【創作】Flowery Flowery Flowery 1 | さいですか。

さいですか。

ゲスくて畜生な内容ばかりです。よろしくおっぱっぴー。
※一部記事タイトルに好きな曲の歌詞の一節を使用しています。

 ちわわわわ、っす。
 
 前作LifriendBrotherに引き続きまして、Lifriendをシリーズ化して単独の話にしてみました。登場人物はリンクしてません。
  LifriendBrotherは書き終わってからここに掲載していたのですが、今回はまだ完結していません。ある程度設定と展開は固まっているのですけれども。そんな感じで完結するか怪しいです。中止になった場合はネタバレを手前でします。創作する人としてどうなんそれ、って問われたらわたくしの中ではアリ。
 そんな感じで簡単なあらすじをめちゃんこ簡潔にまとめると、
 犬みのある妙な男とラブホ入ったら夢の中に変な男で出てきて現実でも振り回される的な。ジャンルはなるべく恋愛寄りで。現代ファンタジー路線。


◇ ◇ ◇
 ◆ ◆ ◆


  大きな犬がいる。犬のはずがない。野良猫はいても野良犬が都会にいたら、騒ぎになる。大雨に打たれて座り込んでいる。ぎらぎらとした瞳は何も見てはいなかったけれど、確かに何かを見ていた。行き交う人々を視界に入れながら見ているものはおそらくそれらではない。セットされていたのであろう髪は形を崩し、額に貼りついている。暗い空と明るい街並み。水溜りが照明のようだ。明るみに晒されることを拒否するように、大きな野犬は膝に顔を埋め歩道の脇、花壇と花壇の間に座り込んでいる。
 何故そうしたのかも分からない。傘を渡す。渡したつもりで、けれど相手はこちらを見ていない。雨に打たれる感覚が消えたことに気付いたのか野犬は顔を上げた。野犬は傘を渡そうとする人間の顔を見て、驚くこともなく仲間にするような、見知った相手を向けるようなカオをした。
 泥まみれの犬がシャワーを浴びて、清潔感のあるバスローブを身に纏いベッドに座っている。状況が状況だけにそのバスローブは清潔ではあるだろうがある種の不潔さを漂わせている。短い髪をダメージも気にせずタオルで乱雑に拭く腕は筋肉が美しく、たくましい。体格は良いが引き締まった腰は細いせいか華奢に見える。真っ白いタオルを頭に被り、洗われた大型犬は黙っている。シャワーが空いた、という一言もない。見ず知らずの今日会ったばかりの名前も素性も知らない犬と同じ部屋にいる。ひとつのベッドだけが占拠している空間に。目に痛い照明を切り替えて、健全ではない空間に健全な色を取り戻す。そもそもは、むしろある意味ではその方が不自然であり、不健全ともいえるだろう。
 無言の犬を一瞥してシャワー室に向かう。あの犬はその間に再び野良に戻るつもりだろうか。一時的でも飼おうとしたことが奇異だった。何も宿さない目の中に自分が映っただけの話で普段は絶対にしないと誓えた、ホテルに誘い込むなどという今までなら軽蔑に値したことを平然とやってのけてしまった。
 視界からあの大型犬が消えるぎりぎりまで、まだ居るのかそれとももう帰るのかと確認してしまう。立ち去る様子はなかった。ずっとタオルを頭から下げ、俯いたまま。
 黒地に黄や赤、青の花が茶の線画で描かれた模様のワンピースを脱ぎながら女・佐伯は閉め切られた擦り硝子の奥を見つめる。酷い喪失感を覚えていたことだけは記憶にあったが細かなことはあの犬を見た瞬間に忘れてしまった。背中のホックを外してすとんと足元までワンピースが落ちる。サテン生地のワンピースが光っている。いつ買ったワンピースだかも忘れてしまった。趣味ではない。では誰が選んだのか。犬が先に濡らしたバスマットの上に落ちたワンピースを拾い上げる。
 シャワーから上がってもあの犬はまだベッドの上に座っていた。テレビも点けず、俯いたまま。声を掛けようか迷って、けれどかける言葉もない。犬は一度だけ佐伯の方を向いたが、すぐにまた顔を戻す。
「あの、さ」
 久し振りに声を出したような気がして佐伯の声は掠れて言葉になったかも曖昧だ。犬は佐伯へ目を向けた。アーモンド型のぎらぎらとした双眸が向く。繊細さのない顔。雄々しい顔立ち。ただ見つめられているだけなのに睨まれているような。佐伯は怯んだが意を決する。
「名前、教えてよ」
 ドーベルマン、シェパード、シベリアんハスキー、佐伯の知っているいかつそうな外見の犬種を頭に浮かべる。プードルやダックスフンド、ポメラニアンやチワワの系統ではない。佐伯の目の前の犬は視線を泳がせて、それから口を開く。言われた名前が上手く聞き取れず、否、聞き取れはしたが疑ってしまい、訊き返してしまう。
「ハルナ、ナナ」
 2人の名前を出され、フルネームを訊ねているということ、もう1人の名前は誰のものかという問いを投げ返そうか迷っているうちにタイミングを逃す。
「アンタは」
 絞り出すような低い声。緊張しているのか声が震えている。
「私はりの・・・佐伯りの」
 犬は佐伯を見ようとしてだが見るに至らず黒目は床に戻っていく。
