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ヒーリングミュージックの世界的第一人者、バイオリンのマエストロ、ダニエル・コビアルカのCDやコンサートのご案内、ミュージックセラピー関連の論文など多彩にKOBIALKA WORLDをお伝えします。

世界のヒーリングミュージックの中でも最も知名度の高い楽曲のひとつ「星に願いを」は言わずとしれた、ディズニーのアニメーション映画でこおろぎのジムニー・クリケットが歌った美しい歌です。
このアルバムは今やアメリカではおじいちゃんやおばあちゃんが孫に贈るお気に入りのヒーリングアルバムとなるほどポピュラーですが、ダニエルがこの曲を自らのレーベルから子供向けの最初のアルバムのタイトルとして大きく取り上げたことには深い理由があります。


 それは、ダニエルが小学生のころ、学校の演劇会でピノキオのゼペット爺さんの役に抜擢されたことに始まります。
音楽一家で早くから英才教育を受けてきた彼はクラスメートの中でも唯一バイオリンが弾け、初めてのお芝居の体験に心躍らせる毎日でした。

 そんなとき、突然彼は原因不明の病に侵され、死と隣り合わせの重病の子供たちが収容される特別病棟に入院を余儀なくされました。

一緒に遊んでいた友達がある日突然帰らぬ人となる…そんな光景を日々目のあたりにした幼い子供は、怖ろしさとつらさでいっぱいでした。

 その当時のことをダニエルはこう語ります。

『私は早く元気になって、ゼペット爺さんの役を演じたかった。
だから、「星に願いを」の歌を心の中でずっと聴き続けたのです。
私は自分の内側に答えをみつけようとしました。やさしく愛撫するようなメロディーがエネルギーとなり、体の中の分子を動かすのを感じました。
そして、だんだんと病状は回復していったのです。』

 2、3ヶ月後、奇跡的に完治したダニエルは、「喜び、愛、音楽」を通して人生の贈り物に触れ、健康であること、今あることに瞬間瞬間感謝して生きることに喜びを見出しました。

 それは、ダニエルがサンフランシスコ交響楽団の首席第二奏者として活躍していたある日のエピソードにも、感動的に語られています。
 ある朝、リハーサル前に楽団のコンダクターである友人に送られた小包にあったカセットテープで二人が耳にしたのは、あのジムニークリケットが歌う「星に願いを」の懐かしい歌でした。
 思わず目に涙があふれ、音楽に合わせて大合唱した二人は、そして大爆笑します。
 そのとき、そのとてつもない歌が人生に示した素晴らしい贈り物の記憶がきらきらとよみがえり、生きてこの瞬間を友人と分かち合えることに深く感謝したと語っています。

 かの武満徹氏や小澤征爾氏、また、レナード・バーンスタイン氏など東西の著名な音楽家たちに愛され、また、ダニエルの創るヒーリングミュージックの数々が世界中のセラピスト、専門医師、音楽療法家などに推奨されているのも、最高の音楽的テクニックを備えていることは当然ながら、彼の愛と感謝にもとづくスピリチュアルな資質が大きな要因となっているのでしょう。まもなく音楽療法について、ガイダンス的な最初の本を出版するダニエルは、その膨大な知識にもかかわらず自らを決してその筋の専門家とは呼ばせず、あくまでも音楽の魔法のようなちからを信じるアーティストであるという姿勢を貫き、また、音楽を通して世界平和や自然回帰に貢献したいと願うコスモポリタンでもあります。

「星に願いを」の歌詞にあるように、「心の底から願えば、どんな夢でもかなう」ことに
信頼をおく純粋なスピリット、ダニエルコビアルカのヒーリングサウンドは、これからも癒しの時代を真っ先にになうガイディング・スターであり続けることでしょう。

人類は今世紀の課題を学んだと私は思う。それはつまり、人類のスピリット(精神)の進歩は、技術および科学のそれに歩調をあわせなければ、死に絶えてしまうということだ。教育者はこのことに心してかかる義務がある。そして、音楽はスピリチュアルな人々が頂点に掲げなくてはならないことだ。アートの研究が(あってはならないことだが)形式の崇拝におちいるならば、われわれはさ迷うだろう。しかし、われわれ人類がアートの生命力を維持することに重きをおくなら、未来に希望はあるだろう。   
レナード・バーンスタイン

