
例えば、太るのが怖いけどケーキ食べちゃうとかっていうのは一体どういうことなんだろう?
太るのが怖いって潜在意識が警笛を鳴らしているのに
ケーキ食べちゃうってのは、ケーキに魅力を感じてその魅力に取り込まれる結果、食べちゃってるってことでしょ。
潜在意識はどちらにjudgeをだして結論を出しているの???
もっといえば、感情って潜在意識のどこに反応してんの?感情ってエゴなの?
行動は潜在意識のどこに反応してんの?
とかとか。
全然わからなくなりました。。。。
でも、そこで理解したのはザックリ言えば、
思考と行動は全く別次元で進行している。
つまり
思考と行動は同期するときもあればしない時もある。
だったら仕組みとして
「〜したいけど、出来ない」
ってのは大いにあり得るんだから、それについて思考で悩んでも仕方ないんじゃないか?
思考で行動はコントロール出来なくて当然なのだから、思考でとやかく言っても仕方ないんじゃないか?
ということで、今まで紐付いていた思考と行動の関係が、スパンと切れました
もっといってしまえば、「これが、思考はウソ」ってことなのか?
という気もしていて、自我と真我の分離できてきている気がします。
また進展があったら書き込みますね。