ROCKETSさん、ismさんから義援金を預かり、物資を届けてきました!
かなり長文で、おじゃまします。
私、日本共産党西・港・浪速地区委員会というところで勤務している竹内と申します。
rocketsのかさごさんと、久しぶりに道ばたで偶然出会ったのをきっかけに(その後はなぜかよく道ばたで出会う)、6月、11月と2度、onewordに出演させてもらい、ボランティアに行った報告をさせてもらいました。
このたび、rocketsさんの11月開催分、ismさんの10月・11月開催分の義援金をお預かりし、物資にかえて12月3,4日で現地に届けた報告をさせてもらいます。
★まずは会計から
難波rockets 11月分 29000円
京橋ism 10月分 35000円 11月分21000円
計、85000円の収入を、
京都宮津の新米コシヒカリ72000円分、サバ缶3ケースと袋ラーメン120食分13000円
として支出しました。
届け先は日本共産党岩手県委員会で、現地に聞くと「冬物衣料や暖房器具ももちろんありがたいが、長持ちする食料がいい」との話。
仮設住宅がわりと山のほうにつくられ、とくにお年寄りは下りてきにくく、食料が無くてもがまんしてしまうことがある、などの話も聞き、この使い道に決めました。

さて、実は私自身は届けそのものには参加しておりませんで、同じ共産党の人にお願いをしました。
左から吉田さん、かわさきさん、竹内です。

このワゴン車、吉田さんの所有車でしたが、このたび被災地に寄付されるとのことで、そこへ物資も乗っけてもらいました!

そしてこれが新米コシヒカリ210㎏!
かわさきさんの親戚が京都宮津で農家をされていて、本当は72000円で180㎏のところを、「被災地の役にたつなら」とのご厚意で30㎏プラス!
袋ラーメンと缶詰も買い込んで、現地へ出発。
かわさきさんご夫婦で、届けていただきました。
★ファンダンゴの村上さんの記事でも書かれていましたし、私も5月・8月とボランティアに参加するなかで被害の大きかった沿岸部を見てきましたが・・
かわさきさんは陸前高田と宮古を見て来たそうですが、あまりの被害に言葉を失い「ほんまにここに人住んでたんか」と、涙をおさえることができなかったそうです。
車も建物もぐちゃぐちゃ、がれきは積まれたまま・・
8月の私と全く同じことを見て、感じていて、復興の遅さに愕然としてしまいます。
かわさきさんの話では、「9ヶ月たった12月になってもなお復興はすすんでおらず、地震と津波の被害がそのまま」で、「本当に寒く、町全体が暗い印象」だったそうです。
onewordの話を最初にかさごさんから聞いたときに「被災地は年末が一番きついと思う。忘れ去られると思うし、こんな被害で簡単には復興できへんやろ。だからまず12月まで決めてん」とおっしゃっていたのを思い出しました。

写真は、車証を渡すかわさきさんと、受け取る日本共産党岩手県委員会(盛岡市本町通2-3-6)西山さんです。
西山さんは「なんとお礼を言ったらいいかわからない。遠い大阪で若い人たちが、音楽を通じて支援してくれているなんて、ものすごく励まされます」
と言っていました。
物資は、岩手県宮古を中心に、さっそく仮設住宅に届けると約束してくれました。
★「この震災と原発事故を乗り越えることができるのか」というこの課題はいま、「自分もなにかしたい」という多くの市民の力強い共同で少なからぬ展望もみえていると思います。
一方で、課題の解決に最も必要な「政治の役割」があまりにも粗末なもので、私自身も日本共産党という政党にいる責任を痛切に感じています。
「復興」そのものが、走り続け・疲弊しきっている現地まかせ、全体が忘れかけているなかで活動する貴重な協力者まかせになっていないか。
原発事故の責任があいまいになり、避難確保や補償のあまりの不十分さと、さらに取り返しのつかない「差別と分断」をうんでいることが、被災者自身の「自己責任」になってはいないか。
その両方で、政治の責任はきわめて大きい。
私も微力ながら、ほんとうの復興へ、これからも力を尽くしたいと思います。
とりとめのない文章ですみません;
明日は私もロケッツに遊びにいきます~!