「いつも音楽がたくさん聞けるなら、他に何もこの世的な望みはない。
音楽は私の手足に力を与え、私の頭にアイディアをもたらす。音楽で満たされるとき、
人生は何の苦もなく送れる。」ジョージ・エリオット


何世紀にもわたって、クラシック音楽はその静かな情熱と圧倒的な美しさによってリスナーを魅惑してきました。これらのクラシック作品は様々にインスパイヤーし、ムードを盛り上げ、一日をよりよき日にしてくれます。多くのクラシックの作曲家たちは、作品の部分または全部をインスピレーション、変容、そして全体性という暗号に符号化してきました。そして、また、多くのクラシック音楽家たちも、その演奏や解釈において、同様にしてきました。

ヨハン・セバスチャン・バッハの音楽の癒し効果について、興味深いお話があります。

ロシア公使Kayserling伯爵は、ひどい不眠症に悩んでいました。この問題に対処するために、伯爵は地元の音楽家、ヨハン・ゴールドベルグに夜間自分のために演奏をしてくれるように依頼しました。ゴールドベルグはハープシコードを用意して、ヨハン・セバスチャン・バッハが伯爵のために特別に作曲した音楽を演奏しました。伯爵はバッハに自分のひどい不眠症について話し、リラックスして眠れるような音楽を作曲してほしいと依頼していたのです。
そして、ゴールドベルグは伯爵が眠れない夜を迎えたときはいつでも、バッハが伯爵のためにつくった音楽を演奏しました。伯爵は、ゴールドベルグを部屋に控えさせ、いつでも好きなときに演奏が聴けるようにしました。伯爵は、音楽がとてもいい効果を上げたことに喜び、バッハに気前よく黄金を与えたということです。今日、このやすらぎの楽曲は、ゴールドベルグ変奏曲として知られています。

インドのアナマリア大学のシン博士の研究によると、クラシック音楽、とくにバイオリンによる音楽は、植物の成長を促進すると発表しています。博士の研究では、バイオリンはあらゆる楽器の中で最も生命を助長する楽器だと発表しています。
さらに、シン博士の発見の中で興味深く重要なことは、音楽で刺激した植物の種から育った植物は、後の世代まで通常よりサイズが大きく、葉も多いなどといった改良の傾向が見られたということです。まさに音楽が植物の染色体を変えたと言えるでしょう。

Dorothy Retellack博士は、植物が太陽の光に反応するように、音楽の種類によってどう反応するかを実験しました。それによると、植物はレッド・ツェッペリンのロック音楽を聞かされると、しおれ、ついには枯れてしまいました。一方、植物にバロック音楽のアダージョの楽章をずっと聞かせると、スピーカーの方に向きを変え、スピーカーに一番近いところにあった植物は、それをを葉っぱで包んでしまったということです。

バロック期の代表的な作曲家には、バッハ、ハイドン、ヘンデル、コレルリ、アルビノーニ、テレマン、ブラームス、ヴィヴァルディやモーツァルトが上げられます。バロック期の作曲家たちは、人の体が音楽にどのように反応するかに、何か特別な知恵があったのかもしれません。レッドツェッペリンを聞いて枯れた植物がバロックを聞いたら、生き返ったでしょうか?

バロック作品のアダージョの楽章を調べた研究によると、この一分間に約60ビートのリズムが、最もリラックスするものであり、深いリラクゼーションやヒプノーシス(催眠療法)、瞑想の時と同様のアルファ波を誘発するということです。
私が演奏する「パッヘルベルのカノン」もバロック音楽のアダージョです。この有名な楽曲にしろ、また、バッハ、ヘンデル、モーツァルト、ブラームスなどにしろ、クラシック音楽はそのゆっくりしたテンポやきびきびしたリズムが、リラクゼーションにとても適しています。

ダニエル・コビアルカ D.M.A.