「何て呼べばいいかな。ハルナ?ナナ?どっちが名前?」
 名乗らせても犬はフルネームを教えない。2人分の名を教えられたところで佐伯は困ってしまう。
「ハルナが苗字でナナが名前・・・ス」
 変質者を見ているような怪訝な視線を向けられる。
「どっちが名前て?」
 機嫌を損ねたのか犬は佐伯から顔ごと逸らす。
「どうする?」
 生命力に溢れている、若々しい雰囲気を醸し出すこの犬にこの後の展開を委ねてみようか。佐伯は促す。第一印象を覆すほどにこの犬が小さい存在に見えた。ホテルに着いてすぐ、もしくはシャワーを浴びてすぐにでもこの男に貪られ、喰らい付かれると佐伯は考えていた。
「どうする、って、何が、スか」
「ここどこだか分かってる?分かってて着いてきたわよね?」
「ラブホテルッスけど・・・」
 ぼそりぼそりと犬は答える。
「何で着いてきたの?」
 まるで詰問だ。責めるつもりは全くなかったが、何故か口調が厳しくなってしまう。犬は答えなかった。
「どうして誘ったんスか・・・」
 返されたなった質問が質問で返ってくる。佐伯は暫く黙っていたくせに。
「予感」
 この男の問いに応えるため、この男を初めて見た時の印象を思い出す。真面目に答えたつもりだったが、男はただ何も言わず眉間に皺を寄せた。
「どういうことスか・・・」
 ワンテンポ遅れて反応がくる。佐伯のリズムが狂う。
「野良犬みたいだったから」
予感というのは後付けだったかもしれない。ただ放っておけなかった。そしてまさか、ラブホテルに連れ込むとは思わなかった。
「・・・誰とも・・・こういうこ―」
 男が言い切る前に否定する。おそらく誰でもラブホテルに連れ込むのか、ということ。
「しないよ。今日だけ。ラブホテル自体初めて」
 ばつの悪そうなカオで男は「そうスか」と返す。
「オレも、スよ。だからこれはノーカンでいいッス。お互い忘れましょう」
 男が言い終えて室内は静寂に包まれる。この男がそれでいいというのならそれがいい。佐伯も半分後悔していた。軽率だったと。
「帰るんスか」
 荷物を纏め、ハンガーに掛かったワンピースに手を掛けると男が佐伯の背に問う。何もせずラブホテルについさっきまで名前も知らなかった男と2人きり。気不味さ以外に何があるのだろう。口が達者とも思えない。
「外、暗いスよ」
 窓を見ずとも分かる。このラブホテルに来たのが22時過ぎなのだから。だが他にどうしろというのか。
「今日はもう泊まるしか・・・」
 男はベッドから腰を上げる。佐伯が振り返ると男が座っていた程度の跡が残っているシーツへ、どうぞ、と言わんばかりに手で促す。
「割り勘なのに私だけベッドで寝るの?」
 男は佐伯の言葉を聞いているのかいないのか、ソファへと移る。佐伯は「ねぇ」と咎めるような声を上げれば、「聞こえてっスよ」と呆れた声が返される。
「オレは構わないっスけど、アンタはどうなんスか。同衾(どうきん)できるんスか。好きでもない、ましてや知らない男と」
 頭を掻きながら男は問う。野性的な男だと思っていたが、佐伯が思っていたよりは知性と理性を持っている。
「じゃあ私が全部払う。これでいい?」
「・・・変に律儀っスね。オレもここ泊まるの、変わらないっスよ」
「ベッドで寝るのとソファで寝るのじゃ大違いでしょ。・・・もう喋らないでくれる?」
 貴方理想と違うから。続きそうになった言葉を呑む。それは佐伯が勝手に抱いたものだから。
 すぐに寝息が聞こえた。目を開いてもあの男が視界から外れるように反対側を向いていたが、上体を起こして男の寝姿を見つめる。ラブラドールレトリバー、ゴールデンレトリバー、雰囲気はセントバーナードにも似ている。或いは柴犬。いかつかった印象が、変わっていく。タフそうで雄々しく端麗な男が一体何をしていたのだろう。捨て犬のような眼で。捨てられたというよりはすでに何かを諦めたような、むしろ自ら捨てられることを選んだような。男の首が傾く。咄嗟に佐伯は顔を逸らすが、まだ起きていないと分かるともう一度見つめる。長く濃い睫毛が影を落とす。眉根に寄せられた皺を伸ばしてみたくて佐伯はベッドから手を伸ばす。指が男へ届くことはなかった。触れてはいけない、と途端に脳が判断した。熱された鉄に自ら触れるような感覚に近い。火傷をすると瞬時に思った。ソファで寝ているせいか時折苦しそうにより深く眉間に皺が寄る。子どものような、やはり犬のような無防備な寝顔。空中で輪郭をなぞる。何をしていたのだろう。この男は。そして自分は。佐伯は男の寝顔の輪郭を空中でなぞった手を、そのままシーツに投げ出した。
「寝られない、スか」
 ばちりと音がしそうな目が開く。犬だけれど、目だけは猫のように鋭い。
「やっぱり一緒に寝る?」
 はぐらかして訊き返す。断りの言葉は返されなかったが男は佐伯に身体から背けて再び寝はじめる。寝息がすぐに聞こえ、佐伯は天井を見つめる。あまり動くとまた起こしてしまいそうだ。迷路代わりに天井の目を辿る。そのうちいつか眠りに落ちるはずだ。