私、日本共産党西・港・浪速地区委員会というところで勤務している竹内と申します。
rocketsのかさごさんと、久しぶりに道ばたで偶然出会ったのをきっかけに(その後はなぜかよく道ばたで出会う)、6月、11月と2度、onewordに出演させてもらい、ボランティアに行った報告をさせてもらいました。
このたび、rocketsさんの11月開催分、ismさんの10月・11月開催分の義援金をお預かりし、物資にかえて12月3,4日で現地に届けた報告をさせてもらいます。
★まずは会計から
難波rockets 11月分 29000円
京橋ism 10月分 35000円 11月分21000円
計、85000円の収入を、
京都宮津の新米コシヒカリ72000円分、サバ缶3ケースと袋ラーメン120食分13000円
として支出しました。
届け先は日本共産党岩手県委員会で、現地に聞くと「冬物衣料や暖房器具ももちろんありがたいが、長持ちする食料がいい」との話。
仮設住宅がわりと山のほうにつくられ、とくにお年寄りは下りてきにくく、食料が無くてもがまんしてしまうことがある、などの話も聞き、この使い道に決めました。

さて、実は私自身は届けそのものには参加しておりませんで、同じ共産党の人にお願いをしました。
左から吉田さん、かわさきさん、竹内です。

このワゴン車、吉田さんの所有車でしたが、このたび被災地に寄付されるとのことで、そこへ物資も乗っけてもらいました!

そしてこれが新米コシヒカリ210㎏!
かわさきさんの親戚が京都宮津で農家をされていて、本当は72000円で180㎏のところを、「被災地の役にたつなら」とのご厚意で30㎏プラス!
袋ラーメンと缶詰も買い込んで、現地へ出発。
かわさきさんご夫婦で、届けていただきました。
★ファンダンゴの村上さんの記事でも書かれていましたし、私も5月・8月とボランティアに参加するなかで被害の大きかった沿岸部を見てきましたが・・
かわさきさんは陸前高田と宮古を見て来たそうですが、あまりの被害に言葉を失い「ほんまにここに人住んでたんか」と、涙をおさえることができなかったそうです。
車も建物もぐちゃぐちゃ、がれきは積まれたまま・・
8月の私と全く同じことを見て、感じていて、復興の遅さに愕然としてしまいます。
かわさきさんの話では、「9ヶ月たった12月になってもなお復興はすすんでおらず、地震と津波の被害がそのまま」で、「本当に寒く、町全体が暗い印象」だったそうです。
onewordの話を最初にかさごさんから聞いたときに「被災地は年末が一番きついと思う。忘れ去られると思うし、こんな被害で簡単には復興できへんやろ。だからまず12月まで決めてん」とおっしゃっていたのを思い出しました。

写真は、車証を渡すかわさきさんと、受け取る日本共産党岩手県委員会(盛岡市本町通2-3-6)西山さんです。
西山さんは「なんとお礼を言ったらいいかわからない。遠い大阪で若い人たちが、音楽を通じて支援してくれているなんて、ものすごく励まされます」
と言っていました。
物資は、岩手県宮古を中心に、さっそく仮設住宅に届けると約束してくれました。
★「この震災と原発事故を乗り越えることができるのか」というこの課題はいま、「自分もなにかしたい」という多くの市民の力強い共同で少なからぬ展望もみえていると思います。
一方で、課題の解決に最も必要な「政治の役割」があまりにも粗末なもので、私自身も日本共産党という政党にいる責任を痛切に感じています。
「復興」そのものが、走り続け・疲弊しきっている現地まかせ、全体が忘れかけているなかで活動する貴重な協力者まかせになっていないか。
原発事故の責任があいまいになり、避難確保や補償のあまりの不十分さと、さらに取り返しのつかない「差別と分断」をうんでいることが、被災者自身の「自己責任」になってはいないか。
その両方で、政治の責任はきわめて大きい。
私も微力ながら、ほんとうの復興へ、これからも力を尽くしたいと思います。
とりとめのない文章ですみません;
明日は私もロケッツに遊びにいきます~!
