深夜、クラタ島にネーレイスが戻ってきた。海岸に立つミーナを見つけると、近寄ってきた。
「仰せの通りに、お渡しました」
「うん、ありがとう。ゆっくり休んでね」
「承知しました」
ネーレイスは暗い海に戻っていった。
「さてと…、あのバカの看病もしなきゃ…。ん?」
小屋に戻ろうとしたミーナは何かが漂着しているのを発見した。
「…またなの?」
ミーナはぶつぶつと文句を言いながらも、それに近づいていった。それは10歳くらいの少年であった。
ミーナが手を差し伸べたその時、少年はミーナの伸ばした腕の手首をつかんだ。
「なっ?!」
ミーナは咄嗟に腕を引こうとしたが、びくともしなかった。
「何なのこの子…?!」
「もう誰でもいいや…」
少年の空いている方の手に鈍く光るものがあった。
「お姉ちゃんの心臓をちょうだい…!!」
少年はエースであった。
エースはミーナの胸をめがけて、ナイフを突き出した。ミーナはその手首をつかんで阻止した。しかし、力の差は歴然であり、ミーナは押し倒され、ナイフがじわじわと胸に近づいていった。
「くっ…!『召還・鬼童丸』!」
ミーナの頭上に魔方陣が出現し、そこから4本腕の赤鬼、鬼童丸が召還された。
「…小僧、その小刀で何をするつもりだ」
鬼童丸は1対の腕を組み、ドスのきいた声でエースを脅した。
「おじさんには関係ないよ!」
エースは鬼童丸を無視し、ミーナにナイフを刺そうとしていた。
「礼儀を知らんようだな」
鬼童丸はエースをつまみ上げた。エースが離れたミーナは安心したのか、ため息をついた。
「離せ!離して!」
エースはジタバタ暴れたが、片手で首根っこを持ち上げられているため、ほぼ無意味に等しかった。
「ありがとう、助かったわ」
ミーナは服についた砂ぼこりを払いながら立ち上がった。
「いつものことであろう。気にするでない。お主はこやつをどうするつもりだ?」
「そうね…今夜暇?」
「明日の昼までならば」
「わかったわ。じゃあ、私の家の近くで見張っておいてくれない?」
「お安いご用だ」
鬼童丸はそう言うと、エースの両手首を掴見上げ、身動きがとれないようにした。強制的に万歳をさせられているような体勢をとらされたエースは、逃れようとさらに暴れた。
その光景をじっと見ていたミーナはある疑問点が浮かんだ。
「(この子も流れついたなら、コウガみたいに弱るはずなのに…。なぜ…)」
ミーナは鬼童丸を連れて小屋に戻った。
「ただいま」
ミーナが小屋に入ると、コウガが床を箒で掃いていた。
「あ、お帰り」
「熱の方はもういいの?」
「うん。昼に飲んだ薬草がきいたみたい。それに、いつまでも寝てるわけにもいかないしさ」
「ふーん」
ミーナは奥に進み、おもむろに机の上に視線を向けた。ミーナはある違和感に気づいた。
「…ねえ、私の本読んだ?場所が変わってるんだけど」
「ちょっとだけね」
「読む分には構わないけど、ちゃんと戻しておいて」
「はいはい。で、さっきから外で騒ぎ声が聞こえてくるんだけど」
コウガは視線を玄関に向けた。そこからエースが今だ抵抗する声がしてきた。
「見る?」
「見る」
「入って」
ミーナの合図で鬼童丸が狭そうに背中を丸め、小屋に入ってきた。エースは両手を1本の腕で掴まれていた。
「鬼…?」
コウガはその迫力に押されぎみであった。
「お初にお目にかかる。某、鬼童丸という者だ」
「お、俺はコウガ。よろしく」
ミーナはこれまでの経緯を説明した。その間もエースは暴れていた。
「…わかった。今の話で確信が持てた」
コウガの言っている言葉の意味がわからず、ミーナと鬼童丸は困惑した。
「ちょっと外に来てよ。いいものを見せてあげるからさ」
コウガは2人を外に連れ出した。そして、鬼童丸にしっかりとエースをもっているよう伝えた。
