煎餅座布団の鬼嫁日記。

皆様、大変長らくお待たせしました。

数年ぶりに全記事を復活しました。

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稀勢の里。

両国国技館で大相撲夏場所が行われている。


11日目が終わった今日、日本人力士が優勝争いで単独トップに立っている。



稀勢の里(きせのさと)。


本名、萩原寛(はぎわら ゆたか)。



俺のかつての推しメンである。




稀勢の里を初めて見たのは6年前、2006年。


その年、俺は大相撲を初めて「生」で観に行った。



観戦メンバーは父、兄と、兄嫁の父、俺の4人。


俺の相撲知識は15年ほどストップしており、さすがに少しは勉強しようということで、

駅のホームでスポーツ新聞を買い込んでから現地入りした。



初めて見る大相撲。


朝一番で入場したこともあり、まだ体もできていないヒョロヒョロの兄ちゃん達の取組を見つつ、まずは弁当をたいらげる。


そして日本酒を飲みながらの観戦。



親父と俺はガンガン飲み続け、泥酔。


まだ観客の少ない場内に、親父の声援が響いた。


親父「相撲を休もう!ガハハハハ」



そして我々は爆睡した。




なんとなく周りが賑やかになったので眼を覚ますと、すでに十両の取組が始まっていた。


あれだけあった空席がほとんど埋まっている。



相撲好きの兄が言った。


兄「ここからは目が離せんぞ」



幕内力士達が土俵に上がる。


その時、場内に大歓声が響いた。



「稀勢の里~」。



それが、俺と稀勢の里との出会いだった。




いわゆるアンコ型の、いかにもお相撲さんタイプ。


赤ら顔のその力士は、口をへの字にして声援を受け止めていた。



パンフレットを見ると、まだ19歳。


そんなに若いのに、もう三役の「小結」を務めている。




相撲の番付では三段目や幕下、十両と色々な段階があるが、幕内では西と東の前頭がズラリと並ぶ。


前頭の中でも場所ごとの成績で番付が落ちたり上がったりの熾烈な争い。


そもそも相撲取りになっても幕内に入れるのはごくわずか、ほんの一握りだ。


ほとんどの力士はその下の十両に上がることもなく引退していく。


そして幕内に入る天才達の中でも強烈に強い力士が小結を、さらに強い力士が一番上の関脇を務める。


そんな戦いの中で最上位の関脇をキープしつつ、上位陣を相手に3場所で33勝以上を挙げるという偉業を成し遂げた者だけが「大関」に上がることができるのだ。



大関とはこれはもうとんでもない怪物でスーパースターなのであるが、さらにその大関で2場所連続で全勝優勝もしくはそれに近い成績を残すと、その力士は「横綱」になる。


「横綱」は存在自体がすでに伝説。


強すぎて手がつけられないから「横綱」になるのだ。



もしも横綱が勝てなくなったら。


たとえ負け続けても「横綱」の地位から下には落ちない。番付が落ちてまた横綱に挑戦、というわけにはいかないのだ。


大関は2場所続けて負け越せば陥落。


でもまた大関を目指して挑戦できる。



でも、横綱には道は2つしかない。


勝ち続けるか、引退するか。



横綱とは大変な地位なのだ。


横綱とすれ違えば道をお譲りし、最敬礼でお通り願わねばならない存在なのだ。



ちなみに、次に横綱になるのはやはり把瑠都だと思う。


把瑠都も初めて生で見たとき、「こいつはヤバい」と思った。


強い。いずれどんな力士でも歯がたたなくなるだろう。




そんな番付世界において、ごく稀に超特急で駆け上がってくる若者がいる。


しかし世の中はそんなに甘くはなく、大体は十両や幕内で一度成績が頭打ちとなり、出直し。


前頭でも上の方に上がると横綱や大関、関脇、小結など上位陣との戦いが待っている。



そこでボロボロになり、また下に落ちる。



調子を上げ実力をつけて番付を上げても、また上位陣に跳ね返される。


今現在でいえば、駆け上がる力士は高安。


高安はまだ若く、いずれ上位陣を倒す可能性を秘めている。





一度頭打ちになればまた稽古を重ねて少しずつ成績を残し、地道に番付を上げていくしかない。


本当に厳しい世界なんや、


という説明を、幼い頃に相撲好きの兄から散々聞かされた。



稀勢の里は十両昇進が17歳と書いてある。



兄は言った。


「こいつや。中卒で小結まで駆け上がってきた。これからの相撲は稀勢の里にかかっとる」



稀勢の里が取組で土俵に上がった。



場内は割れんばかりの大歓声。



まわりの観客が大声を張り上げて応援している。



知らなかった。



一発で魅せられた。



稀(まれ)なる勢いで駆け上がる力士。



稀勢の里。




その日から俺は、稀勢の里のためだけに大相撲を観るようになった。



場所が始まると毎朝、駅の売店で中日スポーツを購入。


場所中のみ連載される高橋治先生のコラム「私は見た!」を熟読するためだ。



文字からにじみでる、稀勢の里への愛情と期待。



テレビ中継では北の富士親方が、特別扱いともとれる解説で稀勢の里への想いを語る。


期待が大きいからこその叱咤激励。


「稀勢の里はこれではダメです」




舞の海も繰り返す。


「ただ勝てば良いのではありません。将来のために、内容にも注文をつけたい。稀勢の里ですから」




場所中は午後5時半頃から携帯でアクセスを繰り返し、稀勢の里の勝敗結果に一喜一憂。


土日は朝から稀勢の里の勝利を願って過ごし、午後5時半にはテレビの前に陣取って声援を送る。


手に汗を握り、必死に稀勢の里を応援した。




