わたしの定義では身を亡ぼすほどの遊びを「道楽」と言い、そこまで行かない遊びを「趣味」と言う。
いずれにしても金を稼いでは「仕事」である。
よって、「競輪」を趣味とするからには競輪場へお金を置いてこなくてはいけない。
同じ理屈で「株式投資」は「仕事」と自覚している。
過去40年間で10億円を競輪につぎ込んだという作家の白川道(とおる)の言葉
『競輪は「読み」のギャンブルであり、競輪の推理というのは小説の構想を練るようなものであり、競輪ファンに小説家・脚本家・映画監督が多い』そうである。
確かに我らが師匠は「風圧による逃げと追い込み、ラインの構成、各自の思惑、選手の性格としがらみ」を語る。
しかし、弟子たちは訳も分からず、何の根拠もなく各レースに小金をつぎ込んでいる。
しかし、老後の趣味として競輪を始めた我らは白川道とは違う楽しみ方でいいのではないだろうか?
それにしても業界各位にお願いしたい「食堂の貧乏くさいメニューを何とかしてくれ。ビールくらい飲ましてくれ」
「貧乏は許せる。貧乏くさいのは許せない」





