なるほど...
という深い納得が得られた。
長い間迷走していた私の
お金に関する考えの負の部分が解明された。
良かったけど
困ったかも。
元々の気質は
決してお金が汚いものであるとかの思いもないし
お金を頂くことの抵抗感も無い
お金を喜んで使うことも出来る。
でもなぜか
お金の存在に負の感情を抱くことも多く
現実を生きるのには大きな障害になっている。
サロンを運営して行くには
どうしても経済活動が伴う。
当たり前のことなんだけど
サロンを存続させるには私が生きていなくてはいけなくて
その為の経費も必要だし
サロンを存在させるための経費も必要だ。
だから
それを得るための経済活動が必須となる。
お客様に来て頂いて喜んでお帰り頂く。
その「喜んで」の部分にお金が発生
する。
そう考えることで
私の心は遣り甲斐と幸福感に満たされる。
なんだけど
実際にはそんな流れじゃないことも多いし
お客様の喜びが何処にあるのかも不確かなものがある。
「ニーズにこたえる」
ということに徹すると
自分の目的が大きくブレる。
いつもいつも悩みの中にいることになる。
そんなことを考え続けていて
良く分からなくなった私は
お金を出来るだけ出したくないというお客様への施術に
とことん迷った。
しっかり治してしまいたいけど
それには時間が必要。
でも
お客様のニーズは
解決ではなく予算内ということ。
その葛藤は
大抵予算内を守って
解決という自分の納得は
予算外を予算内にすることで賄っていた。
そう
サービスということ。
でもお陰で
それを解決する為に自分の技術を上げて行く。
短時間で結果を出せるように
という戦いは常に続けていて
ある程度の成果もあげていた。
そんな私は
「お金を受け取っていい」
お金に対するブロックを外す。
というワークの話を聞くたびに
そんなことじゃ無い気がする...
と思っていた。
私が感じてるお金への負の感情は
外す=無いことにして
治るものじゃ無いと思い続けた。
そしてそれが明らかになった。
そう
お金のエネルギーが嫌いなんじゃなくて
現行のお金のエネルギーの循環自体が嫌いなんだと思った。
一つの例。
コロナ禍
経済の流れが大きく変わっている。
今までの循環の仕方は心地いいものでもないけど
何とかそのバランスに合わせて活動していた。
でも今は循環のパイプが強く握られた感じで
流れが止められ詰まりまくっている部分があるのに
何も変わらない方向に無理矢理循環させようとしている。
行き詰っちゃった人は選択ミス。
隙間をぬってる人は先見の目あり。
あたかも
人生の勝敗の露呈みたいな...(^^;)
そんな心の循環が私は嫌いなんだと思った。
この時期
自分の作ったものを農家さんに持って行って
野菜を分けてもらって無償提供している人もいる。
寄付してもらった食材で
「ただめし」ってお弁当を配ってる人もいる。
頂く人の心は複雑かもしれないけど
守られて欲しいと思う。
正しく守られることも大事なこと。
そして支えて欲しい。
こんな社会だけど
負けずに生きるということで
そこの抜けた社会を支えて欲しい。
私も守られながら
懸命に支える。
出来る事を精一杯させてもらう。
やっぱり「競争の意識」が根付いてる所が厳しいよね。
してやってる方と
してもらってる方
そんな見方だと上下感満載だもんね。
そう言うことが
人に頼ることを苦手にしちゃうんだろうな。
「人の喜び」ベースで循環している経済なら
私も喜んで参加するんだろう。
今まで知らなかった
お願することや守ってもらうこと
そして
守られながら支えること
そんな意識が開花した。
めっちゃ青空
その一瞬にかける勝負も感動なのかもしれないけど
それぞれの場所で同じ時に同じことをする
そんな一体感も素敵かも。
こんな時だから
それぞれの国で
オリンピック自国開催。(笑)
やっぱり
オンリーワン!だよね。
今私は
経済活動の外側にいて
施術の成功と挫折を繰り返しながら
知るべきことに挑んでいる。
「大変なことだけど受けて欲しい」
という言葉に出合った。
たぶんこれも使命かな?と...
上手く行くこともあって一瞬身軽になるんだけど
すぐさま次の負荷がやって来る。
もう笑うしかない。(^^;)
たぶん
「わたしがやる」
なんて言いながら生まれて来たんだろうなー
厄介な奴だ。(笑)
今日は自転車貸し出して
徒歩移動決定。
頑張ろ!!(o^-')b