稀勢の里は本当に強い。


朝青龍や白鵬をたびたび負かし、優勝争いにからむ。


しかし同時に稀勢の里にはモロさも同居しており、どうにも歯がゆい。



一気に大関へ駆け上がるかと期待したが小結を維持することも難しく、また前頭数枚目からのやり直し。


番付は上がっては落ち、また上がっては落ちる。




思い出に残る取組が2つある。



ひとつは2007年7月。


ずっと関脇にいた琴光喜が、ついに大関昇進を決めた場所。


稀勢の里は前場所までの成績が悪く、西前頭6枚目まで番付を落としていた。


さすがに6枚目では手合い違いというやつで、番付周辺の対戦相手を実力で上回り、前日までに10勝4敗の好成績。



かたや大関陣をなぎ倒し、次場所からの大関昇進を決めた台風の目、関脇琴光喜。



こちらは前頭の6枚目。


本来は関脇のような上位力士とはまず当たらない。


が、その場所の稀勢の里の成績が良いこと、そして稀勢の里の人気から、琴光喜との対戦が組まれた。


千秋楽の注目カードとなったその取組は大歓声を受けての大相撲となり、西前頭6枚目の稀勢の里は、大関昇進を決めた関脇琴光喜を破ったのである。


その晩は俺にとってこの5年間でベスト3に入る最高の夜となり、勝利の美酒に酔った。




もうひとつの思い出は2008年。


小結に上がった稀勢の里は、千秋楽まで7勝7敗の五分。


同じく7勝7敗の関脇琴奨菊との対戦だった。


俺は朝から心の中で繰り返した。



稀勢、ここだぞ。



苦手の琴奨菊。



しかし他の上位陣は総崩れで、稀勢の里は次場所の関脇昇進が見えていた。


相手は今場所上位の関脇琴奨菊とはいえ、同じ7勝7敗。


稀勢の里が直接対決で琴奨菊に勝てば、次場所は初めて東の関脇になるはずだ。


大関と横綱を除けば角界ピラミッドの頂点に立ち、そしてついに大関への挑戦が始まる。


稀勢、今日はお前の人生がかかった大一番だ!



稀勢の里はそれまでここ一番、正確には俺がここ一番だと勝手に思った取組で、いつもスコーンと負けていた。



頼む。稀勢。


今日は頼むぞ。勝て。



俺はあらん限りの力を振り絞り、テレビの前でこぶしを握りしめて声援を送った。




しかし、稀勢は負けた。



琴奨菊得意のがぶり寄りに稀勢の里があえなく土俵を割ったとき、俺の中の稀勢の里とはかくあるべきという何かも、土俵を割った。


その、稀勢の里とはかくあるべき、は2006年から俺の中に棲み続けていたのであるが、この日初めて俺はそいつと正面から対峙し、そしてその存在は、消えた。



俺は兄の言葉を思い出していた。


「どこかで必ず頭打ちになる。本当に厳しい世界なんや」



その晩は俺にとってこの5年間でワースト3に入る最低な夜となり、やけ酒を飲み続けた。




稀勢の里とはかくあるべき、を失った俺は角界と稀勢の里への興味が遠のき、場所がいつ開催されているかも気にならなくなってしまった。




2010年、ニュースで稀勢の里を見た。


横綱になった白鵬が連勝を続け、なんと63連勝。


その連勝を、稀勢の里が止めたという。


実況アナの声が流れる。


「白鵬の連勝は63でストップ!止めたのは稀勢の里!やっぱり稀勢の里!」




そうか。


稀勢、がんばっとるな。


そうや、一発の力はあるもんな。


白鵬を止めるとしたら、稀勢の里やもんな。



俺は稀勢の里に心から賛辞を送った。




しかし63連勝という桁外れな成績を残す横綱白鵬に勝ったと聞いても、そしてその後、稀勢の里が大関に昇進したというニュースを知ってもまだ、俺の中に「稀勢の里とはかくあるべき」が再び生まれることはなかった。


露鵬や白露山、朝青龍や琴光喜たち当時の上位陣が、理由はどうであれ番付から姿を消した今の角界。


敵が減ることにより番付は上がっても、稀勢自身の実力は変わっていないのではないか。



俺の、稀勢の里とはかくあるべき、は一時とはいえ本当に特別なものだった。


それは情熱であり、希望であり、生きがいであった。


だからこそ、一度消えたそれが再び生まれることはなかったのである。







今週に入り、稀勢の里の名前をよく耳にするようになった。


横綱白鵬が骨折。


琴奨菊を倒した。


今日は琴欧州も撃破。


稀勢の里は星2つリードし、優勝争いの単独トップに立っている。





稀勢の里。



稀勢。



俺の稀勢。




おそらく、俺の中に「稀勢の里とはかくあるべき」が再び生まれることは、もうない。




しかし今週末は、稀勢の初優勝を肴にして酒を飲みたい。



高橋治先生、北の富士さん、舞の海さん、デーモン小暮閣下、そして元横審の内館牧子さん。



あれから、稀勢の里を見守っていただいてありがとうございます。



それぞれ場所は違いますが、みんなで祝杯をあげましょう。





今度の週末、夕方5時。


俺は久しぶりにテレビの前に陣取ろうと思っている。





蛍光灯。

昨日のアクセス数、48件。





台所の部屋の蛍光灯が切れそうだ。



晩飯の間、ずっとチカチカしている。





煎餅「蛍光灯くらい買ってきてくださいよ」



鬼嫁「わかっとる」





今日も機嫌が悪いようだ。



怒らせてはいけない。





黙って食事を続ける。





パッ、パッ、パッ、パッ。





ついたり消えたり、ついたり消えたり。





あかん。



我慢できん。





煎餅「ねぇ。これすげぇ気になるわ」



鬼嫁「うるさいな男のくせに。黙って食べれんのか!」





ひいいっ。いかんいかん!