FANDANGOの村上です。今更ですが、8月末に行った東北チャリティライブについて
どうも、初めまして。FANDANGOの村上と申します。
今更だとは思いますが、8月末に東北に行って来て、思った事。見て来た事を書かせて頂きます。
8月末、“FANDANGO NIGHT in 仙台”というライブを行うためと、みなさんから預かった支援物資を届けに、仙台と福島に行ってきました。
まず、今回東北に支援物資を届けに行く事になった経緯から説明します。
東日本大震災後、“ONE WORD FOR ONE WORLD”という全国のライブハウスで同日開催するチャリティーイベントにFANDANGOも参加していて、もっともっと、自分たちにも出来る事は無いかと考えた末、やはり現地に行って、直接支援物資を届けたいと思いました。
テレビでは見れない、報道では伝えていない、生の“被災地”を見なければならないなと。
そこで、FANDANGO店長の加藤さんが「仙台でFANDANGO NIGHTをやろう」の一声で、今回の旅が決まりました。
28日夜、FANDANGOでのライブ終了後、続々と東北に行くメンバーが集まりました。仙台でのライブに参加するGRIKO、イヌガヨ、オガサワラヒロユキさん、ギャーギャーズのひるたさん。そして火影の佐野さん、キネマ4.4のサコウさん、みんなの友達のまどかさん、FANDANGOチームは加藤さん、井上さん、僕の総勢15名。
そして深夜、みなさんから預かった物資を車に積み込みいざ仙台へ!!
2台の車に分かれて860kmの長い長い旅が始まりました。
僕たちの車の運転手は僕とサコウさん。ハイテンションな車内で、酔っぱらいとアホ連中に囲まれながらくだらない話をして爆走していると、案外すぐ着きました。(笑)
ライブハウスまでの道中にヒビの入った建物や、ビニールシートをかけてある所を何件か見て、被災地に来たという実感と、活気づいている街を見て、「復興に近づいているのかなあ」と正直心の中で変な勘違いもした。
29日のお昼頃、FANDANGO NIGHT in仙台で今回お世話になるフライングスタジオに到着。仙台駅から徒歩5分くらいのど真ん中。
到着するとすぐに、店長の佐々木さんが来てくれて、ライブハウスの2階にある一室を自由に使ってくださいと提供して頂いた。本当にありがたかった。
リハーサルする人たちはライブハウスに戻り、ライブに出ない僕たちは、佐々木さんから色んな話を聞いた。
震災当日の事
震災後の街の状況
被災地ごとの精神状況の違い
「がんばってください」の言葉の意味の無さ
など。
みんな黙って聞くことしかできませんでした。
一気に空気がシーンとなる。
そんな大切な話中、僕は運転の疲れがたまっていて、途中倒れそうになった。最低だった。
色んな話をしてくれた後、佐々木さんが
「まあ、せっかく来てくれたんだし、思う存分仙台を楽しんでください!今日はよろしくお願いしますね!」と笑顔で言った。
その一言で、もの凄く勇気をもらえた。
話を終え、佐々木さんは仕事に戻り、僕たちは昼食を取る事にした。
仙台名物の牛タンをガッツリ食べ、みんなで、“荒浜”という所に言った。
ここは仙台市内から車で15分ほどの住宅地。
津波の被害がひどく、佐々木さんが時間があるなら自分の目で見てきた方が良いと言った場所。
緊迫した空気の中で、車はどんどん荒浜に近づいている。
だんだん道路横に、瓦礫や津波で流された物が集められているのが目立ってきた。
今にも崩れそうなのに営業しているガソリンスタンドが見えた。
これが現実なのか?と疑いたくなる光景
そして到着。
みんな言葉を失った
海岸線近くののどかで、奇麗な住宅地と聞いていたが、ほとんど何も無い。海岸まで2km近くあるというのに。
ぐしゃぐしゃになった体育館
ぺしゃんこになって錆び付いた車
一階部分が全部流され、廃墟のようになった家
民家の基礎工事の土台だけが所狭しと並ぶ
そして、真新しいお墓の数々
周りではダンプカーや作業車が休む間もなく走っている。
半年近く経つのにこの状況
先ほどの‘復興に近づいている’という感情が一気に消えた。
言い方が悪いが、いまだ、“災害の後片付け”をしている状況。
それだけ規模の大きさを改めて感じた。
目の前にある現状に誰もが、言葉を失った。
そして、無言のまま、僕たちは荒浜を後にした。
