久しぶりのブログです
母が5月末に施設で亡くなりました。90歳でした
食べる事、飲むことができなくなり乳癌(たぶん)の痛みもなく、穏やかに亡くなりました
亡くなる一週間前から弟たちや親族のみなさんに来て頂き最後の顔合わせも出来ました
思い残すことはありません、自分も母も
母の介護ブログなのでその本人がいませんので書く必要もないかと思っていましたが、ただケジメとして最後書こうと・・
認知症かな?と思ったのが母が81歳の時、今から9年前
施設に入ったのが5年前
このブログは主に母が一人暮らしをしているときの介護の記録なので施設に移ってからはあまり書いていないと思います
一人暮らしの時から「はあもう、いつ死んでもええよ」と言っていました
施設に入った時も(施設内の)デイサービスなんか参加したくなかったんでしょうね
「横になっといた方がええ」と叔母には言っていたそうです(後で聞きました)
自分に言わなかったのは、心配を掛けたくなかったからでしょう
なくなってから半年たちますが、今もそうですが亡くなった時もそれほどショックは感じませんでした
「母が認知症になった」と分かった時のショックに比べれば・・・
自分の中ではあの時「母は死んだ」という感情だったのかもしれません
ただまだ生きている。父のようにならないよう、いつまでも普段の生活、大好きな一人暮らしができるよう見守っていこうと思っていました
9年間はあっと言う間でした
認知症になってからまだ一人暮らしを続けている母に聞いたことがあります
「母ちゃん、今幸せ?」
「ああ幸せよ、あんたもおってくれるしね」
今になって思えばこの言葉を聞いていてよかったと思いました
母はもっと早く楽になりたいと思っていたのかもしれません
母は山口大学を出て小学校の教員をしていました。頭はよかったです。でもそれを鼻にかけたり偉そうぶることもなく明るい性格で誰とでもすぐ友達になりみんなに慕われていました
そんな母ですから自分の頭がちょっとおかしいということは気づいていたのかもしれません
それでも息子の言うことを聞いておこう、迷惑をかけないでおこうという思いがあったのでしょう
自分の言うことに反対したり文句を言ったりしたことは一度もありませんでした
まわりの叔母たちからも「無理しちゃいけんよ」と言われて色々助けられました
言い方はどうか分かりませんが、楽ではありませんが「楽しい介護」でした
自分にとっても「親孝行」させてもらったという感覚
「今まで好き勝手やってきたんだから最後くらい親孝行せい」と神様に言われたような9年間
必然だったような気もします
後悔していることももちろんあります。でも後悔のない介護なんて存在しないと今になっては思います
自分が何をしてきたか、どういう気持ちだったか、それを自分本位に書き留めただけのブログ
まだそれを見返してはいません
その頃の気持ちが蘇るのが恐いのかもしれません
見返す余裕も不思議とありません
このまま見返すことはないのかもしれません
でも少しばかりの親孝行の記録として残しておこうと思います
また、認知症の親の介護に携わっておられる方に少しでも参考になれば幸いです
読んで頂いてありがとうございました