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弟がいなくなった。
自転車もなくなっていた。
その日の夕方、15キロほど離れた母方の爺ちゃんちから電話があった。
弟が来ているとの事。
弟の家出の動機は、なんとスーパーファミコンが買ってほしかったからとの事。
なんじゃそりゃ。
おまえファミコン壊しとったろーが!とも言えず。
そして爺ちゃんは僕らが迎えに行く前に、もうスーパーファミコンを買っていた。
僕的には逆にグッジョブ弟である。
畳職人だった母方の爺ちゃん。
やんちゃな人である。
頑固。亭主関白。特技ちゃぶ台返し。その性格ゆえに息子とはあまり仲が良くない・・・。でも孫めっちゃ好き。
家には刀や槍が置いてあり(亡くなった時処分に困った・・・)、将棋が趣味。酒とたばこをやり、特にタバコはSINSEIだったか?とにかくきついやつをキセルでたしなむ。
弟は、両親にしこたま怒られた後、もちろん連れ戻された。
しかし、わがままということでスーパーファミコンは爺ちゃんのところでしばらく保管しておく事になった。
それからしばらくは、夏休みや冬休みなど、学校勉強に差支えがない時期にだけ爺ちゃんちから我が家へスーファミがやってきた。
そのころ何してたっけ?
テトリス・・・ボンバーマン・・・とかかな?
しかし、楽しかったスーファミともおさらばとなる。
爺ちゃんがスーファミを壊したからだ。
スーファミを保管している間、なんと爺ちゃんがスーファミにはまってしまった。
爺ちゃんはテトリスをやっていた。
コントローラーを反対に持ってやっていた。
ブロックを右に移動させたいときは左を押す。
左に移動させたいときは右。
なんというか、寄せていく感じ?
それでだいぶ高得点を出せるようになっていた。
爺ちゃんは、熱中しすぎて汗で指が滑るときには、コントローラーに片栗粉をまぶしてプレイした。
たまに僕らが爺ちゃんちに遊びに行ってスーファミをしようとすると、コントローラーが片栗粉まみれであった。
そしてそれがいけなかった。
コントローラーが効かなくなりはじめた。
爺ちゃんはそれが原因と分からず、カセットの差込口にまで片栗粉を入れた。
これでスーファミはお陀仏である。
残念であったがしょうがない。
これ以降、僕が大学生になって自分のアルバイト代でPS2を買うまで、我が家にゲーム機が来ることはなかった。
しかし両親は代りにパソコンを買ってくれた。
だから僕のゲームと言えばロープレでもなく、格ゲーでもなく、パソコンゲームだ。(中でも信長の野望ははまった)
高校生の時、友達の家に遊びに行っても、友達と共通の格ゲーなどの遊びができなくてすこし寂しい思いをしたが。
大人になってからは、忙しくてあまりゲームはできないが、この間とうとうPC(自機)を手に入れた。なので、信長の野望(今年新作が出るということで)でも買って楽しみたいと思っている。
そういえば爺ちゃんは亡くなる直前までそんなにボケなかったが、それもテトリスを人一倍難しくプレイしていたおかげなのかもしれない。
立て続けに、小学校の頃の話。
小学校3年か4年生頃の話。
当時、ファミリーコンピュータというものがあった。
僕と一つ年下の弟は、それが欲しくて欲しくてたまらなかったが、うちの家はまじめで(貧乏で?)ねだってもちっとも買ってもらえる雰囲気がなかった。
いとこや友達ははファミコンを買ってもらっており、よくその家に上がり込んでマリオブラザーズ3をさせてもらっていたものだ。
もうウチには買ってもらえないだろうな・・・半ばあきらめていたとき、親父の同僚の子供がスーパーファミコンとやらを買って、ファミコンが要らなくなったのでということで、親父が中古のファミコンとソフト数本を貰い受けてきた。
世の中にスーパーファミコンが出回ったその時はじめて、僕ら兄弟はファミコンデビューを果たした。
もらってきたその日の晩、母親やじいちゃんばあちゃんら家族総出で、居間でファミコンをつなげてみた。
みんなが見ている前で、僕らは得意そうにドラゴンクエスト3をやって見せた。
(と言っても僕らはドラクエをやったのは初めてで、どこに行ってもすぐに全滅した。鋼の剣を購入しても、装備しないと意味がないとかそういうルールなどは無視して遊んでいた。ちなみに素手でイシスまで行ってたとおもう)
僕らはファミコンにはまった。
はまりすぎた。
両親から注意されても遊び続けた。
兄弟で取り合いになり、ケンカになることもしばしばあった。
取りつかれるようにファミコンで遊んでいた、その年の夏休み。
僕がプールから帰ると、ファミコンとテレビをつなぐコードが切られていた。
「ファミコンが壊れた!」
僕は夕方両親に訴えたが、犯人は意外なところにいた。
弟であった。
「ファミコンばっかりしょーたら、いけんようになる・・・」
何を思ったか、弟はファミコンを壊してしまった。
まじめな弟は(俺もまじめだが)ファミコンが何だか教育上、生活上悪いもののように感じて、何だか罪悪感を感じて、壊してしまった。
次の日から再び、いとこや友達の家に上がり込む毎日となった。
そんな日がしばらく続いたある日、弟が、今度は家出をした。
(つづく)