荒浜からフライングスタジオに戻り、FANDANGO NIGHT in仙台が始まった。
恥ずかしながら僕は、運転の疲れと睡眠不足がついに限界に達して、最初のギャーギャーズのひるたさんの弾き語りと、最後のイヌガヨしか見れなかったが、本当に良かった。遠い土地で自分の知っているバンドが全力でステージに立っている。それが凄く感動した夜だった。
軽く打ち上げをし、フライングスタジオの2階にある一室で、僕たちは修学旅行みたいにくだらない話をしながら雑魚寝した。
翌日、仙台から福島に向けて出発。
目的地は南相馬市。
小さな子供たちや、身体障害者の方、お年寄りたちが託児所などに避難しているという情報をSLANGのKOさんに教えて頂き、この場所に決めました。
南相馬の近くのスーパーで、みなさまから受け取った義援金で大量に支援物資を購入。主に、水・米を中心に車に積み込み、気づいたら800kgちょいの物資を積み込みました。
さあ行くぞ!と出発したら車から変な音が、、たぶん積みすぎたんでしょうね(笑)
そして目的地南相馬に到着。
街にはあまり人の気配が無く、住宅はあるのにもかかわらず、誰も住んでいない。
そう、この南相馬は原発から半径20km圏内に入る街。
大自然が広がり、本当に住み良い街を、“原発”という国が作った物で、住む場所を奪われ、国の行政に振り回され、被害を受けた街なんです。
託児所に到着し、支援物資をまとめてくださっている方に物資を届けました。その方から話を聞くと、以前まで託児所に避難していた人たちはすでに他の地域に避難しているとのこと。
しかし、体の不自由な方や、避難するにも出来ない方などがまだ大勢いるので、その方達の自宅に運んで頂ければと、託児所の方に支援物資の配給をお願いしました。
南相馬を後にし、僕たちは早々と、大阪に向けて帰りました。
たった2日間ですが、今回東北に来れて色んな物に気づけて、気づかされて良かったです。自分の気持ちもしっかり再確認出来たんで。
機会を作ってくれた加藤さんに本当に感謝です。一緒に東北に行ってくれた方達もありがとうございました。
最後に、
支援物資を届け終わり、福島から大阪に帰るため高速のインターチェンジに向かっていたんですが、その道中、営業していない店や、手入れのされていない田畑、
人の住んでいない民家を目にし、本当に悲しくなり、怒りが込み上げました。こんな美しい自然が目に見えない物で汚染されている現状。
はっきり言うて、原発はいりません。
目に見えない放射能に怯えて、大切な家族、友達、街、自然から遠ざけられて、そんな物、必要性あんの?ありませんよそんなん。
反原発です。
安心して住める国になってほしい。
少なくとも、国の作った物で被害を受けるなんてもってのほかだと思う。
11月末にも東北に支援物資を届けてきました。その報告は、近日中にブログにあげたいと思います。
まだまだ、僕たちにはできることはいっぱいあります。やり続けましょう。
FANDANGO 村上
今更だとは思いますが、8月末に東北に行って来て、思った事。見て来た事を書かせて頂きます。
8月末、“FANDANGO NIGHT in 仙台”というライブを行うためと、みなさんから預かった支援物資を届けに、仙台と福島に行ってきました。
まず、今回東北に支援物資を届けに行く事になった経緯から説明します。
東日本大震災後、“ONE WORD FOR ONE WORLD”という全国のライブハウスで同日開催するチャリティーイベントにFANDANGOも参加していて、もっともっと、自分たちにも出来る事は無いかと考えた末、やはり現地に行って、直接支援物資を届けたいと思いました。
テレビでは見れない、報道では伝えていない、生の“被災地”を見なければならないなと。
そこで、FANDANGO店長の加藤さんが「仙台でFANDANGO NIGHTをやろう」の一声で、今回の旅が決まりました。
28日夜、FANDANGOでのライブ終了後、続々と東北に行くメンバーが集まりました。仙台でのライブに参加するGRIKO、イヌガヨ、オガサワラヒロユキさん、ギャーギャーズのひるたさん。そして火影の佐野さん、キネマ4.4のサコウさん、みんなの友達のまどかさん、FANDANGOチームは加藤さん、井上さん、僕の総勢15名。
そして深夜、みなさんから預かった物資を車に積み込みいざ仙台へ!!
