帰国を目前にし、どうしても行っておかなければと思っていたところへ行くことにしました。
それは、カンボジアの歴史と深くかかわりのある場所です。
バッタンバン州。
ここでは、カンボジアの負の遺産である地雷を撤去する活動がさかんに行われています。
カンボジアはクラチェのある東方面はベトナム戦争などで投下された不発弾が多く、バッタンバンのある西方面はポルポト時代に埋められた地雷が多く残っていると言われています。
でも、クラチェの中心部に住んでいる私は、一度田舎の小学校に出張した際「注意」の看板を見かけたのみで、全く地雷や不発弾を身近に感じることなく、任期を終えようとしています。
これでは、日本に帰って何も語ることができないと思い、友人とシェムリアップで会った後、バッタンバンへ移動し、地雷撤去の活動を拝見させてもらいました。
JMASさんという組織の方々が、カンボジア人のスタッフの方と一緒に日々活動に勤しんでおられます。
JMASさんは、日本の自衛隊を退職された方々。
日本を守ってきた人たちがまさかこんなところでも活躍されているとは知らずびっくりしました。
まず!地雷原にいって、地雷撤去の様子を観察!
【驚いたこと】
①思いのほか女性作業員さんが多い!
②草を刈ってから金属探知機で探す!
③金属探知機なので、地雷や不発弾じゃなくても鳴る!
④さらに、鳴ったら手で掘って確かめる!(危険!!)

地雷や不発弾は、どこにいくつあるのかわからないから、やってもやってもおわりが見えない。
金属探知機が鳴ったら、圧をかけないように慎重に掘り起こして、ただの破片なのか地雷や不発弾なのかを確かめる。。
なんと気の遠くなる作業か・・・
暑い中、重いプロテクターを身につけ、文句も言わずにこの作業を繰り返す作業員さん。
大変な苦労をしているだろうに、みなさん笑顔で迎えてくれました。
言葉になりません。

地雷撤去の車も働いていました。
被害状況や近所の人の証言からエリアを選定し、車での撤去、人の手による撤去を使い分けて作業しているそうです。
次!元地雷原にって、インフラ整備の様子を観察!

【驚いたこと】
①地雷や不発弾を取り除いて終わり!ではない。
②地雷原だった場所が安全になったことで生活が便利になるような支援まで行う!
今回は小学校の建設現場に行かせてもらいました。
もともとは地雷原だった場所に小学校がたち、子どもたちが走り回り、その地域ごと活性化させてくれるような、地域のシンボルになるといいなと思いました。
道路の整備も同時に行っているそうです。
最後!本日見つかった不発弾の爆破処理現場を観察!
【驚いたこと】
音と威力・・・・・・

大きな音と黒い煙に驚きました。
こんなん踏んだら、もし命が助かっても、トラウマになるわ・・と思うくらい、遠くで見ていても、恐怖を感じました。
爆破処理の現場はなかなか見ることができないらしく、ちょうど不発弾が見つかった日に見学していた私たちは運がよかったです。

地雷や不発弾はあといくつ残っているのか、全くわからないそうです。
撤去するときには、埋めるときの10倍の経費がかかると言われており、誰もが安心して住むことができないという面でも本当に負の遺産としか言いようがない。
そんな負の遺産と、毎日こつこつ向き合っていく作業員のみなさん。
私はこつこつが苦手だから、心の底から尊敬します。
全ての地雷や不発弾が撤去され、みんなが安心して暮らせるのはいつなんだろう?
高層ビルが増える首都プノンペン、アンコールワットなどのにぎやかな観光地。
観光で遊びに来た人たちはみんなカンボジアが思ったよりも発展していることに驚きます。
それでも、ポルポト時代や、ベトナム戦争から何年も経っているのに、まだまだ多くの人が苦しんでいるのも事実。
2年近くカンボジアに住んで、それでもまだまだわからないことがたくさんあります。
首都の高層ビルもカンボジア。
観光客でにぎわうアンコールワットもカンボジア。
地雷で苦しむ地域もカンボジア。
まだまだ私の知らない顔を持っているカンボジア。
もうすぐ帰るけど、まだまだカンボジアのこと、知りたいと思います。