もうやめとこう。





再び黙って食事を続けると、鬼嫁がこう言った。





鬼嫁「ディスコやと思え。ディスコは電気がチカチカしとるやろ。これも演出や」





2011年 5月。



鬼嫁とディスコで、ふたりきり。








外泊。(後編)

昨日のアクセス数、23件。

<連載のため、前編を先にご覧いただきたい>


鬼嫁が朝食を作る音で目が覚めた。


携帯を見ると時刻は午前 6時。

ふぅ。

なんとか生きたまま朝を迎えることができたようだ。


冷えきった体にムチを入れ、立ち上がる。

雪で全身真っ白だ。


ドンドン!ドンドン!

台所の窓を叩く。

鬼嫁の影が映っているが、応答はない。


煎餅「おい!僕です。おい!」

鬼嫁の影が映る窓に向かって話しかける。

母屋に聞こえるとまずい。

あまり大声は出せない。


煎餅「おい。もういいやろ!開けろ!開けましょう。早く。」

反応はないが、ガラス越しに鬼嫁の影が見えている。

聞こえているに決まっている。無視しているのだ。


段々腹が立ってきた。

こんな大雪の日に旦那を締め出し、朝になっても家に入れないつもりか!


煎餅「こら!お前いい加減にしろ!外やぞ!外で寝たんやぞ!お前なに考えとるんや!開けろ!!」


鬼嫁は全く反応せず、ひたすら朝食を作り続けている。


煎餅「おい!もういいやろ!寒いんや。死んでまうんや!開けろ!」


まったく応答がない。


プツーン。

煎餅の心の中で、静かに糸が切れた。


もうやめよう。終わりにしよう。


煎餅「おい。俺、行くわ。いいな」


返事はない。


煎餅は駅に向かって歩き始めた。


離婚しよう。

さすがに限界。

これまでよくがんばった。

並の男ならとっくに別れている。

自分で自分をほめてやりたい。


その時、頭に雪を積もらせて歩いていた煎餅の頭上で、奇跡が起きた。

離婚。

それを決意したとたん、雪がやんだのだ。


あれ、なんか空が晴れてきた。

ていうか、心も・・?

軽い。足取りが軽い!

なんか、ちょっと!

この自由な感じ、懐かしいよ!!


そうだ。

煎餅は元々、自由な次男坊。

社会人になってから結婚するまでは、実家が遠く通勤が大変だった。

終電も早いため、ほぼ毎日サウナ暮らし。

月火と飲んでサウナに泊まり、水曜日に帰宅。そして木金と飲んで土曜の昼にラーメンを食べて帰宅。

これが当時の規則正しい生活スタイルだったのだ。


よっしゃ!今日からまたサウナに泊まろう!

冷えた体をゆっくり温めてあげよう!


ブルブルッ。

鬼嫁から着信アリ。


鬼嫁「おい!お前どこにおるんや。帰ってこい」

煎餅「自分が家にいれんかったんやろ。どこで寝たと思っとるんや!」

鬼嫁「知っとるわ!窓の外からお前のいびきが聞こえてきて、うるさかったんじゃ!」

煎餅「いびき?お前、俺があそこで寝とるの知っとったんか!

まあいいわ。おい、離婚したいんやろ。仕方ないで離婚したるわ!

お前から言い出したから慰謝料は無しやぞ」

鬼嫁「面白いな、お前。面白いやんけ!うちのお父さんやお母さんの前でもそれ、言えるんか!」

煎餅「とりあえずお前から伝えといてくれ。当分はサウナに泊まる。
今後は弁護士さんから連絡させてもらうわ」

鬼嫁「おお!言ったな、お前!よーし、離婚や!」

煎餅「そうや。離婚や」

鬼嫁「よーし。よう言った。絶っ対離婚する」

煎餅「では、さようなら」


やった!

イエーイ!!

離婚だ離婚だ♪

ワッショイ!ワッショイ!!


駅に着いて電車に乗り、女子高生の隣に座る。


ムフ♪


俺は、独身男性フカフカ座布団。

恋愛も自由なのだ!


そうだ!セカンドライフのはじまりだ!

俺は自由人。

土日だって、好きなところに行けるんだ!


京都に行こう。

京都のお寺をゆっくり観てまわりたい。

ついでに各宗派の坊さんに、人生で一番の修行は結婚だと教えてあげよう。


ランラランララーン♪

軽やかなステップで出社し、デスクに座る。


ププッ。

誰かに話したい衝動を抑えて勤務していたその時、煎餅の携帯に鬼嫁からメールが届いた。


『離婚や。許さん。絶対離婚する』


おいおい。何や今ごろ。当たり前やがな。

ていうか、弁護士さんを通してもらわんと。


俺は、返信メールを作成した。


『了解』。


はい、送信。

これでよし。


よっしゃよっしゃ。

お互いに離婚の意志を再度、確認完了。



フンフーン♪フフフンフーン♪



ブルブルッ。


鼻唄まじりで仕事をしていた煎餅の携帯が、シバリングを起こした。


鬼嫁からメールを受信。

なんや、しつこいな。




『離婚はしない』



えっ!?