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ベスト・オブ・コビアルカ I
全7曲 ¥3,000
「パッヘルベルのカノン」の試聴はこちら


音楽や音(サウンド)は、母親の妊娠中、へだたりを超えて、愛、つながり、安らぎを胎児に伝えることができます。赤ん坊は生まれる前に聞いた音楽やお話などを好むことが観察されています。

音楽や音は、胎児の行動に影響することが観察されています。 それが正式な実験、または医院での観察、赤ちゃんを取り上げた人の報告または親の話であるにかかわらず、どの場合にも同様の結論に達しています。
今では音楽と音(サウンド)と胎児期学習の間に関連性が認められるようになりました。 自然界では、劇的な観察が行われています。 鳴かない母鳥によってかえされたひなは鳴くことができません。 人の赤ちゃんが胎内でどのように学ぶかを理解するために、私たちは音について、そして胎児の耳がどのように発達するかを少し理解する必要があります。

赤ん坊の聴覚は、おそらく生まれる前に最も発達する感覚です。 耳は、妊娠の3週目までにできますが、16週間目までは機能しません。 24週間目までに、胎児は活発に聴くようになります。 しかし、耳が完全に発達する前でも、胎児は音波パルスを聞き取り、反応します。(それは超音波観測からわかったことです)。正式な音(サウンド)による刺激プログラムは、妊娠後期まで始められません。それは、内耳構造が機能するようになり、成熟したシナプスがみつかってはじめてできることだからです。しかし、4ヶ月の胎児が騒々しい音楽に劇的に反応し、心臓の鼓動が早くなることが観察されています。

母親の声を最もひずみのない状態で聞かせ、そして特別に高い周波数でより消音化したものを聞かせると、胎児は最初に低い周波数、そして、より高い周波数に反応します、胎児は、母親の心臓の鼓動と声の音(サウンド)を骨電動を通して少なくとも部分的に「聞いています」。
しかし、反応と学習は別物です。 赤ん坊が胎内で聞いた音を学び、また、覚えることがどうしたらわかるでしょうか? 
ジゼル・フィットウェルの「出生前に聞くサウンドと音楽の重要性」の記事によると:
「音楽の要素(すなわち、トーンのピッチ、音色、強さ、及びリズム)は、また言葉を話すときに使用される要素でもあります。このため、音楽は、言語の音を聞き、統合し、発生させるように、耳、体、そして脳を発達させるのです。」
耳新しい音と妊娠期間中に聞いた音への反応を調べると、赤ちゃんは生まれる前に聞いたお話や韻文や詩の方を好みます。また、妊娠中に母親が休んでいるとき、注意深く聞かれた音楽は、生まれてからも赤ちゃんに同じ反応を引き起こします。

1994年に、ウィリアム・セイレンバックは妊娠32~34週期に自分の娘である胎児の行動と発達を研究しました。 セイレンバック氏は胎児期の発達におけるサウンドの分化を最初に観察した人です。
それによると、胎児の手の動きはある特定の音楽に対してゆるやかだったのですが、不協和音を含む音楽のアレンジメントを聞かせると、手の反応は回転し、よりリズミカルな動きとなりました。
別の研究によると、母親のお腹をリズミカルにとんとんと叩くと、胎児はそれにリズミカルに応じるのを示しました。

出生後の集中治療室では、母親は好きなだけ赤ちゃんを抱きしめることができない場合が多いですが、そのかわり、赤ちゃんに話しかけることが奨励されています。
それは、単に赤ちゃんが母親の声に反応するからだけではなく、その声が赤ちゃんにとって、最も聞きなれた音だからです。
合併症を患う赤ちゃんを持った母親は、赤ちゃんが胎内にいるときに聞いた音楽や音(サウンド)が、生まれてからも一番安らぐものであり、唯一赤ちゃんを落ち着かせる手段となると感じていますが、それはまた音楽や音(サウンド)が隔たりを超え、愛、つながり、やすらぎを伝えることを裏付けています。     
ダニエル・コビアルカ D.M.A.(音楽芸術学博士)



私は長年、音楽を通じて癒しのバイブレーションを広げようとしてきました。音楽とサウンドのヒーリングパワーは、何世紀にもわたって知られてきましたが、音楽がヨガ、レイキ、マッサージなどのリラクゼーションやヒーリングの施術とともに使われるとき、とても効果的なことに気づいています。