2台の車に分かれて860kmの長い長い旅が始まりました。
僕たちの車の運転手は僕とサコウさん。ハイテンションな車内で、酔っぱらいとアホ連中に囲まれながらくだらない話をして爆走していると、案外すぐ着きました。(笑)
ライブハウスまでの道中にヒビの入った建物や、ビニールシートをかけてある所を何件か見て、被災地に来たという実感と、活気づいている街を見て、「復興に近づいているのかなあ」と正直心の中で変な勘違いもした。
29日のお昼頃、FANDANGO NIGHT in仙台で今回お世話になるフライングスタジオに到着。仙台駅から徒歩5分くらいのど真ん中。
到着するとすぐに、店長の佐々木さんが来てくれて、ライブハウスの2階にある一室を自由に使ってくださいと提供して頂いた。本当にありがたかった。
リハーサルする人たちはライブハウスに戻り、ライブに出ない僕たちは、佐々木さんから色んな話を聞いた。
震災当日の事
震災後の街の状況
被災地ごとの精神状況の違い
「がんばってください」の言葉の意味の無さ
など。
みんな黙って聞くことしかできませんでした。
一気に空気がシーンとなる。
そんな大切な話中、僕は運転の疲れがたまっていて、途中倒れそうになった。最低だった。
色んな話をしてくれた後、佐々木さんが
「まあ、せっかく来てくれたんだし、思う存分仙台を楽しんでください!今日はよろしくお願いしますね!」と笑顔で言った。
その一言で、もの凄く勇気をもらえた。
話を終え、佐々木さんは仕事に戻り、僕たちは昼食を取る事にした。
仙台名物の牛タンをガッツリ食べ、みんなで、“荒浜”という所に言った。
ここは仙台市内から車で15分ほどの住宅地。
津波の被害がひどく、佐々木さんが時間があるなら自分の目で見てきた方が良いと言った場所。
緊迫した空気の中で、車はどんどん荒浜に近づいている。
だんだん道路横に、瓦礫や津波で流された物が集められているのが目立ってきた。
今にも崩れそうなのに営業しているガソリンスタンドが見えた。
これが現実なのか?と疑いたくなる光景
そして到着。
みんな言葉を失った
海岸線近くののどかで、奇麗な住宅地と聞いていたが、ほとんど何も無い。海岸まで2km近くあるというのに。
ぐしゃぐしゃになった体育館
ぺしゃんこになって錆び付いた車
一階部分が全部流され、廃墟のようになった家
民家の基礎工事の土台だけが所狭しと並ぶ
そして、真新しいお墓の数々
周りではダンプカーや作業車が休む間もなく走っている。
半年近く経つのにこの状況
先ほどの‘復興に近づいている’という感情が一気に消えた。
言い方が悪いが、いまだ、“災害の後片付け”をしている状況。
それだけ規模の大きさを改めて感じた。
目の前にある現状に誰もが、言葉を失った。
そして、無言のまま、僕たちは荒浜を後にした。
荒浜からフライングスタジオに戻り、FANDANGO NIGHT in仙台が始まった。
恥ずかしながら僕は、運転の疲れと睡眠不足がついに限界に達して、最初のギャーギャーズのひるたさんの弾き語りと、最後のイヌガヨしか見れなかったが、本当に良かった。遠い土地で自分の知っているバンドが全力でステージに立っている。それが凄く感動した夜だった。
軽く打ち上げをし、フライングスタジオの2階にある一室で、僕たちは修学旅行みたいにくだらない話をしながら雑魚寝した。
翌日、仙台から福島に向けて出発。
目的地は南相馬市。
小さな子供たちや、身体障害者の方、お年寄りたちが託児所などに避難しているという情報をSLANGのKOさんに教えて頂き、この場所に決めました。
南相馬の近くのスーパーで、みなさまから受け取った義援金で大量に支援物資を購入。主に、水・米を中心に車に積み込み、気づいたら800kgちょいの物資を積み込みました。
さあ行くぞ!と出発したら車から変な音が、、たぶん積みすぎたんでしょうね(笑)
そして目的地南相馬に到着。