『離婚はしない。

離婚してもお前が喜ぶだけ。

お前だけ楽はさせない。

絶対に離婚しない。

一生、苦しめてやる』




2010年12月。

煎餅の心に、雪が積もり始めた。


完。





外泊。(前編)

昨日のアクセス数、58件。

2010年12月。

夜 7時。

その日は大事な接待があり、遅くなりそうなので鬼嫁に電話した。

煎餅「終電に乗れなければタクシーで帰ります」

鬼嫁「知らん。約束は守れ」


鬼嫁憲法 第 9条。

『帰宅が深夜12時を越えたら離婚』


煎餅「とにかく遅くなりますから」


深夜 2時。

飲み続けていた煎餅の携帯がブルッと震えた。

鬼嫁からの着信である。

鬼嫁「おい!ボケ男!お前いま何時やと思っとるんや!夜中の 2時やぞ!ボケんな!今すぐ帰ってこい!」

煎餅「わかってます。もうすぐ終わります」


深夜 3時30分。

ようやくタクシーで帰宅。

鍵を開けて入ろうとして、驚いた。


開かない。

深呼吸してもう一度解錠してみる。

ダメだ。鍵の問題ではない。

つっかい棒だ。


あわてて鬼嫁の電話にコールしてみるが、出ない。

何度も何度も電話してみる。やはり出ない。

何故だ。遅くなったのは申し訳ないが、遊びで飲んできたわけではない。

仕事だ。しかも事前に電話で連絡したのに。


裏手にまわり、寝室側の雨戸を叩く。

ドン!ドンドン!


応答なし。


この日は夕方から雪が降り続き、極寒。

煎餅はスーツにコート1枚。マフラーはしていない。

煎餅の頭にはすでに雪が積もり始めている。


ブルブルッ。

携帯ではない。

寒さで体温が下がった際、身震いなどにより熱を発生させ、体温を保とうとする生理現象。

これを「シバリング」という。

シバリングの持続は通常 2時間が限界。

それを超えると筋肉の震えは停止し、たちまち体温が下がり始め、やがて死に至る。

(週刊少年ジャンプ 人気漫画「トリコ」より抜粋)


いま、午前4時。朝までギリギリもつかどうか・・。


ガチガチガチガチ。

さむい。ものすごく寒い。

ガチガチガチガチガチ。

アゴの動きが止まらない。


どうしよう。

どこで寝よう。


煎餅の車は駅においてある。鬼嫁の車は自宅にあるが、鍵は家の中だ。

かといって玄関で寝るわけにはいかない。

朝 5時になれば鬼嫁の両親が起床し、朝食を食べ始める。

義父母にみつかれば余計にややこしくなる。母屋から発見される場所では、寝られない。

夏なら地面でも寝れるが、雪のせいでドロドロである。


もう疲れた。

急に睡魔が襲ってきた。


自宅裏の雨戸の下に、ほんのわずか、肩幅にも満たないトタンのスペースを見つけた。


煎餅座布団の鬼嫁日記。-168_1_L8520558.JPG


細長いが、なんとかして横になりたい。


半身になる。

ダメだ。

雨が溜まらぬよう角度がついている。

体を留めることができない。

今度は仰向けになり、右足を地面に下ろす。

右肩は空中だが、これならなんとか寝れそうだ。


さむい。


カサッ。カサッ。

黒色のコートに白い雪が次々と舞い降り、結晶の華を鮮やかに咲かせていく。

美しい。

人間万華鏡だ。


再び仰向けになり、目を閉じる。


小学生の時に実家の母が言っていた。

テレビで放送された大学生の我慢大会。

優勝したのは東大生だった。


母「さすがやわ。楽しいことだけやりたいのは誰でも同じ。

でも人より我慢できたから、東大に入っとるんやね」



母ちゃん。

僕、今なら東大に入れそうです。



2010年12月。

煎餅の体に、雪が積もり始めた。


<後編につづく>



紙吹雪。

昨日のアクセス数、4件。



朝の通勤ラッシュ。



電車の定期券を出そうとした男のかばんから、1枚の紙吹雪が舞った。





紙吹雪は冬の風に乗り、駅のホームを駈け抜けてゆく。



男はそれをただ黙って見つめていた。





男の名は煎餅。



これは紙吹雪にまつわる、つらくて悲しい物語。







2010年12月11日(土)20時。



この夜、私は中京スポーツを畳に広げて読んでいた。



鬼嫁は隣の寝室で次男を寝かしつけている。



あくびをしながら海老蔵事件の記事を読んでいたその時、おもちゃで遊んでいた長男が私に近づき、新聞を指差し、こう言った。



長男「おっぱいや」





その瞬間、ふすまの向こうから怒声が飛んだ!



鬼嫁「なんやと!お前なに見せたんや!!持ってこい!今見せたのこっちへ持ってこい!」



私はあわてて長男に目配せをしながらごまかした。



煎餅「はは。プロレスですよ、新日です。なぁ?」



長男「プロレスじゃない!女の人やった」



鬼嫁「どれや!見せてみい。これじゃないやろ!嘘をつくな!」



長男「違うよ。こっちの、もっとこっちの、えぇと、これや!」





『つんく推薦!悩殺Fカップ娘。』





水着姿の女性が前かがみになって胸を強調し、にっこり笑っている。



鬼嫁は次男を布団に下ろすと、怒りに震えながら突進してきた!