最近、本を通して関心を持ったことですが、インドでは音楽はそれ自体ヨガのひとつの形だと考えられています。(しかしながら、多くの保守的なヒンドゥー教徒は、ヨガの最終ゴールである自由に到達するには、音楽はさけるべきだと主張しています。)だから、ヨガのアーサナ(姿勢)と音楽の組み合わせは、最適です。ヨガミュージックは、アーサナ(ヨガの姿勢)のリズムに合わせて流れます。

ヨガのプラクティショナーやティーチャーは、ケルトの音楽、アメリカや東インドの古典音楽が最も役に立つと言っていますが、ヨガミュージックが特別だとしたら、その理由は何でしょう。答えは、多分に主観的なものですが、ヨガミュージックの目標は、生徒が難しい姿勢をとり、その状態でリラックスすることを助けることです。プラクティショナーが今の瞬間にフォーカスするのをサポートし、音楽が動きをインスパイアーするのです。
ヨガミュージックは、ヨガの生徒がその修行の奥深くに到達するために、ポジティブな癒しの環境を創り上げます。音楽は意識を現在の瞬間にとどめ、感覚を鎮めます。また、音楽によりヨガの生徒は緊張や不安をリリースします。そして、自分自身や他の人に慈悲の気持ちを育むことができるのです。

あるヨガのクラスでは、必要によりエネルギーを直感的に積み上げたり、落としたりする即興音楽を提供しています。ティーチャーは選んだ録音した音楽を利用して、同じことができます。

ある興味深いミュージシャンのブログがわたしの目を引きました。
「…ミュージシャンはヨガ・プラクティショナーと同じ領域にいます。つまり、どちらもハイヤー・マインド(宇宙、神、その他)とのつながりを求めているからです。違うのは、ヨガ・プラクティショナーはエネルギーを内側に向け、ミュージシャンはエネルギーをそこにいるすべての人と瞬間的に分かちあうことです。このため、ミュージシャンの道はとてもリスクがあります。なぜなら、エゴと名声のリスクを負わなければならないからです。」

このコメントへの回答は、多分、ミュージシャンはヨガをやるべきだ、エゴの解消が(ヨガ)の実践の一部だからというようなものでした。まちがいなく、一考に価することですね!
ダニエル・コビアルカ, D.M.A.(音楽芸術学博士)

※ダニエルの音楽は、ヨガを実践する人たちの間でもよく聞かれています。
アメリカの有名なヨガスクール、「クリパル・センター」のティーチャー、Randal williams氏と "Gentle Yoga - Blade of Grass" というコラボレーション・アルバムをリリースしています。

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アイリッシュアメリカ民謡「ダニーボーイ」は、まるであたたかく心地よいブランケットのように、父の思い出で私を包んでくれます。クリエーティブで才能のある音楽家を父親に持った人なら誰でも、愛と優しさを表現する美しい音楽がいつもまわりに流れていることがどれほどの贈り物であるかわかるでしょう。私の父は、すばらしいバイオリニストであり、音楽の教師でした。生徒たちをインスパイヤーし、人生をとおして面倒見よく、音楽のアイディアやその美しさへの愛をもって、生徒たちを導く人でした。
「ダニーボーイ」を聞いたり、弾いたりするときはいつでも、私はこの寛大で愛すべき人物を思い出さずにはいられません。

私がまだ学生で、メイン州のニューイングランドミュージックキャンプに参加していたある年、父とコンサートのあとのアンコール曲について話したことがあります。
アンコール曲を選ぶには、リサイタルのしめくくりの時の観客の反応にしたがって、バラエティーが重要であり、決まったプログラムの最後に演奏される曲目に対比したものがいいだろうと父は言いました。また、様々な作曲家やテンポといった多様な中から選ぶのもいいと話してくれました。そして、私たちはブラームスの子守歌やシューベルトの歌曲、さらにはアーロン・コプランの「ロデオ」やブラームスの「ハンガリー舞曲」のように短く詩的な曲目について議論を交わしていました。