「じゃあ、行くよ」
コウガは右手に炎のエネルギーを纏わせ、それを直接エースに注ぎ込んだ。エースの体は炎に包まれた。
突然の出来事で驚いた鬼童丸はエースを地面に落としてしまった。
ミーナも目を丸くして驚いていた。
「コウガ?!」
「そう熱くならずにさ」
コウガは視線をエースに向けた。エースはようやく自由になれた喜びからか、はしゃいでいた。全身火だるまの状態で。
「やっぱりそうか…」
「何が?」
「この子は生きていない」
コウガは周りの草木の延焼を防ぐために、流水をエースにぶつけた。
ミーナはますます困惑してしまった。
「どういうこと?」
「死人を無理矢理蘇生する技術、とでも言っておけばいいのかな。恐らくこの子はその技術を使って生きかえさせられた。加えて、俺の仲間の命を狙った。心臓がどうのこうのって言ってたんだよね?」
「ええ、そうだけど」
「仲間の1人に、幼い頃心臓の手術を受けた子がいるんだ。その時のドナーの男の子は彼女の目の前で殺されたんだ。ここから先は長くなるから言わないけど、俺はこの子はそのドナーの子をモチーフに造られた気がするんだ」
「ふーん…大変ね、あんたも」
「まあ、ね。どのみち野放しにするには危険なのは変わらないから、どうにかしておきたいんだけど…」
「その点なら問題ないわ」
ミーナは鬼童丸とアイコンタクトをとった。
「一晩、某が見張りにつくことになった」
「わかった、よろしく頼むよ」
その後、コウガとミーナは小屋に戻り、鬼童丸は屋外でエースの見張りをすることになった。
「そういえばさ、ミーナを以外の人を見かけないんだけど、この島に集落ってあるの?」
コウガはミーナが作った食事を食べながら、質問をした。
「あることはある。ただ、私はそこに行きたくはない」
「というと?」
ミーナは山菜のお浸しを食べながら答えた。
「島の中央に火山があるんだけど、その中腹に密集してる。そこの村の人たちは、よそ者を徹底的に排除しようとするから。人とは思えない方法で」
「ふーん、1回行ってみようかな」
「止めときなさい。今度こそ死んでしまうわよ」
「なるほど。ますます興味が湧いてきたよ」
コウガは焼き魚を一口食べた。それを見ていたミーナはかなり呆れていた。
「全く…案内だけはしてあげるから」
翌朝。コウガとミーナは山の中腹までやって来ていた。
「ここがその村?」
コウガの視線の先には、エーデ、と書かれた看板がかけられた、村の門があった。全体的にかなり古びていた。
「そうよ。じゃあ、私は帰るから」
ミーナはコウガを残し、魔方陣を召喚し、自身を転送させていった。
「冷たいなぁ…」
コウガはポツリと呟いた。
コウガは門をくぐった。エーデの村は小さな村であり、住人たちは皆、洞窟や小さなテントを家としているようだった。
「誰もいない…?」
コウガは数歩歩みを進めて、辺りを見渡した。どこにも人の姿はなかった。
コウガがふたたび歩き出そうとしたその時、コウガの目の前に何かが落下してきた。それは人であった。
その人はコウガの脇腹に蹴りを入れようとした。コウガは身を翻してかわした。
「行きなり何を…?!」
コウガは長杖を取り出し、臨戦態勢をとった。
「余所者は出ていけ…!」
謎の襲撃者は男性であった。その男性は大鉞を肩に担いでいた。
「待って!危害を加えるつもりはないよ!」
「黙れ!出ていかないならこの場で切り捨てる…!」
男性は大鉞を振り回して、コウガに攻撃してきた。コウガは軽い身のこなしで攻撃を回避した。
「仕方ない…!」
コウガは右手から冷気、左手から竜巻を生み出し、前方に猛吹雪を発生させた。男性の動きが一瞬鈍くなった。
コウガは隙を見て、右手を地面につき、男性の足元の地面を凍りつかせ、下半身を氷漬けにした。
「なっ…!」