鬼嫁「うわあああ!なんでなんやてお前は!お前それが父親のやることかボケ男!キイイイイ!」





煎餅「おおおお」



鬼嫁は拳を固めて何度も何度も縦に振り下ろしてくる。





今日は左肩への鉄拳が激しい。



ドーン、ドーン。



丁寧にショルダーブロック。



鬼嫁「もう別れる。絶っ対に別れる!」



続いて鬼嫁得意のケンカキックが始まった。



右肘でエルボーブロック。



鬼嫁のスネにダメージがあるはずで大事にならないかと一瞬心配したが、大丈夫のようだ。





鬼嫁「実家に電話しろ!絶対に許さん!もう嫌や!お前だけは嫌なんや!うぅぅ。」



鬼嫁は落武者のように髪を振り乱しながら、煎餅を蹴り続ける。



煎餅「ぐぅ!電話なんかできるか、親に迷惑はかけられん!ぐぅ!暴力はあかんて!やめろ!子供が見とるやろ!」







…15分後。





煎餅「もしもし。夜分すみません。煎餅です」



実母「なんや煎餅か。お父さんは村の寄り合いに行っとるわ。どうかした?」



煎餅「実はこれこれしかじかで…。またやってしまいましたわ。



もちろんすべて私が悪いんですが。えぇ。家を出て行けと。



夫婦喧嘩は犬も食わんと言いますが、今度実際に犬を飼って食わせ…」





鬼嫁「ドン!お前は!なんでそうやって茶化すんや!いちいちいちいちいちいち!いっつもごまかしてボケ男が!うぅ。離婚や!絶対に別れる!」



煎餅「ぐわっ!いえ!大丈夫ですよ。俺が悪いん、ぐわっ!」



実母「あんたのやることは軽率や。失礼や。鬼嫁さんが子供を一生懸命育てようとしてみえるのに。



相手の気持ちを考えなあかん。鬼嫁さんが怒るのも無理ないよ。





…あんた殴られとるんか…。



(ぐわっ!)





殴られとる…。グス。





なぁ、あんた今日はこっちに帰ってこやぁ。あんたが寝る場所くらいあるよ」





煎餅「いやご心配なく!仲良しですから。ぐわ!いや、間違えました。仲悪いです!ぐわ!ちょっと待て、どっちが正解や!



あの、ということでどうも、お騒がせしました!おやすみなさい。ぐわし!」







…30分後。



鬼嫁「もっとや!もっと細かく破るんや、こんな新聞!ちぎれ!よし、これをかばんにつめたる」



煎餅「あわわ!ちょっとやめて!あかんて!ああああ」





煎餅座布団の鬼嫁日記。-NEC_2037.jpg






私は冬の風を受けながら、駅のホームに立っている。





ふと見上げれば、澄んだ青空。





それはまるで出産前の鬼嫁の笑顔のような、曇りのない青空だった。






入れず。

今日は大事なお客さんとの飲み会。

どうしても終電に乗れず、深夜3時、いまタクシーで帰宅。


玄関の鍵をカシャンと開けて入ろうとしたら、ガツーンと音がした。


つっかい棒がしてある。

中に入れない。


2010年8月。

玄関前で、空を見上げている。


昼イチ!(後編)

連載のため、先に〈前編〉をご覧いただきたい。


思わずうなりそうになるのをこらえて平静を装う。


野菜カレーの300。


そうだ。

トッピングは2つ以上、辛さは2辛以上は必要だと誰が決めた?

そうだ。そうなのだ。

作品づくりは自由。無理やりトッピングや辛さを増やす必要などないのだ!

そして300グラム。

ココイチは企業として研究した結果、レギュラーを300グラムにしたのだ。

煎餅は、知らず知らずのうちに作品づくりに額縁をはめてしまっていた自分を恥ずかしく思った。


『70歳の地図』。


作品名を口にするだけで、爽やかな風が吹き抜ける。

一見何のひねりもないようにみえるこの作品こそ、70年(推定)という歳月をかけ、目一杯に広げた可能性の中から己を見出だした、社長渾身の一品だ!


社長、素晴らしい!

僕は初めてあなたを尊敬しました!


社長はスプーンに巻かれた紙袋を丁寧に外すと、
披露を終えたばかりの作品をルー:ご飯=6:4の割合で掻き込み始めた。


64(ロクヨン)のアンダースローか。

煎餅はカレーを食べる際、ルー:ご飯=7:3の割合で、斜め上からスプーンを振り下ろす。右のオーバースローの本格派だ。

トッピングにチーズを採用する人はオーバースローを好む傾向がある。
社長のようなアンダースローも多いが、どうしても伸びたチーズの紐を切りにくいのだ。

煎餅はトッピングにチーズを採用する以前からずっと73(ナナサン)のオーバースローでやってきたし、
今後も変えるつもりはない。

いつか年をとって右手の感覚が鈍り、オーバースローではうずらの卵を拾えなくなるようなことがあれば話は別だが、今のところその心配はなさそうだ。


それと、もうひとつ。

スプーンに巻かれた紙袋を丁寧に外していたが、素晴らしいと思う。

カレーを愛すなら、スプーンから。道具を大事にする気持ちがカレーを育てる。

ちなみにゴルフでは3番ウッドのことをスプーンと呼ぶが、煎餅はゴルフ場で同伴者が「キャディさん、スプーンを!」と言う度に、ココイチを思い出している。


カチン、パクパク、カチン、パクパク。


なかなかの食べっぷりだ。


初めてみる経営者の食べっぷりに見とれていたその時、煎餅はある事実に気づいた!


福神漬けを入れていない!


多くのファンに愛される福神漬け。しかし煎餅は、15年ほど前からココイチのカレーに福神漬けを入れなくった。

これは個人の好みの問題だが、ココイチの福神漬けは、ルーの風味を消してしまうように思えるからだ。


社長!わかってますね!!


しかし福神漬けは野球でいえばピッチャーが使うロジンバッグ。
これがないと「間」の取り方が難しい。食べ方がどうしても単調になり、味わって食べることができなくなる。

煎餅もかつて福神漬けを絶った頃、この現象に悩まされた。ここでスランプになり、あきらめて福神漬けを入れてしまう人も多いはず。

福神漬けを使わなくても相手をこちらのペースにし、打たせてとるピッチングを取り戻す方法がひとつだけあるのだが…


カチーン、パクパク。

グビグビ。


社長がグラスの水を飲んだその瞬間、煎餅は思わず自分の膝を叩きそうになった!