すると、父がまじめな顔で私を見て、こう言ったのです。「ダニエル、この曲もすばらしい傑作だよ!」それは、フリッツ・クライスラーがバイオリンとピアノのためにアレンジした「ロンドンデリー・エアー」別名、「ダニーボーイ」というとても有名なアイリッシュアメリカ民謡でした。父はいつもこう言っていました。「この曲を演奏するのは、たくさんの人々に大きな喜びとやすらぎをもたらす素晴らしい機会だよ。」そして、私に短い一連の曲目やアンコール曲としてリサイタルのとき何度も演奏するように提案してくれました。

このソウルフルな傑作を父が演奏するのを聞き、そして、父がこの曲にパーソナリティーとスピリチュアリティーを与える様を見れたことは本当に大切な宝です。
また、この曲が父にとって特別なものだったことは、私の名前がダニーだということからもうかがいしれます。それは、父がこころの中でいつも思っていたこと、でもことばでは私に表現しないで、その気持ちを演奏に託したものだと思います。それは本当に感動的な、やさしい感触でした。

今でも、私は父が伝えてくれた美しさと歌ごころをとらえようと苦心しています。
ダニーボーイは私にとって特別な、パーソナルな意味があります。父のスピリットに私を近づけ、父が私にくれた多くの音楽の贈り物の想い出に近づけてくれるからです。
私はいまだに、父に与えられた音楽のことばそのものであるスピリットと、声を持ったバイオリンの魔法のようなサウンドを表現しようと苦心しています。
私の人生にこれほどたくさんのプレゼントをありがとう、素晴らしい愛する父よ。
ダニエル・コビアルカ


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ベスト・オブ・コビアルカ I
全7曲 ¥3,000
ダニーボーイの試聴はこちら









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-The Poignancy of the Song “Danny Boy” and Memories of My Father-

The Irish-American folk tune "Danny Boy" is wrapped like a warm, comforting blanket around me and memories of my relationship with my father.Anyone with a creative, gifted musician for a father knows what a gift it is to have beautiful music all around, expressing tenderness and love. This is how it was to live with my father.

My father was a creative gifted violinist and music teacher, a loving teacher who inspired his students musically and guided them through life with his caring ways as well as with his musical ideas and love of the beauty of music. Every time I hear or perform the song "Danny Boy", I cannot help thinking of this generous, loving man.

I recall our conversation when I was a student and camper at the New England Music Camp in Maine, and we were discussing some compositions that could be used as encores after a concert.
He said that in choosing an encore, variety was important depending on the reaction of the audience at the conclusion of the recital, perhaps as a contrast to the last composition that was performed at the conclusion of the assigned program.
He also mentioned choosing from a variety of different composers and tempos. We discussed the brevity and poetry of pieces such as a Brahms lullaby or a Schubert song, or maybe Aaron Copland's "Rodeo" or Brahms' "Hungarian Dance".

He looked at me with such a sincere look and said, “Daniel, now, this one is one great masterpiece!”
It was the arrangement for violin and piano by Fritz Kreisler of the "Londonderry Air" also know as "Danny Boy", a very famous Irish American folk song.
He always said, "When you play this song you will have a wonderful opportunity to give many people great pleasure and comfort". He suggested that I perform it as often as I could in recital within a set of short pieces or as an encore after a violin recital.

The importance of this story to me was hearing him perform this soulful masterpiece, and how he gave it a personality and spirituality all its own.
I also believe it was special to him because my name was Danny, too. I think that this was something that my father had in his heart, but never really expressed to me in words, just in his feelings when he performed it. It was realy quite moving and tender.
This was a special gift that he had - being able to perform these short, gorgeous encore pieces - my father’s special touch with his music.

Even to this day, I still strive to capture the beauty and song that my father gave to his musical performance.
Danny Boy has such a special and personal meaning to me because it brings me closer to my father's spirit, and to the memory of so many musical treasures he gave to me.
I continually strive to present the magical sounds of the violin with a spirit and voice that was so much a part of his personal musical language.
Thank you my dear and wonderful Father for so many treasured gifts in my life.
Daniel Kobialka