あけまして おめでとうございます。
10年ほど前までは使うことが出来なかったこの挨拶。
わりと自然に出来るようになったのは、結婚してからかもしれないなぁ~
最近、覚醒から断絶に至った方のブログを見まして感じたことをつらつらと書かせていただこうかと思います。
私は、「覚醒」せずに自然消滅した二世です。覚醒かな?って感じになったのはここ最近のこと。
自然消滅に至ったいきさつは、以前も書いたかもしれないけど、色恋沙汰です(笑)
エホバの証人として求められるストイックな生き方に合わせられない!って限界だったの。
その時に好きになった人と生きていきたいって思いもあったけど、それ以前から、組織の中にいて幸福感を得られず、そんな自分を責めて、常にぷち鬱だったから
その彼と別れて組織に留まった先に、幸せは見えなかった。
私には信仰はなかったんだと思う。マインドコントロールはされていたけど。
聞いたことを素直に受け入れる心は持っていたようで、疑問は持たなかったし特別な感銘も受けなかった。
私がバプテスマ受けた25年程前、イケイケドンドンな巡回監督のおかげで
「とりあえず若い人も水に沈めちゃえば知識やスキルはそのうち身に付く」みたいな時代になってて、親にくっついて集会に来てるなら沈めちゃえ!くらいの勢いで10代のバプテスマラッシュだった。
協会の文書って読解力さえあれば求められている正解がわかるから
本当の意味で 心を吟味するとかなかったと思う。
そして幸か不幸か、組織内の人間関係で嫌なことを経験することもあまりなく、組織や教えに疑問をもたないまま30歳だった。
疑問を持たないけど裏表のある生活はたくさんしてきたのよね。信仰がないから(笑)
でもそんな自分に自己嫌悪や罪悪感やらあったのは、マイコン状態だったからかもね。
今ならわかる。協会の文書は洗脳文書だ。研究のやり方も、文章を音読させて、書かれている答えをさらに読ませて・・・ 目と耳で繰り返すことで洗脳していく。
自分を捨て、思いや考え方をエホバに(協会の教えに)合わせろって教えるわけだから
洗脳されることが良いことだと思い込んでる状態だ。
マイコン状態ではあったけど、いや、だったからこそ、常に葛藤があったのだと思う。
高校を卒業するまでは、気づいてなかったんだけどね
補助開拓を連続してするようになって、周りの期待とそこまで自分を引き揚げることができていないことにものすごく悩んだ。
高卒で半年補助開拓して9月から正規開拓者って流れに乗れず、周りも、親さえも、私は正規開拓をしないのでは?と思うようになった頃にようやく開拓者になった。
奉仕を拡大したいっていう純粋な想いと、正規開拓者というステータスが欲しかったという思いの両方だったと思う。
満を持して(?)始めた正規開拓だったけど、最初の躓きは開拓者学校だったかもしれない。