街にはあまり人の気配が無く、住宅はあるのにもかかわらず、誰も住んでいない。
そう、この南相馬は原発から半径20km圏内に入る街。
大自然が広がり、本当に住み良い街を、“原発”という国が作った物で、住む場所を奪われ、国の行政に振り回され、被害を受けた街なんです。
託児所に到着し、支援物資をまとめてくださっている方に物資を届けました。その方から話を聞くと、以前まで託児所に避難していた人たちはすでに他の地域に避難しているとのこと。
しかし、体の不自由な方や、避難するにも出来ない方などがまだ大勢いるので、その方達の自宅に運んで頂ければと、託児所の方に支援物資の配給をお願いしました。
南相馬を後にし、僕たちは早々と、大阪に向けて帰りました。
たった2日間ですが、今回東北に来れて色んな物に気づけて、気づかされて良かったです。自分の気持ちもしっかり再確認出来たんで。
機会を作ってくれた加藤さんに本当に感謝です。一緒に東北に行ってくれた方達もありがとうございました。
最後に、
支援物資を届け終わり、福島から大阪に帰るため高速のインターチェンジに向かっていたんですが、その道中、営業していない店や、手入れのされていない田畑、
人の住んでいない民家を目にし、本当に悲しくなり、怒りが込み上げました。こんな美しい自然が目に見えない物で汚染されている現状。
はっきり言うて、原発はいりません。
目に見えない放射能に怯えて、大切な家族、友達、街、自然から遠ざけられて、そんな物、必要性あんの?ありませんよそんなん。
反原発です。
安心して住める国になってほしい。
少なくとも、国の作った物で被害を受けるなんてもってのほかだと思う。
11月末にも東北に支援物資を届けてきました。その報告は、近日中にブログにあげたいと思います。
まだまだ、僕たちにはできることはいっぱいあります。やり続けましょう。
FANDANGO 村上
十三ファンダンゴ10月/11月分、義援金の行方について
皆さん、こんにちは。
十三ファンダンゴ/加藤です。
報告が遅くなりましたが、
10月分、11月分に集計しました義援金の行方を報告させていただきます。
以下が詳細となりますので、参考にしていただけたらと思います。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
『10/29集計分』
①9/26開催「ONE WORD FOR ONE WORLD」の入場料全額とファンダンゴ常設募金箱(10/5精算分)を
合計した金額 ¥32,000。
②同様に、"HOKAGE""ROCKETS""para-dice"さんから預かった「ONE WORD FOR ONE WORLD」
売上金合計 ¥81,300。
①+②の合計金額の中から¥93,300を前回同様SLANG/KO氏の主催するNBC作戦本舗に支援金として振り込ませていただきました。
尚、残り¥20,000に関しては、サコウ氏(キネマ4.4)率いる物資直送チームに託しました。(内訳:宮城県女川町の現地炊き出し費用(¥10,000)+福島県南相馬市"KID'S CLUB"(ミネラルウォーター¥10,000分)
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
『11/26集計分』
①10/17,11/14開催「ONE WORD FOR ONE WORLD」の入場料全額¥82,000とファンダンゴ常設募金箱(11/21精算分¥24,000)を合計した金額 ¥106,000。
②同様に、"京橋ISM"さんから預かった「ONE WORD FOR ONE WORLD」売上金¥12,000。
①②の合計金額¥118,000の中から¥20,000を震災直後から被災地で支援を続けているIdol Punch/RACCO氏に支援金として託しました。
