いつもお世話になっている某信販会社のダブル課長さんと親睦会という名の飲み会しましたビール音譜

向って右の黒い服のオッサンは遥々沖縄から来てくれましたにひひ現在沖縄支店の課長さんですニコニコ

二人とも弊社の担当者さんでしたにひひ

この後、右のオッサンがキャバクラ好きなんで、左のオッサンと嫌々お付き合いしましたあせる

久し振りに行ったけど、ヤッパつまんねぇシラー

次回は、普通に居酒屋だけで飲み会しますニコニコ



今回の旅行の最終目的地は岩手県音譜

往復1200キロ走りました車あせる夜の22時に自宅を出発、途中毎年の名物交通渋滞み見事巻き込まれました汗

なんではてなマークこの夜中にこれほど渋滞するのか不思議ですよ!?

パーキングは車だらけで何処も満車ガーンなんとか無理やり止めてトイレ休憩だけで仮眠なしショック!

さすがに途中何度か睡魔に襲われ叫び気を取り直してなんとか乗り切りましたあせる

やっと岩手県内に入る手前でパーキングに空きスペースを見つけ、暫しの仮眠ぐぅぐぅ気持ちよかった~

その後ひたすら運転して、やっと岩手県一関市に到着ニコニコ


疲れた身体に気合を注入し直しビックリマークいろいろ観光しました音譜

美味しい物も沢山食べれて気持ちもお腹も大満足ニコニコ

空飛ぶ団子はメチャクチャ美味しいですよ!!


夜は宿での料理に舌鼓割り箸疲れた身体を癒してくれるビールは格別です音譜

貸切家族風呂にも入りスッキリ爽快でした温泉中湯と外湯に別れていて、露天風呂に入れてオトクでした音譜

別注料理の名物前沢牛のステーキとフルーツの盛り合わせは子供達の為に注文しましたニコニコ

私の誕生日のサービスまで付けて頂き嬉しかったなぁ音譜

夕食後は、子供達のリクエストでカラオケルームで熱唱カラオケ

今回もいい思い出作りが出来ました音譜今度は何処に行こうかな~ニコニコ

東日本大震災から、かなりの月日が経ってしまいましたが、一度自分の目で見る事が大切だと考えていたので、今回の家族旅行の工程に入れさせて頂きました。

被災地が近づくにつれ何も存在しない閑散とした景色が目に入りました。

昔は港町として賑わっていたであろう痕跡すら見当たりません・・・

ただ目に入るのは緑の草花と、窓の無い建物。人も見当たらず車の往来もまばらでした。

画像の左側に有る白い大きな建物は窓ガラスも無く、壊れかけたままでした。
そして防災庁舎は見るも無残な瓦礫と化していました。かつてここで大津波が来る事を町の皆に最後の最後まで伝え続け命を失った女性がいました。

大津波が襲って来たときにどんなに怖かっただろうかと考えると胸が痛みますしょぼん


家族皆で車から降り、献花台の前で家族で深く頭を下げ手を合わせ、皆様のご冥福を心からお祈りさせて頂きました。

子供達にも良く見ておきなさい!ここで亡くなられて方が沢山いるんだ・・・

人の為に最後まで命を掛けて非難を呼びかけた方が亡くなった事を話しました。

向って左側が海です。防災庁舎の骨組みの鉄骨も左側が大きく損傷し、ねじれ曲がり切れていました。当時の凄まじさを、この建物が静かに、無言で語っているように感じました。


そして次に多くの幼い子供達の未来を奪われた地にも寄りました。

大川小学校です。ここでは沢山の生徒さんと先生方の命が奪われてしまいましたしょぼん


県道から下に坂を降りると有るのですが、あまりの光景にブレーキを踏んで止まってしまいました。

そこに見えたものは、広い平地にポツンと建つ大川小学校でした・・・

見た瞬間自分で言葉にならない言葉を発していたのですが、何を言ったのかすら覚えていません。

その後は家族全員無言でした。

きっとこれでも片付いているはずですが、あまりにも酷い状況で上手く表現出来るようなものでは有りませんでした。

校庭に立派な慰霊碑が建てられたいました。沢山のお名前が刻まれています。

その慰霊碑の前に有った看板を見た瞬間に、心の底から怒りが込み上げてきましたむかっ

その看板には、「この慰霊碑の前で記念撮影やピースサイン等をして撮影はしないで下さい」

読み終わった瞬間、最初は意味が理解出来ませんでした?!だって当たり前の事でしょ!私も校舎を画像に収めることに正直ためらいは有りましたが、一枚だけと思い記念では無く!自分の中でこの事を風化させない為にと収めさせて頂いたのに、馬鹿にも程が有るでしょむかっ

日本人として恥ずかしいし、日本人も落ちた人種になった事を実感しました。

その人としての常識が無い大馬鹿者が、ここへ来てそんな心無い事をしていると考えただけで、今まで経験した事のないような怒りが込み上げてきましたむかっむかっ

そんなバカ達に代わり、家族で深く頭を下げ手を合わせさせて頂きました。

今回はそんな大馬鹿者は居ませんでしたが、もし出くわしていたらそいつ等を許す事は出来ないので、相手が何人いようと本気で大暴れしていましたねむかっ

私達の後に、一台の宮城ナンバーの車が来られ車から一人の男性が降りて来て、手を合わせておられました。


当時この校庭で非難していた生徒さん達は一瞬にして大津波に飲み込まれました。すぐ目の前五メートルも行けば山です。

ここに非難していてくれたら助かったのにと思うと、やりきれない思いでしたしょぼん

子供達に話しました。ここでは多くの尊い命が失われたんだ、皆さんがどうか安らかに眠れるように、きちんと手を合わせなさい。そして無駄な命なんかは一つもないし、こうして失われた命は二度と取り戻せないから、人に対して思いやりを持ち強く優しく生きないといけないなと・・・

子供達も壊れた校舎を無言で暫く見ていました。



最後に、デジタル化の現代ですが、アナログでないと分からない、伝わらない真実が有ると思いました。

震災から時間が経ってからの訪問となりましたが、自分の目で真実を見て正解だったと確信出来ました。

そしてこの現状を見て、決して風化させてはいけないと心から思いました。


今後二度とこのような悲劇が繰り返されない事を、心から祈ります。

そして私達家族が被災地を訪れるにあたり、家族皆で話合いご迷惑や不愉快な思いをさせてしまうような言動は慎まなければならないと話し合いました。

被災された現地の方々の気持ちを考えた行動をとり、最大の注意をしていたつもりでは有りますが、万が一不愉快なお気持ちにさせてしまった事が有りましたら、心よりお詫びさせて頂きます。

また、大変微力ではございますが、一人の東北出身者として今後も被災地復興へのお手伝いが出来たらと考えております。


そしてお亡くなりになられました多くの方のご冥福を心よりお祈りさせて頂きます。




 がんばれ!

    東北!!