子供の頃、私の育った家庭は究極の貧乏でした。←突然の自分語り!
父親が○○○ー○依存症だった
しかしあまり悲観的になることもなく
なぜか「将来はきっと幸せになる」と思っていました。
昭和ってそんな時代だったのかも?
日本も時代も昇り調子で
努力すれば
働けば
普通の生活ができると思っていました。
結婚して
二番目の子供が難病で生まれた時は…
毎日普通に息ができないというか
自分がコンクリートの壁の部屋に閉じ込められており、少しづつ回りが近付いてくる…ような気分でした。←謎
一秒一秒が苦しかったです。
でもどんな手を使っても助けたくて
本当に半分気が狂っていたのだと思います。←威張れない!
色んな病院に電話かけたり…
いくらネットがない時代でも…
思い出すとやばすぎです~
「1日1日を過ごして…次の日には必ず新しい治療法がみつかるんですよ。」
同じように病気のお子さんを持つお母さんに言われたセリフです。
それを頼りに少しでもよい方向に進むように
今何ができるかを、いつも考えながら生きてきました。
二年前の手術も
本人が一番苦しかったんでしょうが
1日1日…と自分に言い聞かせて耐え抜いたような気がします。
そして今は病状的には落ち着いているのに
あの辛い日々を耐えたのに
本人自身が心を病んでしまっています。
私もどうしてよいかわからない。
本人は手術後も辛い治療が続き
何とか乗りきり
頑張って職を見つけて
疲れながらも勉強したり遅くまで働いたりしていました。
それが行けなかったのかなとも思います。自分の疲れやすい体と仲良くしながら生きる必要があったのかも…
イロイロ重なりつ
現在は
小さいことに青ざめ、人間関係に怯える。将来に怯える。
何かちょっとした言動に傷つき家から出られなかったり
小さな失敗に必要以上に自分を責めたり
動けなくなったり…
病院でパニックや鬱の薬を貰っています。
薬が合うのか、最近は少し明るい表情になった気もしていましたが
ここ数日仕事を休んでいます。
あまりこの状態が続くと
このままでは人間関係もギクシャクしそうだし、コドモ自身もさらに罪悪感で押し潰されてしまうのではないか
積み上げたものを失くして苦しむのではないか心配です。
入院もいやがるし。
見ている私自身頭がおかしくなりそうです…
でも私まで働けなくなったらこの子の食費や医療関連費はどうなるのか。
今まで色んな苦労はありましたが
私も若かったし
働いて踏ん張ってきました。
でも年取ると挫けないで頑張るのって難しいですね…
テキパキ動いて次の手を打つ気力がでないのです
全世界の母親は
こんな日々を乗り越えながら家族のために歩んでるんだろうなと思います…
どうしたらよいかわからないけど。
きっと新しい治療法やら何かの道はあると思いたいです。
いままでもずっと、迷路を歩くような人生でしたが
まさかアラカンになってさらなる冒険に旅立たないとならないとは…
方位磁石もなくてどっちが出口かわからない旅ですが
頑張ります~
頑張らないといけないですね