こ、この人、わかっとる!!


水だ。


知者は、水を楽しむ。


カレーを食べる時に水を飲まないという風習。

これをいつ誰が始めたのかは知らない。しかしココイチファンの多くが、カレーを食べ終えるまで水を飲もうとしないのではないか。

だがカレーを食べながら飲む水こそ、ココイチの味を引き立たせる極上のスパイスなのだ!


煎餅は左隣で水を楽しむココイチ芸人に「ココイチマスター」の称号を授けた。


店員「おまたせしました。うずら、チーズにパリパリチキン、5辛の200グラムです」

煎餅の作品『懸河のドロップ』がやってきた。

煎餅はスプーンに巻かれた紙袋を丁寧に外すと、73(ナナサン)のオーバースローで掻き込み始めた。


なんだ、この作品は。

恥ずかしい。

所狭しとトッピングが載せられ、まるで奇形ではないか。


煎餅が『懸河のドロップ』あらため『翼の折れたエンジェル』を半分ほど食べたところで、
隣のココイチマスターが自分の作品を食べ終えた。

そうか。

一緒に店を出るのもアレだな。


そう思ってペースダウンしようとした瞬間、煎餅の体に電流が走った。


伝票を隠さなければ!!


絶対におごってもらってはいけない。

こんな歴史的敗戦を喫し、さらにカレーをご馳走になれば、ココイチ会のいい笑い者だ!


煎餅はカウンターの中央に自分の伝票を見つけると素早く回収し、食器の右下に滑り込ませた。

よし、これで大丈夫。

伝票を渡さなければ支払いをされる心配はない。


ココイチマスターが作品を食べ終えた。

煎餅の方はまだ3分の1ほど残っている。

ココイチマスターは水を飲みながら、炊飯器をじっと見つめ始めた。


時間差をつくるためスローペースで食べていた煎餅は、ここであることに気づきゾッとした!


まさか、お茶に誘おうとしているのか??


勘弁してくれ!


そもそも煎餅はココイチマスターとほとんど会話をしたことがない。
3ヶ月に1度、エレベータで一緒になった時に挨拶するくらいだ。

いくら今日ココイチで時間を共有したとはいえ、それはそれ。一緒にお茶など行きたくはない。

経営者と現場の社員が話しても、どうしても誰か他の社員の悪口になりやすい。

しかも煎餅は性格上、経営者の悪口を経営者本人に言ってしまう恐れがある。


しかし、なんたる思いあがりか!


最初はお茶に誘うどころか、挨拶さえも迷った関係だったではないか。

そのあと『70歳の地図』に対する煎餅の眼差しに気付き、ご機嫌になったというのか。

確かに今日、煎餅は敗北者だ。

しかし、「まだまだ若いな、なぐさめてやろうか」的なその上から目線、絶対に許せんぞ!

ココイチでは毎日、勝者と敗者が交差する。

たった一度の勝利で相手を見下すなど、カレー超人の風上にもおけん奴だ!


煎餅は隣の経営者から、ココイチマスターの称号を剥奪した。


社長は一向に帰る素振りを見せず、ただ炊飯器を見つめて煎餅が食べ終わるのを待っている。

煎餅は懸命にペースをおさえ、時間を引っ張り続ける。


断るんだ。

絶対に断る。

幸い煎餅は営業だ。まだランチタイム中なのにどうして行けないのかと聞かれたら、
午後一番にアポを入れていて今から向かうといえば良い。


この後アポがありまして。


煎餅は心の中でこの台詞を繰り返し練習した。


そして…

煎餅のカレーライスがほとんどなくなりかけたその時、ついに社長が自分の伝票に手をかけ、こちらを向いた!


きた!断れ!

この後アポがありまして!

この後アポがありまして!



社長「じゃ、お先に」

煎餅「あ、はい」


社長はゆっくりと立ち上がり、会計のレジへと歩いて行った。


バカな。

すべては煎餅の勘違い。社長はココイチファンには欠かせない後戯、『余韻』を楽しんでいたのだ。


社長、あなたは完璧です!

勝手に勘違いしてしまい、誠に申し訳ありませんでした!


煎餅は会計を終えて店を出ていくココイチ芸人に再び、「ココイチマスター」の称号を授けた。


今日はありがとうございました。

よかったらまた来てくださいね!



残りのカレーを食べ終え、会計を済ませ店を出る。

今日も暑い。

日中の気温は35度を越えるだろう。

しかしココイチのカレーは疲れを吹き飛ばし、全身にパワーをみなぎらせてくれる。


煎餅はあらためて思った。

ラーメン、そば、うどん、色々あるけど…

やっぱり、ここが一番や。
(完)


昼イチ!(前編)

2010年7月27日。昨日のアクセス数、19件。

いらっしゃいませ。お一人様ですか?

ここはオフィス街にあるCoCo壱番屋。

今日もランチはココイチのカレーライスだ。

店内は混んでいたが、カウンターに1席だけ空きがあった。
ルンルン気分で空席に近づき腰掛けようとした瞬間、左隣の客を見て体が固まった。


社長だ。

我が社の社長だ。


庶民派で売る我が社の社長(推定年齢70才)がココイチのカウンターに座り、カレーライスを待ちながら
目の前の炊飯器をじっと見つめている。


まだ間に合う。逃げよう。


あわててカバンを持って立ち去ろうとすると、水とスプーンを持ってきた店員が行く手を阻んだ。


店員「あれ!?どうされました?」


大きな声。カウンターに座るお客達が何事かと一斉にこちらを見た。

仕方がない。俺はしぶしぶ社長の隣の席に戻った。


社長は間違いなくこちらに気付いているはずだが、その視線は相変わらず炊飯器に注がれている。


店員「お客さま。ご注文はお決まりですか?」

ここ最近、煎餅が食べるメニューはいつも同じ。

通常よりも100グラム少ない200グラムに、うずらの卵とチーズをのせて3辛にしたカレーライスだ。


煎餅「200で、」

と言った瞬間、社長の肩がピクリと反応した!