 いつの間にか妙な部屋にいた。真っ白い部屋に襞を丸めたような真っ白い小さな花が生えている。床から生えている。白と僅かな緑で構築された空間。光が差し込む窓と、レースカーテンがはためくそよ風。その前に立つ少年、いや、青年、それかもっと上。小柄なのか、発育途上なのか。年齢不詳のこの男へ繋ぐ道を作るように白い花が咲き乱れている。レースカーテンがはためいて、この年齢不詳の男を隠してしまいそうだった。
 疲れたかい。年齢不詳の男が問う。緩慢に口が開いた。垢抜けた頭髪の色が茶金という点を抜いては全てが白い格好をしている。冴えない顔立ちだが艶っぽさがあり、あっさりとした目鼻立ちをしている。奥二重なのか一重瞼なのかも分からない。鼻梁は通っているが高くはない。唇は形はよく、薄めで淡泊な印象を受ける。
 疲れたかい。もう一度同じ問い。声が出ているという認識はしているのに、どのような声か。高いのか低いのかも分からず、声に出してはいないのかもしれない。佐伯の脳にテレパシーで語りかけている。
 誰?と訊ねる佐伯の声は声にならない。年齢不詳の茶金髪の男はスロウモーションで目を開け、顔を上げる。無音のスロウ機能が利いた映像、まさにそのもの。
 レースカーテンが大きく大きく揺らめき、佐伯は年齢不詳の男の元へ駆け寄ろうとする。床が水浸しだ。佐伯の踝まで水が張ってある。水音もしない。ただ感覚と、水浸しであるという認識。窓から差し込む光とレースカーテンに攫われる、連れて行かれてしまう、茶金髪の男が。