私自身は今もS M の中で、子どもの頃に心に焼き付いたその情 景を求めているのかも知れません。 自身が 調 教 を行う場合でも、相手のM女が最も被 虐 的に美しく映る責めを行いたいという心理が強く働き、その調 教の中で会心と思えるM 女が快楽に堕ちてく姿を非常に好みます。
拘 束され身動きができない中で、あるM 女は羞 恥、あるM 女は苦 痛、あるM 女はア ナ ルやエ ネ マ…私の調 教によりM 女の身体が強制的に開かれていき、やがて快 楽が理 性や自 制 心、羞 恥 心を飲み込み、絶叫と共に絶頂がM女の全身を駆け巡り、汗と体 液、痙 攣の中で果てて行く…そのプロセスの中で情景を求めていて、SMや調教行為は目的ではなく手段でしかありません。