尚、残り¥98,000の内¥74,000を、ファンダンゴ/村上率いる物資直送チームに託しました。
(11/28,29の2日間で南三陸地方に向かいます。現金を主に暖房器具、衣類、食料に代えて、直接現地で活動されている方々に届ける予定です。その詳細は後日報告いたします。)
今月の残金¥24,000に関しては、来月報告させていただきます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
11/27の夜から支援物資を届ける為に南三陸地方に行っていたファンダンゴの村上が今朝帰って来ました。
彼から詳しい話はこれから聞きますが、まだまだ僕らにもやる事がありそうです。
さて、12/12(月)は本年最後の「ONE WORD FOR ONE WORLD」が各地で開催されます。
皆さん、どんどん参加して下さい。
どこのライブハウスも面白くなりそうですよ。
それでは、引き続きヨロシクお願いいたします!!
ファンダンゴ/加藤
十三ファンダンゴ/加藤です。
報告が遅くなりましたが、
10月分、11月分に集計しました義援金の行方を報告させていただきます。
以下が詳細となりますので、参考にしていただけたらと思います。
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『10/29集計分』
①9/26開催「ONE WORD FOR ONE WORLD」の入場料全額とファンダンゴ常設募金箱(10/5精算分)を
合計した金額 ¥32,000。
②同様に、"HOKAGE""ROCKETS""para-dice"さんから預かった「ONE WORD FOR ONE WORLD」
売上金合計 ¥81,300。
①+②の合計金額の中から¥93,300を前回同様SLANG/KO氏の主催するNBC作戦本舗に支援金として振り込ませていただきました。
尚、残り¥20,000に関しては、サコウ氏(キネマ4.4)率いる物資直送チームに託しました。(内訳:宮城県女川町の現地炊き出し費用(¥10,000)+福島県南相馬市"KID'S CLUB"(ミネラルウォーター¥10,000分)
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『11/26集計分』
①10/17,11/14開催「ONE WORD FOR ONE WORLD」の入場料全額¥82,000とファンダンゴ常設募金箱(11/21精算分¥24,000)を合計した金額 ¥106,000。
②同様に、"京橋ISM"さんから預かった「ONE WORD FOR ONE WORLD」売上金¥12,000。
①②の合計金額¥118,000の中から¥20,000を震災直後から被災地で支援を続けているIdol Punch/RACCO氏に支援金として託しました。
尚、残り¥98,000の内¥74,000を、ファンダンゴ/村上率いる物資直送チームに託しました。
(11/28,29の2日間で南三陸地方に向かいます。現金を主に暖房器具、衣類、食料に代えて、直接現地で活動されている方々に届ける予定です。その詳細は後日報告いたします。)
今月の残金¥24,000に関しては、来月報告させていただきます。
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11/27の夜から支援物資を届ける為に南三陸地方に行っていたファンダンゴの村上が今朝帰って来ました。
彼から詳しい話はこれから聞きますが、まだまだ僕らにもやる事がありそうです。
さて、12/12(月)は本年最後の「ONE WORD FOR ONE WORLD」が各地で開催されます。
皆さん、どんどん参加して下さい。
どこのライブハウスも面白くなりそうですよ。
それでは、引き続きヨロシクお願いいたします!!
ファンダンゴ/加藤