結局おみくんは飲み会だったので
帰るのをやめた。
帰宅が何時になるかわからないし、
食事も食べてもらえないから、
帰る意味がない気がした。
身体の真ん中にぽっかりと穴が空いた
そんな表現がぴったりくる。
けど頭だけは妙に冴えていた。
『グラタン…
持って来ちゃえばよかったな。
みんなで食べればよかったんだ。』
『夕飯、今から母さんに連絡すれば
まだ間に合うかな?』
そんなことを考えながら
来た道をそのまま帰って行く。
ちびおみは程よく疲れて寝てしまった。
土手沿いの道を走っていたら、
急に泣きたくなった。
危ない危ない。
避難しよう。
前にちびおみと来た
広い公園に止めて深呼吸した。
けど、
夕日に照らされるちびおみの顔を見たら
堪えきれずに泣いてしまった。
ハンドルに突っ伏して声を殺して泣いた。
おみくん。
おみくんのことがだいすきだよ。
なのにごめんね。
急に家出なんかして。
なのに、
帰ることを少しでも喜んでほしい、
あたしの帰りを待っててほしいなんて
子どもみたいなわがまま言ってごめんね
あたしはなんて貪欲な人間なんだろう。
優しいおみくんがいて
可愛いちびおみがいて
暖かいお家があって
ご飯もお腹いっぱいたべれる
いつだって両親が暖かく見守ってくれる
そんなに恵まれているのに。
こんなに幸せに暮らしてるのに。
もっとおみくんに愛されたい
2人目を授かりたい
求め過ぎてる。
あたしはなんて貪欲なんだろう。
しばらく泣き腫らして
落ち着きを取り戻した。
ちびおみはまだ寝ていたので
静かにドアを開けて
外の空気を吸いに出る。
ひんやりとした寒い空気。
冬の空気に変わっていた。
おみくんに会いたい。
ちびおみの寝顔は
ほんとにおみくんにそっくりだ。
なんて愛しいんだろう。
また静かにドアを開けて
実家に向かって走り出した。
実家に着いて玄関を開けると
おでんの煮えるいい匂いがした。
『あら?やえちゃん?お帰りなさい
今日は寒いからおでんにしたよ。
ちびちゃんお布団に下ろしておいで。』
祖母はそう言って迎えてくれた。
言われるまま、
ちびおみをお布団に寝かせて
祖母のいるキッチンに向かった。
ばばちゃん、
おいしそうだね。
『大根さんは冷凍しておいたから
今日作ってすぐに食べても
あじがよーくしみてるのよお
やえちゃんの好きな
はんぺんとお魚のつみれも
いっぱい入れてあるからねえ。
少し味見してちょうだい。』
そう言ってあたしのだいすきな
はんぺんと鰯のつみれを
小皿に取り分けてくれた。
美味しい…
あったかいね…
『ふふふ。寒い日はおでんよね。
さあ、ちびちゃん起きる前に
お風呂の支度をお願いしますね。』
うん。
お湯沸かしてくるね。
ばばちゃんありがと。
早くみんなで食べたいね。
バスタブを洗って給湯スイッチを押す。
自分たちの着替えがないことに気付いて
車に取りに向かった。
全部は下ろさずに、
必要なものだけ下ろした。
だって
ちゃんと帰るって決めたから。
軽く荷下ろしをしていたら
母が帰って来た。
『ただいまあ。
ああーいい匂いだわー♡
ばばちゃんお夕飯ありがとう!』
『お帰りなさい。
今日はおでん日和よねえ。』
母さんおかえり!
お風呂は支度しといたよー。
『あらありがとね!
ちびちゃん寝てるのかしら?
起きたら入れてあげてね。』
いつもの夕方だ。
その後父も帰って来て、
帰宅早々どら焼きに手をつけていた。
どうやら大福のことは忘れている様子。
よかったよかった。
みんなで揃って食べるおでんは
予約が殺到するお店より
よっぽど美味しく感じる。
夜、
父と母がリビングで
みたらしのお団子を食べていた。
『やえちゃんごちそうさまね。
ここのお団子久しぶりだわ!
やっぱり美味しいのよねえ。』
『やえちゃんも食べなさい。
どら焼きはもうないけどなw』
父はあんこに取り憑かれている。
甘塩っぱいみたらし団子を食べながら
ポツリと漏らした。
今日ね、
帰ったんだ。
だけどね、
おみくん飲み会なんだって。
だから
なんか…
帰って来ちゃった。
『そーだったの…』
なんか…
あたし…
また勝手なことしてるよね…
勝手に家出して
勝手に帰って…
それでちゃんと迎え入れてほしいって
すごくわがまま言ってる…
夕方も泣いたのにまた涙が出て来た。
『わがままかどうかは
おみくんに決めて貰えばいいじゃない。
やえちゃんと結婚したのはおみくん。
おみくんがわがままって感じるなら
やめたほうがいいし、
そんな風に感じないなら
そんなやえちゃんも受け入れてくれてる
そう考えたらいいんじゃない?』
『とりあえずこっちは
やえちゃんがどれだけ居ようが、
これからおみくんとこに帰ろうが、
どっちだって構わない。
やえちゃんが決めて
きちんと納得してすることなら
父さんも母さんも背中を押す。
ただ、
おみくんがこうだから、
実家に悪いからとか
そういう風に決めるのはやめなさい。
自分自身で決めたことをしなさい。』
優しくて優しくて
また涙が出た。
あたしはなんてかっこ悪いんだろう。
覚悟を決めて
おみくんのところに帰ったのに、
自分の思い通りにいかないからって
泣いて戻って来て…
それなのに両親は一言も責めずに
ただ、
あたしのことを優しく受け止めてくれる。
父さん、母さん…
ごめんね、何度も何度も…。
けど、
今度はちゃんと帰るよ。
おみくんのところに帰るね。
『いいのよ。
また辛くなったり甘えたくなったら
すぐに戻ったっていいのよ。
実家には見栄を張らないで。
父さんと母さんは
やえちゃんがいつ戻って来てもいいって
思ってるんだからね。
それは忘れちゃダメだからね。』
母はそう優しく言ってくれた。
おみくんのところに帰ろう。
ちゃんと『ただいま』を言うんだ。
気持ちの整理をして
ちびおみの隣で眠ることにした。