この夏、煎餅の会社は夏期賞与の額を減らした。

社長は、社員がココイチでレギュラーの300グラムを注文できないほど困窮した生活を送っているのかと
驚いたのではないか。

ボーナスを減らされた身としては、社長に対する嫌味でお子さまカレーでも注文したいところ。

しかしその経営者がステーキでも食べているならともかく、煎餅と並んでココイチで昼飯を食べている始末。

煎餅の勝手な見解だが、社長たるものカレーが好きなら毎日高級ホテルで2500円のビーフカレーランチを食べて欲しい。

社長がひとりココイチでランチでは、夢がない。

経営者は社員に夢を見させるべきだ。

仮に煎餅が社長なら、社員が行く可能性のあるココイチで昼食は食べない。どうしてもココイチが食べたいのなら、休日に自宅で宅配をとる。

だいたい社長がなんでこんなところにいるのか。ここは俺の店だ!


俺は少々イライラしながら、注文にひねりを入れた。

煎餅「で、うずらに、チーズとパリパリチキン。5辛で。それから、らっきょうをひとつ」


社長は無反応で炊飯器を見つめたままだが、煎餅の勢いのある注文に度肝を抜かれたに違いない。

200グラムで低めの直球とみせかけておいて、トリプルトッピングと5辛のホップで体をのけぞらせ、
らっきょうで落とす三段ドロップ。

まるで戦前、大リーグ選抜チームを手玉に取った大投手・沢村英治の代名詞「懸河(けんが)のドロップ」だ。


注文を終え、コップの水をグビグビ飲んでスターンとテーブルに置いたとたん、ある事実に気づいてゾッとした。


いま、何時?


営業部員である煎餅。

今日は朝から車で遠方に出かけ、昼飯をどこで食べるか迷いながら帰ってきた。

わりと早くからお腹が減り、マクドナルドの前でどうしようかと思って一瞬ブレーキを踏んだのが、
たしか11時くらいだったと思う。

なんだかんだで会社の車庫に営業車を駐車し、ラーメンにするかカレーにするか迷いながらプラプラ歩いてココイチへ。

今はおそらく11時40分くらいか。

昼食の時間が前後しやすい営業職とはいえ、社長の前で昼飯を食べるにはちょっと時間が早すぎないか。

煎餅は着信を確認するふりをしながら携帯を見た。


12時01分。

よかった。

社長、ランチタイムです。


12時より前だったとしても社長自身その時間に店に来ていたのだからいいのではという意見があるかもしれない。

しかし社長は経営者。

自分のことは自分の都合でなんとでも言える。

こういう場合、立場が低い方が圧倒的に不利なのだ。

自分の立場が大丈夫だとわかったとたん、また新しいイライラが沸いた。

社長はなんでこんなに早い時間に会社を出てココイチにきているのか。
内勤のみんなは12時ギリギリまでがんばってるのに。

煎餅は自分のことを棚に上げて怒りに燃えた。

先に出てきたつまみのらっきょうをポリポリ食べながら眼球だけを動かし、左隣に並んで座る社長の顔を見る。

社長は相変わらず炊飯器をみつめている。しかし、こちらに気付いていないはずはない。


ポリポリポリ。

社長、気付いてますよね。


煎餅はたかが一社員。

しかし社長といえば社員にとって親も同然。親子のようなものだ。人としてお互いに挨拶くらいはした方が良くはないか。
たしかに今さらで面倒くさいし向こうも挨拶をしてこない。このまま知らんぷりでもいいのかもしれない。
でもこのあと社長のカレーが出てきた時にどうする。

ココイチでは暗黙の了解で、他人が注文したカレーを芸術作品とみなし、お互いにその出来栄えをチェックする、いわばお披露目の時間がある。

社長の作品が披露されたその時に、煎餅ひとりがあさっての方向を向いていたら…。

社長も推定年齢70才で単身ココイチに乗り込んでくるほどのココイチ芸人。自分の作品にはかなりの自信があるはずだ。

こいつはワシの作品を見なかった、ワシを無視しよったと気分を害するかもしれない。

しかも煎餅は営業部員。
こいつは営業のくせに挨拶もできんのか、下の人間から挨拶してくるのが礼儀じゃないか、と思われる可能性もある。

さらに、我々がいま座っているのは公園のベンチではない。ココイチのカウンターなのだ。これから同じ釜の飯を食うのだ。

34年間生きてきた経験と知識をフル稼働させ、そろばんをはじく。
挨拶しない、挨拶する。この状況では、6割方、挨拶をした方が良いように、煎餅には思えた。

しかし挨拶するにしても、雰囲気づくりがかなり難しい。

ここは、「アッ!社長??今気が付きました!」という感じでいくしかないだろう。

よし、これでいこう。


先ほどから読むふりをしてめくっていた「お中元ココイチ」のパンフレットを閉じ、元の位置に戻す。

大きく深呼吸し、まずはゆっくりと右を見て店内の様子を見渡す。

それから何気なしにという感じで左を向き、アッと驚き声を絞りだした!