「まあまあ落ち着いて。とりあえずその大きな斧を降ろしてよ」
「断る…!」
男性は指笛を鳴らした。すると、建物や木の影から、武装した村の住人たちが次々と現れた。
「…ちょっと好戦的過ぎじゃない?」
女性や子供まで武器を持って、コウガに対する殺意を露にしていた。さすがのコウガも少し怖じ気づいていた。
「こうさせたのはお前だ…!やれ!!」
男性の一声で、村の住人たちは一斉にコウガに襲いかかった。
「やれやれ…。民間人にこの力は使いたくないけど…やるしかないか」
コウガは自身に冷気を纏わせ、氷零状態となった。
コウガは飛んでくる弾や屋を氷の盾で弾き、迫り来る住人の腕や足を凍りつかせた。まるで手枷、足枷にするかの如く。
制圧するのに時間はかからなかった。体温の低下を招く前に、コウガは氷零状態を解除することができた。
「余所者に厳しいって聞いてたけど、まさかここまでとはね…。さて…」
コウガは長杖をしまい、未だ下半身が氷漬けの男性に近づいた。
「訳を聞きましょうか、お兄さん?」
「うるさい!」
男性は尚も大鉞でコウガを攻撃しようとした。しかし、コウガが放った風弾によって大鉞が吹き飛ばされ、大鉞は近くの枯れ木に刺さった。
「もう1度言うよ?俺は危害を加えるつもりはない。ただ、これ以上戦うつもりなら…」
コウガは不本意ながら、脅迫することで事態を納めることにした。
「次は容赦しない」
「くっ…!」
男性はようやく観念した。コウガは警戒しながらも、熱風で住人を拘束していた氷を溶かした。
大鉞の男性の自宅に案内されたコウガは、玄関で待たされていた。他の家と比べると少し大きいが、ミーナの小屋とほぼ同程度の面積であった。
「入れ」
男性の声を聞き、コウガは居間へと進んだ。途中、何者かの視線を感じた。
「(なるほど…。扉の裏に1人、玄関の外に2人…。さすがにまだ和解はきついか…)」
コウガが今に到着すると、簡素な作りのテーブルの上に、申し訳程度のおもてなしの料理が並んでいた。
「(毒が入っているな、これは…)」
コウガの直感がそう言っていた。
部屋の奥の扉から男性が現れた。
「食わないのか?」
「こんな見え見えの罠に自らかかるほど間抜けじゃないんで」
「…ふん」
男性は近くの椅子に座った。相変わらず機嫌が悪かった。
「俺はエーデの村の村長、ギガだ」
「俺はコウガ。しがない魔法使いさ」
「戯れ言はいい。なぜここに来た」
「うーん…」
コウガは腕を組み、粗末な作りの天井を見上げ、考える素振りを見せた。
「余所者に厳しいっていう村があるっていう噂を聞いたから、見に来たっていうのかな」
「…それだけか?」
「十分な理由だと思うけど?」
「…半年ぐらい前に来た召喚士の女とおんなじことを言いやがる」
ギガの機嫌がますます悪くなった。
「2度と来るな。今すぐに出ていけ」
昼過ぎ、コウガはミーナの小屋に帰ってきた。
「ただいまー」
「お帰り。どうだった?」
「追い返されたよ。だけど、あそこまでする必要はあったのかなぁ…」
コウガは小屋の中に入った。そして、窓から村がある方向を眺めた。
「…ますます知りたくなった」
作者コメント
急に寒くなってきましたねぇ(*´・ω・)
寒暖差アレルギーの僕にとっては辛い季節(。-ω-)zzz
過去の記事をまとめました!
以下のリンク先より読むことができます!
序編
草原階層前編
草原階層中編
草原階層後編
湿原階層前編
湿原階層中編
湿原階層後編
雪山階層前編
雪山階層中編
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洞窟階層中前編
洞窟階層中後編
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