煎餅「お疲れさまです」

社長「お、おぉ。」


社長は、ワシもビックリやという感じでそう言うと、また目の前の炊飯器に視線を移した。


ふぅ。

社長に、貸しひとつ。


大きな仕事を終えてホッと一息つこうとした時、煎餅の胸に不安がよぎった。


社長の作品は、何だ!?


仮にも企業の経営者。金銭的な制約はないはずだ。

しかし、煎餅の本日のメニュー『懸河のドロップ』は、部下としては少々出しゃばりすぎているのではなかろうか。

最初から社長の作品のことまで考える余裕があれば、200グラムでうずらにチーズの3辛、『夏の日の2010』をそのまま出品したかもしれないがもう手遅れ。

あとは社長の作品の出来がこちらの作品を上回るのを祈るのみだ。


社長。がんばって。

企画力をみせてください!


店員「おまたせしました。野菜カレーの300です」


俺は目をみはった。


〈後編に続く〉


酒よ。

2010年2月26日。昨日のアクセス数、16件。



息子「ママ!パパがまたダラッとしとるよ」



4才になった息子が、鬼嫁に言いつけた。





鬼嫁「またか。ダラダラするなって言っとるやろ!同じことを何回言わせるんや!家でも気を抜くなよ!」



息子「パパいつもや。ここを自分の家と間違えとるやろ」



煎餅「そやな。ごめん。パパまた間違えとったわ」





鬼嫁が異動になり、鬼嫁実家の離れに引っ越して1年。

家をお借りしている煎餅亭主の身でダラッとしてしまい、申し訳ない。





煎餅は先日、故郷に住む母親の携帯に、誕生日のお祝いメールを送信してみた。



すぐに返信がきた。





母 「昨日です」



あわわ。





煎餅 「冗談ですよ」



母 「いいですよ。ありがとう。予定日は決まりましたか?」





そう。



まもなく、煎餅家に家族が1人増える。





問題 :なぜ煎餅家に家族が増えるのか。次の①~③の理由のうち、正しいものを1つ選びなさい。



①コウノトリが運んできたから。

②そこに愛があったから。

③そこに酒があったから。



正解は、②、です。




動物園。

昨日のアクセス数、7件。



先日、煎餅は家族3人で初めて動物園に行った。



ライオン、キリン、ゾウ。息子に動物達を見せてあげるのだ。





息子「パパみて!ぞうさんやよ!おっきい!ぞうさんおっきいね!」



煎餅「はは。おっきいやろ。これがぞうさんや」



鬼嫁「ちょっとこっち向いて!写真とるで。息子くんもこっち向いて!」



煎餅「こら!子供が初めてぞうさんをみて感動しとるのに。ゆっくり見せたれ!写真なんてどうでもええわ!」





鬼嫁「なんやと?いま怒鳴ったな!おい!お前いま私を怒鳴ったな!もういい。帰る」



煎餅「いやいや、写真より子供の感動を…」



スタスタと入園口へと歩き出す鬼嫁。



息子「ママぁ!待って!うわぁーん」



鬼嫁はずんずん歩き、さきほど入ったばかりの入園口から退出。警備員が目を丸くして驚いている。



煎餅「ちょっと夫婦喧嘩でして。すぐに戻ります」



煎餅は警備員にそうささやき、動物園を出て交差点で信号待ちをする愛妻に近寄った。





煎餅「すみません。ちょっと興奮してしまって。戻りましょう。お願いです。息子くんのために戻ってください」



鬼嫁「お前が悪いんやろ!絶対戻らん!お前さっきわたしを怒鳴ったな!ボケ!このボケ男!」



休日の朝、動物園の入園口にこだまする鬼嫁の叫び声。



人目を避けようと交差点横にある駐車場へ逃げ込んだ煎餅に、鬼嫁が襲いかかった。







ドカバキ!ドンドン!



鬼嫁「このボケ男、この、この腕、ちぎったろか!」



煎餅「いたたたたたたた」



息子「ママやめて!わぁーん」





30分後。



煎餅「どうもご心配をおかけしました。無事、仲直りしました。もう一度入ります」



警備員「次回からは事前におっしゃってください。再入場券をお渡ししますから」







その晩、義父母とみんなで食事中。



息子「ねぇじいちゃん!動物園でね、ライオンが昼寝しとったよ」



義父「そうかね。昼寝しとったかね。ええもん見せてもらったねぇ」



義母「あれ?まぁ!煎餅さん、それ、腕をどうされました?えらい怪我されて!…まさか?」



息子「あのね!ばあちゃん!ママがねぇ、パパをこうやって、この!この!って、殴ったんやよ」



義母「まぁ鬼嫁!あんた何てことしとるの!」



鬼嫁「自分が悪いんや。私を怒鳴ったんや!ボケ男が」



義父「怪我さしたんか!お前は何をしとるんや子供の前で!アホと違うか!」



煎餅「大丈夫です。すみませんでした」







傷ついた右腕をさすりながら、息子と一緒に風呂に入る。



息子はもう3才。



こんな姿を見せてはいけない。



子供の前で夫を殴るなど、絶対に許せない。





俺は一体、何なんだ。





動物園では土下座までさせられて。





俺は父親だ。



この子の父親だ。



こんなことで何が夫婦だ!



こんなことで何が家族だ!





俺は風呂から上がると、タオルを床に叩きつけて叫んだ!



バン!



煎餅「くそッ!!」





鬼嫁「なんやそれ!おい!嫌なら出ていけ!今すぐ出ていけ!」



煎餅「いや、ちょっと自分にムカついて、うわっ、おおおおお」



息子「ママやめて!わぁーん!パパぁ!パパぁ!」





ガラガラ、ピシャッ!







パンツ一丁で、追い出された。





煎餅座布団の鬼嫁日記。-NEC_0390.jpg



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